後日:王宮の庭③
「ところであなた、本当に神殿入りするつもりなの?」
投げられた問いかけに、カタリナは肩を竦めた。
「ま、思いつきで言ってしまったことではあるのだけれど……
わたくし、人に頭を下げるのが嫌いなのよ。
それもあって、王太子妃になりたいと思っていたの。
神殿なら、魔獣を殺しまくればどんどん地位は上がる。
さっさと聖女になれば、女神フローラと大聖女猊下以外には頭を下げなくていい人生が送れるわ」
聖女とは、国内の神殿のトップ。
大聖女は、各国の聖女が互選で選ぶ大陸の神殿全体のトップだ。
魔獣という眼に見える敵と戦う組織でもあるため、能力主義的なところがあり、聖女は代々、魔獣討伐で武功を上げた者ばかりだ。
「本当のことをおっしゃって。
わたくし達が2人だけで話す機会なんて、なかなかないのだから。
あなたが本当に神殿に入るのなら、二度とないかもしれない」
横目で睨むようにして、ジュスティーヌは突っぱねた。
カタリナはため息をついた。
できるだけ良家を選んで嫁ぎ、公爵家に利をもたらすのが生まれた時に決まっていた自分の責務だということはわかっている。
だが、どうしても心が向かない。
なぜ向かないかと言えば──
「……あの時、殿下は毒を盛られたことを悟っていた。
聖女の指輪のことをご存知だったから、咄嗟にあなただと思い込んだ。
そして、殿下は本当は毒を盛っていないあなたを、勝手に許しながら亡くなってしまった」
いきなり、アルフォンスが亡くなった時の話になって、ジュスティーヌははっと眼を伏せた。
「もし、わたくしが毒を盛ったと殿下が思い込まれていたら……
嫌われてはいなかったし、好意をもってくださる部分もあったと思うけれど、きっと、やっぱりとんでもない毒婦だったとわたくしを呪いながら亡くなったと思うの。
そうでしょう?」
少し間があって、ジュスティーヌはわずかに頷いてみせた。
「そうかもしれないわね。
殿下はあなたを深く信頼されていたから、裏切られたと思いこまれたら、激しくお怒りになったでしょう」
ふん、とカタリナは鼻を鳴らす。
「殿下はあなたのことが好きなんだとはわかっていた。
でも、わたくしにも王太子妃になるチャンスはあるし、なってしまえば後からどうにでもなると思っていた。
殿下の、あなたへのお気持ちがあれほど強いとは思っていなかったの」
カタリナは、自嘲するような笑みを浮かべた。
「どうせ、あなたは勝ち負けの問題じゃないと言うでしょうけれど。
わたくし、あなたに負けたんだわ」
捨て鉢に吐かれた、勝ち気なカタリナらしくない言葉に、ジュスティーヌは小さく驚いた。
「……そうね。
わたくしは勝ち負けの問題ではないと思うけれど……」
ジュスティーヌは、「それで?」とそっと続きを促す。
「この国にいる限り、どこへ嫁いだって、狭い狭い社交界であなたと顔を突き合わせて生きていくほかはない。
他国からの釣書も来たけれど、わたくしが嫁ぎたいと思うようなものはなかったわ。
だから、違う世界に行く。
それだけのことよ」
「そういうこと……」
そう言ったきり、ジュスティーヌは黙っている。
小鳥のさえずりが、木々を渡りながら遠ざかってゆく。
長い沈黙にカタリナが耐えきれなくなる寸前に、ジュスティーヌは唇を開いた。
「わたくしは、ドニと結婚して公爵家を継ぐことになりました」
さきほど、王妃はジュスティーヌに先行きのことを訊ねなかった。
もう内々に聞いているのだろう。
「正直に言えば、今はまだ、殿下への思いで、わたくしの心はいっぱい。
でも、結婚して、子が出来てとなると、きっとあの方のことはどんどん薄れて、過去のことになってしまうでしょう」
それはそうだろうと、カタリナは小さく頷いた。
ジュスティーヌはアルフォンスを愛し、アルフォンスはジュスティーヌを愛していた。
だが、アルフォンスが女神フローラの下へ旅立った今、若く将来のあるジュスティーヌがいつまでもアルフォンスへの愛に縛られるいわれはない。
いわれはない、のだが──
なぜだろう、なぜか「寂しい」と感じてしまう。
「でも、あなたは、ずっと殿下のことを忘れずにいられる人生を選ぶのね。
神殿に入ってしまえば、生涯、結婚せずに済むもの」
カタリナは、え?と声を漏らしてジュスティーヌを見やった。
「殿下をお慕いする気持ちの強さで、あなたに負けたつもりはないけれど……
勝ったとは、到底言えないわ」
涼やかな紫の瞳が、じっとカタリナを見つめている。
ゆっくり、その言葉がカタリナに染みていく。
カタリナは思わず立ち上がり、バンとテーブルを両手で叩いた。
「は? なにそれ?
まるでわたくしが、顔だけはいい殿下のことを本気でお慕いしているみたいに聞こえるじゃないの!?」
そんなことはない、美形神官をたくさん侍らせて、史上最速で聖女になり、なんなら大聖女になって栄華を極めてやるんだ、筆頭公爵夫人といえど思う存分跪かせてやると顔を真っ赤にしてカタリナは言い募る。
ジュスティーヌは、必死なカタリナに取り合わず、ふんわりとした笑みを浮かべると、かつてアルフォンスと遊んだ美しい庭に視線を移して、紅茶をもう一口飲んだ。
ご覧いただきありがとうございました!
特殊なトリックを思いついてしまったので、どうにか形にしてみましたが、巧く伝わりましたでしょうか。
ご感想等、頂戴できましたら幸いです。
今回はガチ殺人事件が発生してしまいましたが、アルフォンス達は普段はアホなラブコメをやっています(悲恋物もありますが)。
「王太子アルフォンスが雑な扱いを受ける短編とか中編」シリーズもよろしくお願いいたします!(作者名のリンクから飛んでいただけます)




