後編
早速、その日の放課後、3人で例の雑貨屋へ向かった。
木之本つぼみによれば、この学校から程近い場所にある、住宅街の片隅の隠れ家のような店らしい。
「ちょっとわかりにくいんですけど、可愛いお店ですよ」
それから、小道を抜けて、どんどん歩いて行った先に、彼女のいう店はあった。確かにちょっとわかりにくい。今だって、彼女の案内がなかったらきっと見過ごしていただろう。
レンガ調のオシャレな壁には、鉄素材の文字プレートが貼り付けられ、横の小窓には、これまた女の子の喜びそうな可愛らしい雑貨が並んでいる。
『アンティーク・ショップ さくらの木』
鉄のプレートに書かれた、それが、この店の名前らしい。
「さくらの木、か。なかなかメルヘンな名前ね」
桜子さんが言う。
「じゃあ、早速入ってみましょうか」
お邪魔します、と小さく呟いて、まず桜子さんが中に入る。続いて、つぼみちゃん。最後に僕が入って、扉が閉まった。
少々暗めの店内は、カビた古い匂いに包まれて、いかにもな雰囲気を醸し出していた。
「随分古そうなお店ね。一体、いつからあるのかしら」
「あたし、小学校の頃から毎日この辺りを通ってますけど、気づいたのは。ほんの最近です。こんなお店があるとも知りませんでした」
なるほど。住宅街に突如現れた不思議な店、か。これは面白くなってきたぞ。
3人で店内をうろつき、それぞれ欲しいものを物色していると、突然、背後から声をかけられた。
「……いらっしゃい」
振り向くと、そこには腰の曲がった白髪のおばあさんがひとり。ボロボロのローブを身にまとったその姿は、絵本に出てくる『魔女』そっくりで――。
「わあ!!」
思わず、悲鳴を上げた。
その声に驚いたほかの二人も、慌ててそばにやってくる。
「ちょっと、桜木くん、急に大きな声出さないでよ」
「おばあさん、お店のかたですか?」
……なんで二人とも驚かないんだよ。
「賑やかいお客さんだねえ。まだ中学生? お友達かしら。いいわねえ」
「すみません。彼がうるさくしたみたいで」
「いやいや。構わんよ。子どもはちょっとうるさいくらいがちょうどいいからね」
挙句の果ては子ども扱いだ。ちょっとビックリしただけなのに、なんでここまで言われなきゃならないんだよ。
「うちにお客さんなんて珍しい。この店、ちょっとわかりにくかったろ? よくたどり着いたね」
それは、おばあさんも自覚してるらしい。
「前にも、一度来たことがあるんです。あたし、小学校の頃から、この近くの学校に通ってるので」
木之本つぼみが答える。
「そうかい。ま、せっかくだから、ゆっくりしておいき」
「はい。ありがとうございます」
女の子ふたりが商品を選んでいるあいだ、僕は手持ちぶさたに店内をうろついていた。
こうして見ると、年代物の品が結構ある。時計に机、椅子。うへえ、ガイコツの置物なんてのもあるぞ。
「……決めたわ。木之本さんは?」
「あ、はい。あたしも」
それで、ふたりとも欲しいものを買って、この話は終わるはずだった。少々変わってはいるが、普通の雑貨屋だ。あのおばあさんだって、不思議なところはあるけれど、きっと、至って普通の人で……。
それだけで終わらなかったのは、あの雑貨屋で『あるもの』を買った桜子さんが奇妙な点に気づいたからだ。
「奇妙な……こと、ですか?」
「そうよ。これを見て」
桜子さんは、机にメモ帳を置くと、1枚めくって何か書き始めた――が、すぐにパタンと閉じ、僕に不透明な表紙を見せる。桜の花びらが描かれた、何の変哲もない薄ピンク色の表紙。これがどうしたというのだろう。
「書いた直後は普通なの。でも、しばらく経って表紙を閉じると……」
それから、1分も経たなかったと思う。それくらい、わずかな時間に、一瞬にして『文字』が浮かび上がった。中身が透けることのない、不透明な表紙の上に、である。ついさっきまでは何の文字も書かれていなかったはずのその表紙に、うっすらと文字が浮かび始めたのだ。
『さくらぎ さくや は ヘンタイ です』
なんだこれ。桜木……朔也……は、ヘンタイ、です?
「って、どういう意味ですか! 僕はヘンタイじゃありませんよ!」
「あら。だって、見たんでしょう? この文字を……」
桜子さんが表紙を開くと、メモの1枚目に、さっきとまったく同じ文字が、まったく同じ筆跡で書かれていた。
いや、だから、そういうことじゃなくて!!!
「見えないはずのものを、透かして見る。それって……『透視』ってことよね。桜木くん、まさか、わたしの服の中も……!?」
「しませんよ! ていうか、なんでそんな話になるんですか!」
桜子さんって、時々こういうとこがある。話が飛躍しすぎというか、単に想像力が豊かなだけなのか。
「これね、実は、昨日の雑貨屋で買ったものなのよ。木之本つぼみが、あのレターセットを買ったのと、同じ店」
突然消えた1通の手紙。そして思わぬ場所から現れたラブレター。
それが、すべてあのレターセットのせいだとすれば、随分と不思議なレターセットだ。それに、このメモ帳も。
「わたしね、思うのよ。これは、単なる手品グッズなんかじゃない、一種の『魔法』なんだって」
はあ……魔法?
「魔法というか、超能力と言ったほうがいいわね。桜木くん、テレパシーは知ってる?」
「声に出さなくても相手の考えていることがわかる、っていうやつですよね」
「そう。大体そんな感じ。それで……超能力には、ほかにもいろんな種類があって」
たとえば、『透視』。
不透明なものに覆われた物体の中身を当てられる能力。まさしく、いま、このメモ帳で起きたことそのものだ。
別の超能力の『物体送信』は、その名の通り、ある物体を別の場所へ送ることができる能力だ。
「まさか、それって……」
「そのまさかよ」
木之本つぼみが買ったレターセットには、『物体送信』の能力が宿っていた、ということか!?
「だって、そうとしか考えられないわ。これが、彼女の記憶違いでないとしたら。送ったはずもないのに、それが、送りたい相手のもとにある。これが超能力のちからかもしれない、ということは、このメモ帳が証明してくれてるわ。だって、おんなじお店で買ったものなんですもの」
不透明な表紙に覆われたメモ帳。なのに、中の文字を透かして見られるメモ帳。それが『透視』の能力でなかったら、確かに説明がつかない。
「やっぱり、あの雑貨屋には何かあるのよ。今日、もう一度、あのお店へ行ってみましょう」
放課後、僕と桜子さんは、先日、木之本つぼみがたどったルートを参考に、もう一度あの店を訪ねてみることにした。
しかし、いくら歩き回ってみても、その日、僕たちがあの店にたどり着くことはなかった。どうも変だ。こないだ訪ねたときは、確かに『そこ』にあったのに。
翌日。
木之本つぼみにもう一度訊いてみると、意外な答えが返ってきた。
「それが、あたしにもよくわからないんです。行けるときと行けないときがあって。いつもと変わらない、同じ道を通ってるはずなんですけど」
この答えに、桜子さんは、少々強引な結論を出した。
「選ばれた者だけが、たどり着ける不思議な店――あの店の不思議な商品を、本当に心から求めていると、店主が認めた者だけが入れる、そんな店なのだわ。にわかには信じがたいけれど、そういうこともあるのかもしれない」
それって、つまり……?
「世の中には、理屈とかそういったものじゃ説明できないことも数多くあるってことよ」
案外、本物の魔女だったりしてね、と意味深に笑う。
確かに、理屈では説明できないことが世の中にはたくさんある。それはわかっているけど……。
「ふふ。まだ桜木くんには難しかったかしらね?」
桜子さんとは歳も1つしか違わないはずなのに、その瞬間、彼女がとても大人びて見えた。
「……それより、件の西御門先輩はなんて? 偶然とはいえ、手紙は彼のもとに届いていたのでしょう? もちろん、読んでもらえたのよね?」
木之本つぼみの話では、手紙は西御門先輩のカバンの中から見つかった、という。
ここから先は、今回の『ラブレター消滅事件』とは完全に別の話だが、単純に気になるのだろう。恋バナに興味を示すなんて、さすがは女の子。桜子さんも結構可愛いところあるじゃないか。
「あ……はい。読んでもらえたみたいです」
彼女が、恥ずかしそうに答える。
「それで、どうなったの?」
「……付き合うことになりました」
我々のあいだで、おおっ、と歓声が上がる。
「やったね。つぼみちゃん」
「おめでとう。ラブレターの成果が実ったわけね」
送ったのは、あの不思議な雑貨屋の『物体送信』の能力のおかげだとしても、実際にラブレターを書いたのは木之本つぼみ本人である。これは、もう、彼女の努力としか言いようがない。
「実を言うと、先輩も、あたしのことを秘かに気にしてくれていたみたいなんです。ほら、あたしたち、初等部の頃からの付き合いですから」
そうだった。彼女は初等部の頃から西御門先輩に片想いしていて、中等部に上がったのをきっかけに、勇気を出して手紙を書くことにした、と。初めて会ったときにそう言っていた。
「まあ、少々不思議なことはあったけれど、万事めでたく収まったのだから、これでよかったのよね。なにより、木之本さん自身が幸せそうだから」
うちの部のモットーは『依頼主がとにかく幸せになること』なのよ、と桜子さんは言う。
なんだか前途多難な予感はするけれど、いまは、つぼみちゃんの恋がめでたく実ったことを素直に祝福しよう。ほら、だって、よく言うじゃないか。終わりよければすべてよし、ってね。
ところが……やっぱり、第二の事件は起こったのだ。
数日後。
「た、た、た、大変なんです! 先輩が……」
我がミステリー研究会の部室に、ふたたび、木之本つぼみが駆け込んできた。
「落ち着いて、木之本さん。今度は何があったの?」
「それが……」
今度は、西御門先輩自身が、奇妙な事件に巻き込まれてしまったらしい。先輩の所属するサッカー部の生徒が、部活の練習中に突然、『消えて』しまったというのだ。
「それって……神隠し?」
「わかりません。でも、先輩の話では、彼の靴やカバンは残ったままだって」
やれやれ。一難去ってまた一難か。
「どうやら、わたしたちの出番のようね。助手さん、よろしく頼むわよ」
桜子さんが、僕に向かって思わせ振りにウィンクする。ああ。またこの人に振り回されるのか……。
はじまったばかりの僕の中学校生活、これからどうなっちゃうんだ!?
読んでくれてありがとう♪