大予言
◆◇◆
相変わらず冷たい小雨が降る悪天候の中、喫茶を出た3人は連れ立って歩く。
政府公認の預言者にメテス氏という人物が就任したという記事の夕刊が冷風に吹かれて摩天楼に消えていった。
さらに暗くなってきた空の下で3人は繁華街から外れた寂しい通りに出て、孤島に繋がる橋を渡り終えた。
やがて見慣れたお屋敷が姿を現す。
「……到着です」
ワイマたちは屋敷へと着くとそのまま外側からぐるりと周り込み、そこから向かって左手にある地下への階段を降りていくことにした。
地下は悪天候な外に比べれば暖かかったが、それでもひんやりとした空気が漂っている。
ここはここでなかなか良いかもしれない。
……人さえあまり来なければ。ロズは内心そんなことを思う。
ぼんやりとした明かりで照らされた渡り廊下を3人は連なって進む。
静寂の中で、一定のリズムを保った耳触りの良い足音だけが生きている。
「箱を置いたのって、もしかしてこの辺ですか?」
「いや、確か、もう少し先だったと思う」
ワイマはそう呟くと目的の場所へと足を速めた。
地下に設置された長棚、そこにはお屋敷住人たちによって、色々な用途のために並べられた複数の箱がある。
そのうちのひとつがワイマの設置した例の箱というわけだ。
「これか」
すぐにそれを見つけた彼女は、ポケットから鍵を取り出す。
――――カチャ。
小さな音と共にかけられていた錠が外され、箱は開けられた。
「…………」
ぼんやりとした薄明かりが照らす中、3人は箱を覗き込む。
その中には修道士の服が人数分、当然のように入っていた。
「!」
ワイマたちの目が丸く見開かれる。
「……な、なんだこれは。というか誰が、どうやって入れた!?」
ワイマは恐る恐る、修道服に添えられた羊皮紙を確認する。
そこに書かれていたのは。
***
『大預言者メテスより異世界都市『ウェルカナ』周辺に住む皆様へ』
支給品・修道士の服。
***
本日、午後六時。
異世界の角笛が黄昏の終わりを告げる頃までに、現在の服から支給の服装へ着替えること。
もし、それを守らない者がいた場合。
異世界政府はその者に対して、しかるべき処罰を下す。
※なお、修道士の服には限りがあります。
足りなくなる場合もありますのでご理解ください。
《異世界政府公認・大預言者メテス》
「大預言者!?」
「羊皮紙の裏に記されている日付によれば……、まさしく今日みたいだね。しかも角笛が鳴るまでに着替えないと、しかるべき処罰を下すって……。どういうことだよ」
「……これを見る限り、修道士の服を着るのは政府からの絶対命令のようですね。フェチなんですか。このひと」
フランチェスカは苦笑して肩をすくめる。
「……いや、普通におかしい。奇妙だよ。こんなふざけた命令をわざわざ出す? 何か裏があるはずだよ」
ワイマは修道士服を見つめながら言う。
「だね」
ロズもそれに同意しつつ、手にした修道士服を見つめた。
「これは、この大預言者とやらに会って直接、事情を聴いてみる必要がありそうだ……。わたしたちがこれを着るのはそれからでも遅くない」
ワイマはそう言って、自分のカバンに修道士服を押し込んだ。
◆◇◆
「……ハァ……ハァ」
どれくらい階段を上ったのだろうか。
大預言者の住むという塔の上層部にたどり着く頃、3人はほとんど虫の息であった。
「……ロズ様。すみません。いま何時何分ですか? 私、時計を屋敷に忘れていたみたいです」
意識が朦朧とする中フランチェスカはロズに聞いた。
「……五時だね」
懐中時計を見つめながら、ロズは言う。
「……え。まだ、五時なんですか」
フランチェスカは不思議だった。
いつもより、時間が進むのが遅い……。
そんな気すらしたからである。
そう感じているのは彼女だけであろうか。
だがその時、懐中時計で時間を知らせたロズも同じことを考えていた。
ロズが最後に時計を見たのは旅の喫茶『ヤカツ』に入る直前である。その時は四時だった。
それから色々と時間を使った気がする。
雑談ティータイム。
異世界都市『ウェルカナ』の大通りからお屋敷のある孤島への移動。
そしてお屋敷から、この大預言者の塔への移動。
だが、実際には喫茶にいた時からまだ一時間しか経っていないことになる。
どういう時間の流れ方をしているのだろうか。
そんなことを、ふと思いながらも大預言者のいるという部屋に、痛みに蝕まれたその足を引きずりながら向かう。
長い廊下を進んだ先、ようやくそれは見えてきた。大きくていかにも重厚そうな鉄扉だ。
ワイマたちによると、この扉を隔てた先の部屋に大預言者メテスはいるのだという。
「……ごく」
大預言者を想像してロズは思わず唾を飲みこんだ。
頭の固そうな老人か、あるいは品の良さそうな紳士か。それとも……。
ついに鉄扉の前に立った3人は意を決し、大きな声でその人物を呼ぶ。
「すみません! 大預言者メテスさーん」
「……」
「すみませーんっ!」
「……」
「おーいっ!」
繰り返し、大きな声で呼び続ける。
しかし、扉が開く気配は一向になかった。
「もしかして大預言者メテス様、外出しているとか?」
「えええ! それだったらいままでの苦労が全部、水の泡ですよ」
「……なんてこった。いまさら、アポを取るわけにも」
3人が頭を抱えた、その時。
――――ギギギ。
鈍い音がしたかと思うと、重厚そうな扉に小さな隙間ができて、そこからほんの少し光が漏れた。
すぐさま、それに気付いて3人は顔を上げる。
同時に、重厚な扉は完全に開かれた。
一気に差し込んでくる光がとても眩しい。
「!」
……光の中に立っていたのは、想像していたような老人や紳士ではなかった。
そこにいたのは修道服を着た小柄な少女だった。
修道帽を被っており、そこから長く艶やかな銀髪が伸びている。
「…………?」
訳の分からない不安に駆られてロズたちは固まる。
そんな3人の様子を大きな瞳で見つめて、少女は言った。
「よかったら……、中でお茶でもどうぞ」




