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お屋敷の朝ごはん

 ◆◇◇


 翌日。

 図書館で校閲期末テストが実施される日。

 早朝、午前9時。

「起きるニャ。お屋敷の連中からおまえに言伝があるニャ」

「ん、ああ。うん」

 まるでキリストの偶像を抱くように、専門書籍を胸に抱いて、いつの間にか図書館の椅子の上で眠りこけていたロズは、ワイマのお屋敷の使者としてやってきたらしいケット・シー(妖精猫)にたたき起こされて夢世界を中途離脱する。

 どうやら、久しぶりにワイマたちの食卓にロズを出席させるように要請があったらしい。

「わざわざ、俺さまが言うことでもないのだがニャ」

 ワイマたちに言伝を頼まれたケット・シーは面倒くさそうに尻尾をゆらして、こう続けた。

「先に屋敷の食卓で待っているから準備が終わったらロズ様がくるように手引きしてくださいって、メイドが言っておったニャ。それだけニャ。うらやましいやつめ……」

「そうか。ありがとう」

 それからロズは備え付けの支度室で顔を洗い、服や身だしなみなどの準備を軽く整えた。

 そして、研修室の扉を抜けて石段を昇ると、お屋敷へ向かう。

「あれれ」

 まもなく到着。

 そこには想像していたより、はるかにのんびりとした朝の食卓があった。

「やあ、おはよう」

 一応はそんな言葉を投げるロズだが。

 食卓にいたのは、当然ながらお屋敷の面子でいつもの調子だ。

「おはようございます、ロズ様」

 お屋敷メイドのフランチェスカに。

「おはよう。いい朝だねぇ、ロズくん」

 お屋敷の令嬢ワイマに。

「……おはようなのデス」

 ハンドブック擬人化の幼女、グリモワルス。

 3人は各自、ロズに挨拶を返してくれた。

「ロズくんもどーぞ」

「ありがとう」

 ワイマに促されたロズは、美少女たちに囲まれて食卓についた。

 すごく心地の良い朝ではある。ただし、この後にロズを待ち受ける図書館の校閲期末テストさえなければの話だが。

 さて、ロズは目の前にあるホカホカのクロワッサンを手に取るとマーマレードをたっぷりと塗りつけた。

「……いちごジャムのほうがはるかにうまいのデス。バカなのデスか?」

 さて、何故か、グリモワルスに睨まれて始まった、ロズの朝食一口目。

 すまないね、僕は今回のクロワッサンにはマーマレードだと、幼少期にルルドの泉でマリアさまのお告げを聞いて以来、決めていたんだよ。こればかりは宿命だ。譲りかねる、とロズは心中でぼやく。

「……ふ」

 グリモワルスはそんなロズの心中を察したのか、軽く失笑。

 今度は自分のクロワッサンを大人しくかじり始めた。おうおう、それでいいんだよ。ちょっぴり目つきの悪いお人形ちゃん。

 ロズは再び心中で悪態をついてみた。

 だが、今度は無反応。気まぐれだったのだろう。

 もぐもぐ、と。

 その後、ロズたち4人がクロワッサンをペロリとたいらげて、アメリカンコーヒーを啜っていると、近くに置いてあったトランジスタラジオを通してそれまで流れていたビトールズの『イエスタデイズ』が終了した。

 ワイマが「あれ? この曲、短いね」と首をひねり、フランチェスカが「そうですねぇ。ある種のアンチテーゼを含んだ、いい曲ですのに」と笑ったのを見るや、ロズはこれはいい話のタネになると考え、すかさず彼女たちのために、異世界でも(パラレルワールド的な意味で)通用するのだという、一部のポピュラーミュージックについて解説をしてみることにした。イノセントな親切心からでもある。


「……でさ。まぁ、当然のことだけれど某年代までのポピュラーソングっていうのは、意外と短いんだ。っていうのは当時のポピュラーソングっていうのは3分以内に終わるっていう暗黙の決まりがあったからなんだよね。でも、なんだかんだといって、このビトールズ自身がその常識を打ち破ったわけだ。7分間続く曲、『ヘイ・柔道』によってね。これ以降、7分以上の長さのポップス曲ってのが全世界的に増えていく。まぁ、これについて語れば長くなる。どうでもいい与太話なんで、まぁ、とりあえずこの辺で切り上げるとして、そろそろ、ビトールズ全盛期のアルバムタイトルについての話に移っていいかな?」


 この話題に関していえば、ロズの知識は鉄板だった。

 女の子たちもかなり盛り上がっているはず。

 得意気になった少年がさり気なく、そちらに視線をやれば。

 フランチェスカは関心が一切なさそうに、

「なにはともあれ、テストの出題範囲は揃いましたね。よかったです」

 と、意気揚々と重要書類が入ったカバンを撫でている。

「ですねぇ。時間やルールについては大丈夫だよね?」

 ワイマはあたかもロズがその場にいない「空気」かのように振る舞い、ロズを除いた残り2人の顔を見回している。

「グリは問題ないのデスよ」

 ジャキン。

 音を鳴らして、グリモワルスが外套のうちに仕込んだ採点ペンの機能性を最終確認していた。

「オッケーだね」

 ワイマは屈託ない笑顔で言うと、再びクロワッサンに手を伸ばす。

「一安心ですね」

 フランチェスカがほんわかとしたやわらかい口調で場を締める。

 そう、そこには、全くロズに関心がなさそうにテスト準備について話し合う彼女たちの熱心な姿があったのだ。

「あ、そろそろできたかな」

 さて、ロズが蚊帳の外にいることに安心したのか、グリモワルスにいたってはいつの間にやら追加のパンを取りに行ってしまう始末。


 ――よし、では仮に、僕の話す内容がモリアーティ教授とシャーロック・ホームズの使用するキセルの角度から見るウォール街の経済事情についてのうんちくだったならば、彼女たちは興味を持ってくれたのだろうか。答えは否だろう。世の中の女の子たちはいたって、現実的なのだ。  

 ロマンチストが必要になるのなんて一夜限りの幻想の中だけさ。

 ……もう、いい。女の子たちとの音楽的な議論なんて期待できそうにないものに期待しかけた僕が間違っていた。やれやれ、小林ロズって本当に可哀想な少年ですね。近いうち、座右の名を「悲劇の異世界家庭教師」に変えようかなと思います。かしこ。

 そんなことを哀れなロズが物憂げな顔をして思考しているうちに、女の子たちの準備はある程度完了したようだ。

「では、わたしたちは準備が出来た。……ロズくんも一緒にいきましょうか。ただしきみは受験生として」

 さて、この空気を見かねたワイマの声で、はっと周りからの嫌な視線を感じたロズがどれくらいの大慌てで仕度するはめになったか。

 それはもはや想像するまでもない。



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