お屋敷の期末テスト
《第二章》
大図書館な研修室。
これからは運命を分ける時間になることだろう。
「いよいよ、か。ふむ」
ロズは特製のペンを手にして、指定された席に座り溜息をついていた。
試験官のグリモワによって、すでに答案用紙は配られている。
「ふくく、今度こそは魔法騎士の私が合格してやる」
「……ヒヒヒ、新参に負けられるかよ」
受験生はロズ以外にも異種族の者たちがちらほら見受けられる。
ジャック・オ・ランタンに若手の魔法騎士種族の者などだ。
彼らがいかほどの勉強をしてきたかをロズは知らない。未知だといえる。
はてさて。
――――ロルロルロル、ラララルラ、ルルル!
いにしえの時代に設置された巨大オルゴールの音色が図書館全体を包み込む頃、校閲研修の成果を判断する期末テストが始まった。
「では開始するように」
懐中時計を手にしたワイマがいつになく怜悧な声を響かせる。
「試験の終了時間は再びオルゴールが鳴り響くまでとなっております。なお、カンニング行為をした者は発見次第、即座に島流しです。ここよりさらにひどい流刑地へ旅立ってもらいます故に疑われぬよう、お気を付け下さいませ」
ワイマの隣、フランチェスカが棒読みで読み上げた注意事項が何気に恐ろしかった。
だが、それはロズには無関係だと思いたい。いや、思いた……かった。今のところ。
ロズはさっそく用紙を裏返すと試験問題に目を通してみる。
「えーと、なになに」
問題は次のようなものだった。
◆◇◇
『次の文章を直しなさい。なお誤りは計6つあります。ひとつでも間違えた場合は点数は付与されません(1問2点×6=12点)』
(異世界新聞、朝刊・12月7日付・経済面のゲラより)
***
【異世界新館線の利用者数は予想以上だが、今季は大幅に落ち込んでいる。旅の商人などのビジネス客の取込みは今後の大きな課題になる。。異世界鉄道がここから天然果実を得てさらなる秘薬を目指するうえでこの事業は欠かすことができない。】
***
◆◇◇
「なるほどね……」
ロズは瞬時に閃く。不敵な笑みすら浮かぶ始末だ。
インクの先の特殊金属と、答案用紙のこすれる音がシャープに響きわたる。
まもなく、少年の解釈による正しい文章は完成した。(なお、『』で囲んである部分はロズが訂正したものである。なお、トルツメとは校正用語であり、文字を取り除き、行間を詰めることを指す)。
◆◆◆
(異世界新聞、朝刊・12月7日付・経済面のゲラより)
***
【異世界新 『館→幹』 線の利用者数は予想以上だが、今季は大幅に落ち込んでいる。旅の商人などのビジネス客の取 『り』 込みは今後の大きな課題になる『 。をトルツメ』。異世界鉄道がここから『天然 → 法定』果実を得てさらなる『秘薬 → 飛躍』を目指す『るをトルツメ』うえでこの事業は欠かすことができない。】
***
◆◇◇
この問題を皮切りにして、次々に飛び出してくる難問奇問をロズは苦戦しつつもなんとか切り抜けていった。
作成者の意図などはいっさい明らかにされていないが、なんとなく感じ取れるのはお屋敷の少女たちが新たなる校閲者に大いなる潜在能力と最低限の基礎力を求めているという点だろうか。
かなりタフな集中力が必要な問題も含まれており、ロズは気絶しそうになりながらもなんとか答案を書き上げた。
そして。
――――ロルロルロル、ラララルラ、ルルル!
いにしえの時代のオルゴールが無感動な音色でテスト時間の終了を告げた。
正確には分からないが、約90分といったところか。
己の持てる力は出し切ったと言えるだろう。
「つ、疲れた。ふう」
ロズは大きく息を吐いて机に突っ伏した。
一方で周囲の席からは異種族たちの歓喜や悲痛の声などが聞こえてくる。
「ちくしょう、わし全然できなかった」
「……ヒヒヒ、俺は自信があるぜ。ヒヒヒ」
「いや、今回は俺さま合格するだろうよ。なんてったって全問解答しているからな。ははは」
どうやらこればかりは千差万別の出来のようだ。
誰かが合格で誰かが不合格になる。それは確かだ。
しかし、その答えは神のみぞ……、いや、屋敷の3人娘たちと一部の関係者のみぞ知るといったところか。
「こほこほ。えーっと。では、答案を回収するのデスー……」
グリモワルスのどこか眠たげな声が響いて、幼女の手により一枚一枚の答案用紙が回収されていく。
そして、受験者の答案は全てお屋敷の3人の手に渡った。
「えーでは」
次にフランチェスカが手にした羊皮紙を淡々と読み上げる。
「これでテストが終了しました。合格者の氏名は大図書館の掲示板に夕刻までに張り出します。お忘れのないようにチェックされてくださいませ」
最後はワイマが〆る。
「では受験者のみなさん。おつかれさまでした」
そんなありきたりな言葉だけを残して少女たちは屋敷へと消えて、ロズの中には一抹の不安だけが漂い続けた。