102.
「ま…待って…」
背中に感じる温かなぬくもりは震えていた。
「ごめん…」
肩に響く声も震えていた。
「ごめん…。ごめ…」
首筋に冷たいものが触れる。
ボクはキミの声で動きを止める。
目の前にいるアイツは失禁して、気絶していた。
ボクはゆっくりと立ち上がり、キミの方へと振り返る。
キミは涙を流していた。
真っ赤な返り血を浴びて、ボロボロと涙を流していた。
美しい透明の雫が頬を伝い、キミの頬の赤い色を落としていく。
ようやくキミと視線がまじりあう。
生き返ったその瞳に自分の顔が映ることがこんなにも嬉しいことだなんて…。
ボクの手から希望の光が零れ落ちる。
カランと乾い音が静寂なこの部屋に響いた。
「だいじょうぶ?」
全てに絶望して、何が辛いことなのか分からなくなってしまっていたキミ。
だけど、ようやく涙を流すことができたキミ。
きっとキミが涙することができたのは、
この暗い出口の見えないトンネルからやっと抜け出すことができたから。
泣き方を知らないキミがようやく赤ん坊のように泣きじゃくる。
喜ばしい出来事なはずなのに、キミの涙に心が痛む。
やっぱりダメだよ。
キレイなキミの顔にはやっぱり涙なんて似合わない。
「泣かないでよ」
ボクは優しく微笑みながら、キミの神聖な雫をぬぐった。
ボクの指についていた返り血がキミの目の下に赤い跡をつける。
「あ…、な…。グス、グス…」
キミは何かをボクに伝えようとする。
でもしゃっくりと嗚咽のせいで、何も言葉にならない。
可愛い。何とかしてボクに想いを伝えようとするキミ。
美しい。涙で濡れ、ぐしゃぐしゃの顔をしているキミ。
尊い。ボクにしがみつくキミ。
キミの全てが愛おしい。
遠くでサイレンの音が聞こえた。
でも、ボクにはそれが何かの祝福の音に思えた。
「もうキミはキミのままでいていいんだよ」
ボクはキミにキスを落とした。
人生で二回目のキスは、苦い鉄の味がした。
次話が最終話です。
長らくの間お読みいただきまして、誠にありがとうございました。