第一幕:サン・ラザール伯爵家専用席②
サン・ラザール家は王太子妃の選定がどうなっているのか、かなり掴んでいる。
シャラントン家と違い、父母、兄や姉妹達、そしてカタリナ自身もあちこちで情報を拾い、探りを入れているのだ。
気性の激しいカタリナをもてあましがちな公爵夫妻は、どうしても娘を王太子妃にねじ込みたいと考えているわけではないが、なれるものならなってほしい、くらいの色気はある。
王妃は全面的にジュスティーヌ支持。
亡き親友の娘であり、子供の頃から目をかけているのだから、ジュスティーヌに嫁いできてほしいのは当然だろうと、カタリナでも思う。
ジュスティーヌとカタリナが、アルフォンスと同じ王太子教育を受けることになったのは、王妃の発案らしい。
勉強嫌いのカタリナなら、早々に音を上げて辞退するだろうと踏んだのだ。
そうと知った時、カタリナは「ざまぁ!」「ざまぁ!」「ざまぁ!」と、ざまぁ三唱してしまった。
王妃はカタリナの「要領の良さ」を舐めていたと言わざるを得ない。
一方、国王はカタリナを推している。
「カタリナが良い」というよりは、「ジュスティーヌではない方がいい」という考えらしい。
国王がジュスティーヌではない方がいいと考えている理由はいくつか推測できる。
アルフォンスもジュスティーヌも、おっとりした性格だ。
鷹揚であまり我を出さない分、受け身になりがちとも言え、従う側から見れば、本当はどうして欲しいのかわかりにくい面がある。
特に、ジュスティーヌはあれこれ言うより身を以って示すというタイプ。
だが、「良い子ちゃん」のジュスティーヌに「お手本」を示されても普通に困る。
ジュスティーヌは王太子妃教育の成果として2本の「試論」を書いた。
経済学の理論について書いたもの、軍事研究の動向について書いたもの、共に大学卒業後に2年間大学院に通って書く修士論文に相当すると、学者達は評価している。
本当は大学の卒業論文レベルのものを1本書けば王太子教育は修了なのに、なぜ17歳の令嬢がそれをはるかに上回るレベルの論文を2本も書き上げてしまうのだ。
一緒に授業を受けていた頃に驚いたのだが、ジュスティーヌは一度間違えたことを二度と間違えない。
教師が説明すると、ぱっとそれをこなしてみせる。
頭を使うことでも、体を使うことでも、魔力を使うことでもだ。
「それなりに」優秀なアルフォンスや、要領がいいだけでちゃらんぽらんな自分とは出来が違うとカタリナは舌を巻いたのだが、それにしたって頑張りすぎだ。
そしてアルフォンスもジュスティーヌも、社交はそれほど好きではない。
自由になる休日があれば、カタリナならまず茶会を開くし、余裕があれば若い貴族だけの夜会でも開いて大騒ぎしたい。
一人の時間を大切にしたいタイプのアルフォンスとジュスティーヌならば、乗馬でも楽しむか、ゆっくり本でも読むかというところだろう。
社交が苦手だからといって、王妃になれないわけではない。
だが、貴族同士の社交は、なんだかんだで国を統べる大事な基盤でもある。
できることなら、王妃が社交界をリードした方がなにかと都合が良い。
国王は、生真面目で口下手な自分を、華やかで社交好きの王妃がよく助けてくれているという思いがあるからこそ、のんびりしたアルフォンスの妃には社交が得意なタイプの女性が望ましいと考えているのだろう。
さらに、魔力の問題もある。
王妃となるなら、火属性のみのジュスティーヌより、火水風3属性持ちのカタリナの方が好ましい。
魔力属性は生まれつきのものだが、ある程度は遺伝すると言われている。
これだけはジュスティーヌの刻苦勉励をもってしても、どうにもならないところだ。
とはいえ、今までも一属性の王妃はいたし、致命的な瑕疵ではない。
おまけに、属性が少ない代わりにと磨き上げたジュスティーヌの魔力は凄まじいらしい。
実戦経験も積みたいと、神殿が行う魔獣討伐に参加し、火に強いはずの水妖ウンディーネや氷ワイバーンまでファイアボール一発で灼き尽くしたそうだ。
ファイアボールといえば、普通は赤い火の玉がどーんと一直線に飛んでいくものなのに、ジュスティーヌの場合は温度が高すぎて蒼く輝き、眼にも止まらない速さで射出される上、射出後も自在に軌道を変えることができる。
色々おかしいのだ、ジュスティーヌは。
というわけで、国王と王妃の意見は分かれてはいるが、ぶっちゃけジュスティーヌでもカタリナでも良いといえば良いのだ。
カタリナが手を挙げなかったらジュスティーヌに決まっただろうし、ジュスティーヌが手を挙げなかったらカタリナに決まっていただろう。
だから、国王夫妻は、アルフォンスが王太子教育を修了した前後に、自分で妃を決めろと判断を委ねたようなのだが──
それから2年近く、アルフォンスはいまだにどちらを娶るのか、はっきりさせない。
たまに、なにか言いたげにカタリナを見てくることはあるが。
「ま、わからなくもないがね。
レディ・ジュスティーヌの愛は重すぎる。
あのひたむきさは怖い」
外からの視線を避けるように隅に引っ込んでいるアルフォンスを眺めながら、オーギュストは苦笑した。
あれではろくに舞台は見えまい。
アルフォンスも、カタリナとジュスティーヌがいることに気がついたのだろう。
今頃、チワワのようにぶるぶると震えているのかもしれない。
王家でもっとも怖い、アデライード王姉殿下までご臨席なのだ。
「そういうもの?
わたくしなら、わたくしを手に入れるためにあらゆる手を尽くしてもらったら嬉しく思うけれど」
「君は、自分の魅力に世界がひれ伏して当然だと思ってるからね。
殿下は君とは違う」
無の表情で、オーギュストは答えた。
「そして、君の愛は君の愛でいくらなんでも軽すぎる。
顔がいいから妃になりたいと言われても、そんな理由じゃ未来の国母に選べないじゃないか」
「だって、ほんとに顔がいいんですもの。
仕方ないじゃないの」
カタリナはむくれて、舞台の上に視線を移した。
第一幕の見せ場となる有名な二重唱「愛とは奇妙で、悲しいもの」を、侯爵夫人役のマリア・リーリアと、舞踏会で再会した元恋人役のテノールが歌い始めるところだ。
喧嘩別れして、離れ離れになったまま何年も経っていたのに、ひと目見た瞬間燃え上がる愛の不思議を歌う曲だ。
しばし、二人は聞き入った。
向かいのジュリエットも身を乗り出して、食い入るように舞台を見つめている。
「ほんと、『愛』って奇妙よね……」
ふと、カタリナは呟いた。
ジュスティーヌの愛は重すぎると言われ。
自分の愛は軽すぎると言われる。
だったら、足して2で割ればいいのだろうか。
いかにも無邪気そうなピンク髪の男爵令嬢の愛は、カタリナとジュスティーヌの愛を足して2で割ったくらいの、アルフォンスにちょうどよい愛なのだろうか。
「君の場合は特にね。
だが……それでも愛は美しい」
オーギュストも舞台を見やりながら、吐息とともに呟いた。
Tony Bennett, Lady Gaga - But Beautiful (Studio Video)
https://www.youtube.com/watch?v=O1OdWOLWeCM