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開場:シャラントン公爵家専用席①

 まだ20歳にならない若さで、シャラントン公爵令嬢ジュスティーヌは人生に疲れ果てていた。

 特に、ピンク髪のいかにもあどけない男爵令嬢がアルフォンスと親しくしていたという話を聞いてからここ10日ほどは、自室に座ったままぼうっとしているばかり。

 見かねた義弟のドニが観劇に行こうと言い出し、断る気力もなかったので、今は劇場に向かう馬車に揺られている。


 酷い疲れの原因はただ一つ。

 幼馴染であり、ジュスティーヌの長年の想い人である王太子アルフォンスだ。


 アルフォンスと初めて会った時のことは、実は記憶にない。

 ジュスティーヌの母が、王妃のもっとも親しい友人で、2歳くらいの頃から一緒に遊ばせていたらしい。

 8歳の時、母は病で亡くなってしまったが、母が亡くなった後も、王妃は親友の忘れ形見としてなにかとジュスティーヌを気にかけてくれた。

 母が亡くなった直後は、アルフォンスが幾度も公爵家に来てジュスティーヌを慰めてくれ、落ち着いた後もしばしば王宮に招いてもらった。


 子供の頃から、アルフォンスはいつも優しかった。

 次第に、眼が合えば心が浮き立ち、手が触れればどきりと心臓が跳ねるようになり──

 気がついた時には、ずっと一緒にいたいと願うようになってしまった。

 少なくともあの頃は、アルフォンスも同じ気持ちだったのだと思う。


 シャラントンはこの国の筆頭公爵家。

 何度か王妃を出し、王女の降嫁を受けたこともあるが、アルフォンスとジュスティーヌは血が近すぎるということもない。

 このまま自分はアルフォンスの妃となるのだろうと、ジュスティーヌはいつの間にか思いこんでいた。


 そこに割って入ったのが、サン・ラザール公爵令嬢カタリナである。

 年は、アルフォンスとジュスティーヌと同年。

 言うまでもなく、サン・ラザール公爵家も、王妃を輩出するのにふさわしい家柄だ。


 初めてカタリナに会ったのは、アルフォンスの12歳の誕生日を祝う園遊会。

 サン・ラザール公爵夫人は、かつて現国王の有力な妃候補と目されていた人。

 王妃の側にも公爵夫人の側にもわだかまりがあり、だからそれまで会う機会がなかったのだと後で知った。


 その日のカタリナは、まばゆかった。


 豊かな金髪を綺麗に巻いてハーフアップにし、大きなクリーム色のリボンで飾っていた。

 衣装もクリーム色のデイドレス。

 年齢としてはまだ「子供」という扱いなのに、エメラルドのイヤリングをしていた。

 化粧もしていて、唇の色は真紅。

 アルフォンスと同じ、深い緑の眼は、いかにも気が強そうで、溌剌としていた。

 銀髪に紫眼、整った顔立ちではあるが、どこか主張が薄く、内気な令嬢と見られがちなジュスティーヌは、ひと目見た瞬間、気圧されたのを覚えている。

 わかりやすい華やかさが、12歳のときからカタリナには備わっていた。


 カタリナは挨拶もそこそこに、ジュスティーヌと一緒に妹王女達の世話をしていたアルフォンスの腕を取り、引っ張っていこうとした。

 驚いたアルフォンスは固まってしまい、ジュスティーヌが「殿下にそんなことをしてはいけないわ」とかろうじて言う。


「なぜいけないの?

 この世に存在する顔がいい男の子は、すべてわたくしのものなのよ。

 殿下は顔がいいでしょう?

 だから、殿下はわたくしのもの!」


「「「「は?」」」」


 堂々と放たれた謎の三段論法に、居合わせた全員あっけにとられた。


「……ぼ、僕は『顔がいい』のか??」


 困惑したアルフォンスが、ジュスティーヌの方を振り返る。


「最高ですわ!

 殿下のお顔、とってもとってもよろしくてよ!」


 ジュスティーヌがなにか言う前に、カタリナは眼を輝かせて力説すると、アルフォンスをぐいぐい引きずってどこかに行ってしまった。


 園遊会の数日後、父公爵の書斎にジュスティーヌは呼ばれた。


「サン・ラザールの娘が、王太子妃になりたいと申し出たそうだ。

 お前はどうする?」


「わたくしも、王太子妃になりたいと思います」


 迷いなくジュスティーヌは答える。

 父は深々と吐息をついた。


「そうか。

 努力が報われるとは限らんぞ。

 それでもいいのか?」


「はい」


「では、来月から王宮で学びなさい。

 厳しい道になるだろうが、いつでも降りることはできる。

 そのことを忘れないように」


 あの時、父はいつになく憂うような眼で自分を見ていた。


 自分はカタリナよりも、王家の人々と親しい。

 習い事でも、勉強でも、家庭教師達は皆褒めてくれ、実際、標準的なカリキュラムよりかなり先に進んでいる。

 マナーに従って令嬢らしく行動できるし、少なくともカタリナのようなめちゃくちゃはしない。

 なのになぜ、お父様はそんなに心配するのだろうとあの時は不思議に思ったが──


 翌月から王宮で、王太子教育と平行して王太子妃教育が始まった。

 カリキュラムは王太子教育と同一、教師も同じ。

 だが3人の習熟度に差があったことから、美術や魔法実技などの実習系を除いて、ほとんどの講義が別々に行われるようになった。

 別途、ジュスティーヌもカタリナも、月に二度ずつ、アルフォンスと2人で過ごすことが許された。


 王太子妃教育の内容は多岐にわたった。

 歴史を中心に神学、哲学、論理学、文学、美学、数学、物理学、化学など教養全般に加えて魔導理論と実技。

 農学や法学、経済学など実学に近いものもあり、さらに語学や弁論術、乗馬や体術も加わる。

 基礎課程を終えると「授業」はなくなり、提示されたテーマに沿って調べ物をし、自分が調べたことを土台に学者や専門家と議論をするようになった。

 その準備をするため、公爵家は特別な家庭教師を何人も雇った。

 それらの議論を通じて自分なりのテーマを定め、試論を書いて合格すれば修了だ。


 ジュスティーヌは励んだ。

 励んで励んで、気がついたら課程は予定よりも早く終わっていた。

 アルフォンスは6年の年限を少し超えたところでどうにか課程を終え、カタリナは苦手な科目が全然進んでおらず、試論を書かせてもらえなくてまだ王宮に通っているらしい。


 ジュスティーヌは、大陸の主要言語五カ国語を自在に操り、大陸の歴史についても国際情勢についても社会制度の問題点についても芸術についても、高い教養を持つ人々と対等に議論できるようになった。

 風水土と三属性の魔法を打てるカタリナに対して、火属性魔法しか打てないのは口惜しいが、修練の甲斐あって魔力はかなり伸びた。

 願い出て、神殿が行う魔獣討伐に何度か同行し、それなりの働きを見せることもできた。

 聖ウィノウ皇国におわす女神フローラの代理人・大聖女猊下に特別に拝謁を許され、お褒めの言葉を賜ったほどだ。

 知識だけでなく実践も必要だろうと公爵領内で始めた事業も、回り始めている。


 今、ジュスティーヌは「稀代の才女」と呼ばれている。

 だが、王家から婚約の申し込みはいまだにない。

 

 16歳のデビュタントの前は、自分の進み具合なら前倒しで婚約が決まるのではないかと夢見ていた。

 17歳の誕生日、いち早く王太子妃教育の課程を修了したのだから、今度こそ申込みがあるのではないかと願っていた。

 18歳、19歳も同じこと。

 そしてもうじき20歳を迎える。


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