001ネモフィラブルー
茨城県民なら知らぬ者はいないとまで言われている、ジョイフル本田というホームセンターがある。茨城ネタ本で「茨城県民はジョイフル本田で買えない物はないと思っている」と見かけたので生まれも育ちも現住所も茨城県民に訊いてみたら「思っている」との返事(なお1名にしか訊いていない)だった。ちなみに本社は茨城県土浦市である。
そのジョイフル本田のアート&クラフト・趣味の専門店がJOYFUL-2(以下ジョイフル2)である。東急ハンズのない茨城県、画材はここで買うことが多いのではないだろうか。
このジョイフル2はオリジナルインクを出している。2018年当時、群馬県のジョイフル2新田店にて17色、栃木県のジョイフル2宇都宮店で3色展開していた。
そして私は思う訳である。
何故本社が茨城にあるのに、茨城のインクは出ていないのか?
ジョイフル本田で買えない物などないのではなかったか?
当時、万年筆・インクが流行りだした頃である。
何故勢いに乗らないのか! 乗れよ! 万年魅力最下位県とか言われてる場合か!
(なお、2018年にはすでに終売になっていたが、茨城の色として「筑波山グリーン」「霞ヶ浦ブルー」「葡萄畑」の3色は過去に発売されていた)
私は祈った。茨城なんだから是非ネモフィラとコキアは出して欲しい。あと紫峰と呼ばれる筑波山はパープルで、県の木が梅で花がバラなのだから、なんかその辺も出して欲しい。発売されたら夢の「そこからそこまで全部ちょうだい」をやりたい。
そして2019年、私の祈りは天に通じた。2019年の文具女子博で茨城県のインク5色が先行発売されることになったのである。
「ネモフィラブルー」「コキアレッド」「大仏グリーングレー」「納豆ブラウン」「つくばミッドナイトブルー」。私がずっと欲しい欲しいと寝転がって足をじたばたさせていたネモフィラとコキアが超絶どストライクに発表されたこの時、私は全力のガッツポーズをした。茨城、お前やるじゃねえか! コキアグリーンも欲しかったぞ!
しかし私は文具女子博には不参加であるため、店舗で買える日を指折り待っていた。文具女子博に行った方によると「ネモフィラブルー」は瞬殺すぎて本当にあったかどうかさえ疑わしいとのことだったので、凄まじい争奪戦が繰り広げられたと思われる。
その争奪戦の凄まじさを肯定するように、他の4色は9月発売だが「ネモフィラブルー」だけが10月1日発売、予約は店頭に引き取りに来られる人のみ2本まで、となっていた。
何の迷いもなく即電話・予約した。店頭まで行ってやろーじゃん。2本予約した。
2022年現在ではだいたいのジョイフル2で全色の取り扱いのあるインクだが、当時は群馬の色は前述の新田店、栃木の色は宇都宮店でしか買えなかった(他の店でも取り寄せはできるが在庫は置いていない)。この茨城の色は守谷店とひたちなか店の取り扱いであり、さすがにひたちなかは遠いので守谷で予約した。
さて「ネモフィラブルー」発売日当日、2019年10月1日火曜日。決戦の時は来た。
いや、予約はしてあるが問題はこの日平日であり、月初であり、すなわち普段であれば私は残業確定デーである。
私は自分と戦った。光の速さで定時ジャストに打刻をし、職場を後にし、高速を使って守谷店へと急いだ。インクを買うために高速飛ばすって何だよ、と今になって思うがその時はそれどころではなかった。欲しいものを手に入れるためには正当な手段であるならば迷う余地などないのである。
「ネモフィラブルー」への執着が恋であるというならば、恋は盲目なのだ。
ただし転売ヤーに対しては常に等しく滅びを与えんことを、と心の底から思っている。
無事に安全運転で閉店前に守谷店へと滑り込み、念願の「ネモフィラブルー」を2本ゲットした。さすがに平日の夜、客はまばらで、他の色も購入時に数量制限があるため在庫は潤沢だった。文具女子博の熱など何処吹く風である。
帰宅後、そわそわな気分はどきどきへと変わり、震える手でインクを開けた。
最初の一滴を紙に落とした時のあの感動──それは初めてひたち海浜公園で見た、見渡す限りのネモフィラと、空と海の青が混ざり合うのを見たそれと同じだった。
ひたち海浜公園はネモフィラの咲き誇るみはらしの丘へと向かう途中の道から遠くに丘が見える──つまり森の小径から遠くにネモフィラブルーに染まった丘と空の青が混ざり合っているのが見え、それがだんだん近づくことで視界が青く染まっていくあの高揚感がたまらなく好きであり、森の小径を抜け視界が広がった時に見える圧倒的な青、ネモフィラブルーの丘を上って空の青に近づいていきながら、途中に海の青を眺め、丘の上からネモフィラを見下ろしながら吹く風と──何もかもが私の心を潤してくれる。
ネモフィラは外界から切り離された美しい青で私の心を癒やし、満たし、潤してくれる、そういう存在なのである。
あの日の感動が、手元の小さな紙の上で鮮烈に甦ったのだ。
泣くかと思った。
あの日のネモフィラそのままの青が、インクになってここにある。
まるでネモフィラをそのまま瓶に封じ込めたような青である。
夢かな。夢でもいい。だって、ネモフィラブルーは今私の手元に存在しているから。
普通に使えばネモフィラの花そのものの青、インクをスポイトで紙に落とせばみはらしの丘から見える海の青。そして水に滲ませるとほんのりとピンク色が揺らめくのがとても可愛い。
4月半ばからゴールデンウィークまでしか逢えないネモフィラの青。
このインクさえあれば、いつでも私の心はあの日のネモフィラの咲くみはらしの丘へと飛んでいける。
この色を出してくれて本当にありがとう。