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幕間:王室席専用ホール①

 幕が下りると、貴賓席の客は幕間の社交を楽しむべく、貴賓用饗応室へと向かう。

 そのざわめきが収まるのを待って、アルフォンスは物思いに沈んだまま王室専用エリアに向かった。

 初めての観劇に大興奮しているジュリエットは、ノアルスイユとサン・フォンにあれこれ訊ねている。

 

「…………ッ!?」

 

 芸術を司る三美神の浮き彫りが施された扉が開かれた瞬間、アルフォンスは固まった。


 王室専用席のホールは、古典演劇の名場面を描いた壁画と天井画で飾られ、豪奢ではあるがそこまで大きくはない。

 その奥に、仰々しいローブ・ア・ランシエンヌをまとった伯母がいるのはとにかく、ジュスティーヌとドニ、カタリナとオーギュストまでいる。

 伯母とジュスティーヌはソファにかけて、なにやら話をしていたようだ。

 カタリナは少し離れた肘掛け椅子に所在なさげに座り、紳士2人はそれぞれ同行者の傍に立っていた。


 立ったまま飲むためのスタンディング・テーブルが、ホールの真ん中のあたりと入り口側に1つずつ出してあり、窓際のテーブルには軽食が並んでいる。

 空いているソファや肘掛け椅子もあるが、基本的には立食で準備されているようだ。


 カタリナが先にアルフォンスに気づき、立ち上がると軽く膝を折った。

 ジュスティーヌも、すっと立ち上がるととソファの脇に移動して礼をする。


「ご無沙汰しております、伯母上」


 動揺が顔に出ていませんようにと祈りながら、アルフォンスは歩み入って伯母に挨拶した。


「久しぶりね、アルフォンス。

 そちらの方は?」


 アデライードはよく響く声で返すと、アルフォンスの背後にいるジュリエットに鷲のような鋭い眼を向けた。

 ジュスティーヌもカタリナも、表情を消して静かにアルフォンスとジュリエットを見ている。

 ドニは義姉と同じく表情を消そうとしているが、苛立ちを隠しきれてはおらず、オーギュストの眼は完全に面白がっている。


「フォルトレス男爵家のジュリエット嬢です。

 湖の離宮での休養の折り、魔獣に襲われたところを助けてもらった縁で。

 今はノアルスイユ家に滞在しています」


 アルフォンスはざくっと紹介すると、ホールに少し入ったところでびっくりして立ち止まっているジュリエットを手招きした。

 中途半端なところで一度立ち止まってしまい、アルフォンスに促されてもう少し進むと、ジュリエットは淑女の挨拶をするべく、腰を落とした。


「フォルトレス男爵が養女、ジュリエットと申します。

 アデライード王姉殿下に拝顔の栄誉を賜り、恐悦至極に存じます」


 王族に拝謁する時の、正式な挨拶だ。

 この場の状況からすると格式張り過ぎてはいるが、間違いではない。

 緊張気味ながら声には張りがあり、身体の軸もぶれず、挙措も美しかった。

 ノアルスイユ侯爵夫人の指導の賜物だろう。


「あら、噂の。

 可愛らしい方ね」


 アデライードは満足げに頷いて、ジュスティーヌとカタリナに視線をやった。

 最低限の礼儀作法はできるようだから、挨拶をしてやれ、ということだ。


「はじめまして、レディ・ジュリエット。

 シャラントン公爵家のジュスティーヌです」


「サン・ラザール公爵家、カタリナですわ」


 どこまでも典雅に、内心はちらりとも見せない所作で令嬢2人もそれぞれ名乗り、ドニとオーギュストも続いて──沈黙が降りた。


 しらっとした空気の中、皆の視線はアルフォンスに集まった。

 なにか、なにか言わなければ。

 本当だったら芝居の感想でも振ればいいのだが、今日の芝居はろくに見ていないし──


「お、アルフォンス殿下!

 ようこそお越しくださいました」


 アルフォンスが焦りに焦っていたところで、コンスタンティンが来てくれた。

 大股に入ってくると、落ち着かせようとするように、ぽんとアルフォンスの肩を叩き、まずはアデライードにご機嫌を伺う。

 ジュスティーヌとカタリナにも、芝居の印象を訊ねる。

 返す刀でジュリエットに自己紹介し、ほどよくジュリエットの愛らしさを褒め称えながら感想を訊ね、自然にアデライード達の方へ連れてゆく。

 これがきっかけで、女性陣は芝居の話を始めた。


 それから男性陣にも挨拶をして回った。

 少し年齢が離れているドニには、王立学院でどの寮なのか訊ねる。

 ドニが「クラージュ寮です」と答えると、サン・フォンが「お!俺もクラージュ寮だぞ」と言い出して、そこから男性陣の間で学院話が始まった。

 王宮で学んだアルフォンス以外、男性陣は全員王立学院に通っていたのだ。


 わずかな時間で、すっかり場がほぐれたところで、コンスタンティンは手を叩いた。


「ああ、失礼しました。

 酒の用意が先でした」


 もちろんコンスタンティンが忘れていたわけではあるまい。

 硬い空気を先にほぐしておいた方が、乾杯以降がスムーズになると判断したのだろう。


 壁際に並んでいた給仕2人が、ワゴンにフルートグラスをたくさん並べる。

 護衛のクリフォードが、ランダムに1つ2つ抜き出し、覗き込んだり光にかざしたりして異常がないか調べた。

 次いで、給仕が発泡性の白ワインの大瓶を開け、ほんの少しグラスに注いで、別の者が毒味をする。

 劇場だけでなく、外部でアルフォンスが飲食する時には必ず行うなかば儀礼的な手続きだ。


 無事チェックが終わり、金色に輝く、少し泡立つ酒が注がれ、給仕が配って回った。

 

 アデライードが機嫌よくグラスを掲げた。


「素晴らしい夜に」


 皆、唱和して、グラスを掲げる。


 喉がカラカラに乾いていたアルフォンスは、最初の一杯を一息に干してしまった。


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