09.
束の間の平穏な日々はすぐに去る。
「おい、今日は公園な?」
テスト週間が終わったとともに、アイツはいつものようにそう低い声で呟き、ボクはその声に肩をビクリと震わせる。
いやだなぁ。また辛い日々が始まるんだ…。
現実に引き戻された瞬間だった。
放課後の公園。
遠くで小学生たちのはしゃぐ楽し気な声を耳にしながら、ボクはいつものようにアイツとその取り巻き達に殴る蹴るの暴行を受けていた。
彼らがなぜボクにそんな酷いことをするのか。別に理由なんてない。
ボクはテスト勉強で溜まった彼らのストレスを発散するためのサンドバックで、ただただ、彼らにとっての都合のいいおもちゃ。文句も言わず、ただ黙って殴られるだけのお人形だから。それが、ボクなのだ。
でもさ、一体周りの大人たちにはボクがどう見えているのだろう?
明らかに普通ではない状況だと思うんだけど…。遊んでいるように見えるのだろうか?プロレスゴッコしているように見えるのだろうか?
なぜ誰も助けてくれず、見て見ぬふりをしているのだろう?
それに、遊んでいる子どもたちはボクのこの姿を見て一体どう感じているのだろう??
何も抵抗しない子にはこんなことしても問題ないのだと…。人を傷つけても何の罰もないものだと…。変な知識を与えてはいないだろうか?
誰も助けてくれない。学校と同じ。皆見て見ぬふり。
ボクは不親切な人間たちに囲まれている今の状況に絶望しつつも、アイツたちに蹴られながらなんとか頭の中では現実逃避を図ろうと試みる。
- キミのテスト結果は一体どうだったのだろうか?
驚いた。自分の頭に浮かんだのは恨んでいるはずの、赤の他人の顔だったから。
いつもならば、帰宅後にする宿題のことや、この汚れた制服をどう母親にごまかすか。そんなことを考えてこの痛みから現実逃避をするのに…。
今ボクの頭の中には、なぜか最近会話を交わすようになった、特に親しいわけでもないキミのコト。
ボクはそれがどうしようもなく恥ずかしかった。
自分で思っていたよりも、ずっとボクは人恋しかったのかもしれない。
キミの笑顔が頭をよぎるたびに、何か分からない温かいモノが胸に広がる。
そのむず痒い感覚が怖かった。昔に感じたことのある感情。嬉しかったり、幸せを感じたりするときに広がる懐かしい感覚。
勝手に自分が期待して、またより絶望したら一体どうすればいいんだよ…
この温かな感情に蓋をするように、ぎゅっと胸元を握りしめて顔を俯ける。だが、それが良くなかった。アイツの渾身の蹴りが一発ボクの顔にクリーンヒットした。
「やべぇ。今日はこのへんで帰ろうぜ」
鼻から生暖かいドロリとしたものを感じる。
口からは鉄の苦い味も感じる。
- あぁ。鼻血か…
アイツたちはボソボソとボクの顔を見ながら何か言い訳をしている。でも、何も聞こえない。頭がなんだかぼんやりする。
「てめぇ、覚えとけよ」
痛い思いをしたのはボクなのに、何故かそう捨て台詞をはかれた。
地面をみるとポタポタと赤い雫が垂れていた。
- ああ。こんなに汚れてしまった。母さんになんて言い訳しよう…
アイツたちの後ろ姿を見ながら、ボクはそんなことを考えていた。