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第二幕:ノアルスイユ侯爵家専用席②

 これなら王太子妃はジュスティーヌになるだろうと安堵していたら、父の様子がどうもおかしい。

 ジュスティーヌが励めば励むほど、父は彼女と距離を取るのだ。

 ジュスティーヌが「試論」2本を提出した時も、特に軍事研究に関するものはよく書けていると褒めはしたが「この論文を書いた者が大国の王子であったら、大陸中が動乱に備えねばならんところだな」という妙な褒め方で、ジュスティーヌは素直に「ありがとうございます」と頭を下げたものの、アルフォンスは戸惑った。


 別に、ジュスティーヌは大陸を征服するための方法を書いたわけではない。

 軍事研究史をまとめ、主要な会戦を評価し、国家が戦争に勝つためにもっとも重要なのは最終的な意思決定を行う君主の大局観であると、彼女なりの考察をしているだけである。

 むしろ、状況を楽観視して戦端を開き、結局国を傾けた事例をいくつも挙げて、大局観を得ることがいかに難しいかを強調している。

 アルフォンスとしては、戦争という手段の危うさを改めて認識したほどだったのだが──


 父は公正さを重視する人で、シャラントン公爵と遺恨があるわけでもない。

 なぜジュスティーヌにこじれた態度を取るのか、わけがわからなかった。


 アルフォンスの「試論」が完成に近づいてきた2年前の午後、父はアルフォンスを私室に呼んだ。

 

 行ってみると、母もいて、テーブルの上にはジュスティーヌの草稿があった。

 つい先日亡くなった祖母、王太后とを中心に、女性王族の生き様をまとめたものだ。

 少し前に読ませてもらったが、なかなか面白かった。


 そもそも、王太后の人生がドラマティックなのだ。

 アルフォンスが幼い頃に亡くなってしまったのでほとんど記憶はないが、先代国王はかなりの美形だった。

 ついたあだ名は「美男王」。

 なにごとにも忖度しないカタリナがこっそり教えてくれたが、顔以外は碌でもないという裏の意味もあったそうだ。


 王太子時代から、貴族の奥方やら令嬢、侍女やら女優やら、相手が誰であろうと来る者拒まず。

 認知したのは叔父のコンスタンティン一人だが、表に出ていない隠し子は数十人はいるだろうと言われている。

 即位してからも政務を嫌い、なんやかんや理由をつけて地方を回りたがって、なかなか王宮に戻ってこない。


 やむを得ず政務を取り仕切ったのが、王太后である。

 優秀な王太后は山積みになっていた課題の多くを片付けるだけでなく、次代に向けた産業振興として大掛かりな観光開発も行った。

 成長したアデライードも母后をよく助けた。

 もともと美しい海岸があり、風光明媚な高原もあって避寒も避暑もできる上、戦禍に巻き込まれることが少なかったために、歴史的建造物や芸術品にも恵まれていたことが大きいが、今では季節を問わず観光客がやってくるし、ステータスとして景勝地に別荘を欲しがる者も多い。

 それほど資源に恵まれているわけではないこの国が、今、そこそこ豊かにやっていけているのは、王太后とアデライードのおかげだということは、かなりの者が知っている。

 正式に摂政の地位についたわけではなく、王妃という立場から私的に行ったことなので、先代国王の業績となっているが。


 ジュスティーヌの聞き書きは、女性王族の暮らしぶりや価値観を中心にしているが、そのあたりの話も出てくる。

 アルフォンスも知らなかった話も、ちょいちょい出ていた。

 王家に都合の悪いことは巧くぼかされてもいるので、折りを見て発表したら良いのではないかと勧めたのだが──


 ソファに座った父は、この上なく苦い顔をしていた。

 その隣に座った母は、困り果てたような顔をしている。

 人払いをしたのか、側仕えの者もいない。


 なんだこの空気感、と挙動不審になりながら、アルフォンスは向かいの肘掛け椅子に座った。


「アルフォンス。

 君は、ジュスティーヌを娶りたいと思っているのか?」


「はい!」


 ついにこの日が来た。

 気合を入れて頷くと、父はため息をついた。


「私が彼女を歓迎していないことは、わかっているか?」


「……ええと、それは……」


 こんな風に真っ向から父が言い出すとは思っていなかったアルフォンスは狼狽した。


「なぜ歓迎していないのか、はっきりさせよう。

 ジュスティーヌが、王太后に似ているからだ。

 あの、いかにもはかなげな笑み。

 そして、度外れた優秀さ」


「はい??」


 確かに二人共、細面で華奢な体つきではある。

 笑い方も似ていると言えなくもないが、アルフォンスは耳を疑った。


「笑い方は、自然に身につくもので、ジュスティーヌのせいではありません。

 あれだけの学問を修めたのは、私の隣に立つために励んでくれたからです。

 それがいけないことなのですか?」


「王太后は、平気で他人の気持ちを踏みにじる人だった。

 君のお祖父様を支配し、私も支配しようとして、さんざん苦労をさせられた。

 そのことを、ジュスティーヌを見ると思い出してしまうのだ」


「支配……ですか?」


 アルフォンスが物心ついた頃は、王太后とアデライードは離宮に移っており、年に一度、新年の祝いの時に会うかどうかというくらいの関わりしかない。

 アルフォンスからすると関係が遠いだけに、まるで実感がわかない。

 王太后は3ヶ月ほど前、急に体調を崩して一週間ほどで亡くなったのだが、離宮から見舞いに来るよう催促があっても、父は見舞いに行かなかった。

 他の家族もだ。


「結婚する前から、お祖父様の自信と誇りを奪うような振る舞いを続け。

 お祖父様が他の女性に逃避しはじめると、表では被害者面をしつつ、陰では馬鹿にし続けた。

 『美男王』という不愉快なあだ名は、君も聞いたことがあるだろう。

 あれは、王太后が広めたものだ」


「そ、そうなのですか……」


「それに、世評ほど『優秀』だったわけではない。

 私が王太子妃候補の選定をしなければならない年頃になった時には、王太后が主導する事業に協力すれば娘を王太子妃にすると、後先考えずに空手形をあちこちの家に出しまくって、収拾がつかないことになっていた。

 一事が万事そんな調子で、表は綺麗に繕っていたが、裏は唖然とするほど放漫だったのだ。

 私の結婚については、結局クリスティーヌを娶ることができたから、それだけは良かったが」


 父は母の手をとり、軽くキスをした。

 母が、ほんの少し笑みを見せる。


 世間では、隣国の王太子の結婚式に招かれた父が、母と電撃的な恋に落ち、国内で進んでいた王太子妃の選定をひっくり返して求婚したということになっている。

 だが、今の説明からすると、国内から娶ると後々の遺恨が深くなりすぎるので、なにがなんでも国外から、そして貴族の令嬢では太刀打ちできない王族の女性を娶らないといけなくなっていたようだ。

 馴れ初めの事情はとにかく、今も父母の仲が良いことは喜ばしいことではあるが──


「アルフォンス。

 君は、あんなあだ名をつけられたお祖父様の庶子が、コンスタンティンただ一人なのを不思議に思ったことはないかね?」


 留学したまま王族籍を離脱し、この時は一度も会ったことがなかった叔父の名を出されて、アルフォンスはまたまた戸惑った。


「……本当は、かなりいるはずだと聞いたことはありますが」


「姉上の前に、子が2人、それぞれ別の女性との間にいたそうだ。

 公にはしていなかったが、お祖父様は、嫡出の子が生まれてから庶出の子として認めるつもりだった。

 だが……2人とも、母親もろとも『流行り病』で相次いで亡くなった。

 母親だけでなく、同居していた家族全員もだ。

 雇い人も、住み込みの者はあらかた死んだ」


「え!? なんですかそれは。

 まさか、毒、……?」


 毒殺、と言いかけて言葉が詰まった。


「そういうことだ」


 父は真顔で頷いた。

 母も沈痛な表情だ。

 アルフォンスは動揺した。


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