夢に溺れて死にたい
ある朝目覚めるとなんだか不思議な感覚に陥った。
まるで夢の中にいるみたいな。
なんともベタな方法だが頬をつねってみた。
「いひゃい」
じゃあ、夢じゃないのか?
「陽斗ご飯だよー!」
母に呼ばれた。
まぁ、いいか。夢なら夢でその内覚めるだろ。
朝ご飯を食べ、着替えをし、家を出た。
「もう!遅いよー!」
とても聞き馴染みのある声だった。
でもその声はもう聞けないはずだ。
急いで声のする方に顔を向けると
「凛」
1年前に死んだはずの幼馴染が立っていた。
凛が死んだ日のことははっきりと覚えている。
家で適当にTVを見ていると、凛のお母さんから突然電話がかかってきた。
凛が事故にあって病院に運ばれたと。
病院に着いた時にはすでに凛の意識はなかった。
心電図が凛の命を描いていた。
それから1時間くらい経っただろうか。
凛の命を描いていた波線がいきなり直線になった。
なんの前触れもなかった。
人はこうも呆気なく死ぬのかと、頭の片隅に思った。
その日から俺はずっと生きた心地がしなかった。
もしかしたら夢の中にいるのは今日が初めてじゃないのかもしれない。
凛が死んだ日から俺はずっと夢の中にいたのかもしれない。
「どうしたのよ、カラスが豆鉄砲くらったみたいな顔して」
「………それを言うなら鳩だろ」
「えー、そうだっけ」
懐かしい。いつもこんなくだらない会話をしていた。
夢でもいい、覚めないでくれ。
この夢を見ながら永遠に眠りたいと思った。
「ほら、早くしないと遅刻するわよ」
「うん。行こう」
俺たちは歩き出した。
「なによ、今日はやけに嬉しそうね」
「うん。今日は人生最高の日だよ」
「宝くじでも当たったの?」
「そんなのよりずっといい」
「えー、宝くじが当たる以上にいいことってある?」
「あるよ」
死んでしまったずっと好きだった子に会えたんだ。
これ以上の幸せなんてある訳ない。
「変な陽斗」
嬉しそうに笑う君を死ぬ程愛おしく思う。
誰かに呼ばれたけれど聞こえないフリをした。
学校に着いた。
退屈な授業を受けて、コンビニで買ったパンを食べて、また授業を受ける。
いつもとほとんど変わらない。
ただ一つ違うのは前の席に凛がいること。
そのただ一つがなにより嬉しかった。
ずっと見ていたい、今日だけは許してほしい。
放課後になった。
「ねぇねえ、遊園地行こうよー」
凛が誘ってきた。
凛が死んだ日と同じだ。
俺は遊園地嫌いだからと言って断ったんだ。
遊園地からの帰り道、凛は事故にあって死んだ。
俺は死ぬ程後悔した。
あの時ついていけば凛は死ななかったかもしれないのに。
もう二度とあんな思いはしなくない。
「行くよ」
その瞬間誰かに呼ばれる声が強くなった。
凛はひどく驚いた顔をした。
俺が今までこういう誘いは断ってきたからだろう。
「で、でも陽斗遊園地とか嫌いじゃん」
「たまにはいいかなって」
「無理しないでいいんだよ」
凛から誘ってきたのにおかしなことを言う。
そんなところもひどく可愛い。
「無理なんてしてない。早く行くよ」
そう言って凛の手を引っ張った。
「ま、待って」
凛が矛盾したことを言う理由はなんとなく分かっていた。
「着いたよ。なにから乗る?」
「あ、あの、私急用できたから帰らないと……」
「凛から誘ってきたんだから少しくらい付き合ってよ。俺ジェットコースター乗りたいな。凛も好きでしょ?」
「あ、あの、私本当に帰らないと!!」
スマホで時間を確認すると凛が死んだ時間まであと30分だった。
ここからその場所まで行くのに急いでも20分はかかるから後、10分は時間を稼がないと。
「じゃあ、10分だけ付き合ってよ」
「それじゃ間に合わないの!!」
凛が叫んだ。
こんなに必死な凛は初めて見たかもしれない。
「なにに間に合わないの?」
「……………ねえ、陽斗。ここは夢の世界なんだよ。ちゃんと起きないとダメなんだよ」
そんなの凛を見たときから分かってる。
でも
「どうして?ずっと夢を見てたっていいじゃないか。その方が幸せなんだから」
「陽斗のお父さんもお母さんも陽斗が目を覚ますの待ってるんだよ?」
そんなの知ってる。
時間が経つほど2人が俺を呼ぶ声が大きくなって今では頭が割れそうだ。
「夢の中にだっているんだからいいだろ?」
「夢は夢なんだよ。本当のお父さんとお母さんじゃないんだよ」
「でも凛は本当の凛だよね?」
なんの根拠もない。
だけどそうとしか思えなかった。
「それは………」
凛が口を閉ざした。
それが答えなんだろう。
俺は優しく凛を抱きしめた。
「陽斗………」
「もう大丈夫だよ。凛のこと1人にしないから。ずっと一緒にいるからね。凛と一緒にいるためなら俺なんでもするから」
凛の体が震え出した。
泣いているんだろう。
頭に響く声はどんどん大きくなっていくけれど全く気にならなかった。
どれくらいそうしていただろうか。
「急いでも間に合わないね」
凛が言った。
「ごめんね!!ごめんね!!陽斗!!」
「大丈夫だよ。ずっと一緒にいよう」
泣きじゃくる凛をずっと抱きしめていた。
ずっとこの夢が続きますように。
そう願ってしまう俺はとんでもない親不孝者だろう。
それでも凛と一緒にいたい。
腕の中にいる凛が愛おしくて仕方がなかった。
都内の病院で1人の少年が息を引き取った。
彼の命を波線で表していた心電図が直線になる。
泣き叫ぶ両親とは反対に少年は
笑っていた。






