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【ケット・シー】メギウス

 

 ◆◆◆


 夕刻になった。

 掲示板の周囲にはたくさんの受験者が集まっていた。

「く、落ちたぜ」

「俺もだ」

「ヒヒヒ、俺も落ちた」

「合格者はたったの3人か……。おいぼれには無理だわい」

 掲示板に群がる者たちの中からはそんな悲痛な声が漏れ聞こえていた。

 ロズは掲示板のある場所へゆっくりと向かい、張り出された合格者の氏名を確認する。

「あっ……」

 掲示板を確認するや否や、思わず少年の身体はガタガタと震えた。

 さて、結果は。

『小林ロズ』

 そう。合格者3人の中には彼の氏名もあった。

「や、やったーっ!」

 少年は歓喜のあまり悲鳴を上げる。

 意図せずに異世界に来てテストを受験することになったロズだったがやはり、いつ何時でも合格というのは嬉しいものだ。

「おー、あんたも合格したのかニャ」

 さて、そんなロズの後ろから声が掛かった。

 振り返ると、魔道師ローブを着た大柄な茶トラ猫がいた。

 今朝、ロズを眠りから起こしてくれたケット・シーである。どうやら、この妖精猫も合格したようで。

「今回、合格した、ケット・シーのメギウスだ。よろしくニャ」

「僕は小林ロズ。メギウスさん、よろしくね」

「ああ、仲よくやろうニャ」

 さて、となると、残りは一枠だ。3人のうち、もう一人の合格者は一体……。

「おめでとうございます。あなたたち2人が同期みたいですね」

 次に声をかけてきたのは、薄手のエプロンドレスに身を包んだ、年ごろの可愛らしいエルフ娘だった。

 淡雪のような肌にサラサラとしたセミロングの灰色髪が美しく、縁のない丸眼鏡の奥ではくりりとした夜色の瞳が黒曜石のように輝いている。

「申し遅れました。ボクちゃん氏は、エンシェント(古代)エルフのスタニスキーです。千二百歳にもなって、やっと合格できましたよ。ははは。ボクちゃん氏のことは気軽にスタニと呼んでくださいね」

「せ、千二百歳! 嘘……だよね?」

 エルフのとんでもない発言に驚愕するロズだったが、メギウスとスタニの2人はさも当然といったように続ける。

「ん、おまえは知らないのか。エルフには基本的に寿命がないニャ。だからこいつらは基本的に老いて死ぬことはないのだニャ」

「そーです。そーです。ボクちゃん氏なんかは古代エルフの中ではそうとう若い方ですよ。これでもね。おまけに疲れにくいし病気にもなりません」

 どうやら人間の常識と異世界の常識はかけ離れたものらしい。

「なるほどね」

 とりあえずロズは流れに任せて、ここは同意しておくことにした。

 さて、そんなこんなで合格した3人が雑談をしていれば。


 ――――ほどなく、扉が開いてワイマたち、お屋敷のメンバーが入ってきた。


「さーて。合格者諸君よ。まずはおめでとう」

 3人の前に来て激励するワイマの表情はいつになく嬉しそうである。

「期末テストに合格したきみたちには、とりあえずは校閲研修終了生の身分を付与することに決めている。これによって、きみたちはわたしたちの監視下、あるいは同行の際には異世界新聞づくりに関する委託の仕事を請け負うことが可能になる。意味は分かるかな?」

「な、なんとなくは分かりますけど」

「ああ」

 スタニスキーやロズが不安げに頷く中、グリモワルスが補足する。

「つまりは取材や校閲、編集の作業をグリたちと一緒にこなしていくってことなのデス」

「「なるほど」」(合格者3人の相槌)

「そうですね。要するに私たちと、一癖もふた癖もあるお屋敷で新聞づくりをやりつつスローライフを一緒に送りましょうってことです。心配もあるでしょうけど、まったりやればいいんです」

 傍らでフランチェスカが、微笑を浮かべて肯定した。 

「では、さっそくだけど……。今夜お屋敷で祝賀の晩さん会を開くことにした。一応、きみたちのために設けられた宴だ。ささやかなものだけれどぜひ出席してくれたまえね」

 ワイマの発言を聞いて、それまで緊張しきっていたロズたちの顔に安堵が広がっていく。

「「もちろんですともっ!」」

 おまけにメギウスとスタニスキーの返事がまるっきり被ってしまう始末。

「はははっ」

 ロズはその様子に自然と笑みをこぼしていた。

 やがて彼は思う。

 案外、異世界っていうのもそう悪くはない場所なのかもな……、と。

 しかし、それはまだ分からない。このファンタジックな異世界には不確定要素が多すぎるのだ。だからいまはそっと胸にしまっておこう。このわくわく感を。

「さて、と」

 テストから解放されて、やっと訪れた休息の時間。

「じっくりと羽休めをさせてもらうか。ふぁーっ」

 ロズは天井にむかって大きく伸びをした。

「ロズ様?」

 気ままに振る舞う少年を不思議そうな瞳でフランチェスカは見つめている。

 それでも異世界は回っているのだ。

 

 ――――そうこうするうちに夕日が沈み。……お屋敷にて件の晩さん会が開かれた。

 

 年代物なランプの薄灯りが照らす下で。

「では諸君よ。異世界ブドウ酒でいまこそ乾杯の儀をあげるのデス」

 晩さん会の食卓を囲む新人校閲屋たちにむけて、グリモワルスは青銅のマグカップを片手に宣言した。

「待ってましたニャ」

 メギウスが歓喜の声を上げて、残りの面々も幼女グリモワルスに続いて青銅杯に指をかける。

「ボクちゃん氏のグラス小さい」

 スタニスキーのそんなボヤキを挟みつつも、やがて天高く持ち上げられるそれぞれの青銅杯。

 そして。

「「では、乾杯~っ!」」」

 ガシャン、という耳触りの良い音が鳴り響き、グラスとグラス、青銅杯やマグカップが宙を舞いながらぶつかり合った。

 ロズはまだ、未成年だったがもはや四の五のは言ってはいられない。

 何故なら、フランチェスカやワイマはおろか。

 ハンドブック幼女のグリモワルスまでが美味しそうにブドウ酒を味わっているのだ。

 ここは異世界だ。

 未成年飲酒をとがめる者などは皆無なのであった。

 まぁ、美味ければそれでいい。

 アルコールは快楽への誘惑だが、使い方次第だ。

 ロズは自分に言い聞かせると、やがてカップの縁に唇を当てて、与えられた異世界ブドウ酒を口に含んでみる。

「んぐっ」

 最初は恐る恐るだったものの、アルコールがすごく心地よい。

 これは良い。素晴らしいじゃないか。

「う、うまい!」

 ブドウ酒のほろ苦くも甘い絶妙な風味が口の中でいっぱいに広がっていく。気が付けば、ロズは異世界のブドウ農園や醸造所、まだ見ぬ風景に思いを馳せていた。

 そうこうするうちにロズのテンションは少しずつ上がり、前菜がまだ運ばれないうちに彼は酩酊して本来の意識を薄くしてしまう。

 やはり異世界のブドウ酒はおそろしい代物だったのである。

「ロズ、おまえは何をしているんだ?」

 どこからかワイマのそんな叫び声が聞こえたような気がする。

 さて休息しようか。

「ロズ様っ!」

 フランチェスカの声もした。

「ロズ! やめろデスっ!」

 グリモワルスが何やら悲痛な声を上げているみたいだ。

 どうしたのだろうか。

 そうこうするうちに琴線の糸が切れて、ロズの意識は完全に失われた。



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