旅行魔女の討伐に関する取材と支援
《第六章》
午後。
旅行魔女(異世界に所属する魔女の一種)に関する取材を控えたロズはグリモワルスとメギウスにお菓子を十分食べさせた後、ついに菓子店を出ることにした。
その後、彼らが向かったのは通りを挟んだ向かいに立つ小さな記念館。
「よし、入ってみようか」
意を決してロズが、ガチャリとドアノブを回すと長い間、誰も訪れていないのだろうか。何やらかび臭い匂いが3人の鼻をつく。
「ジメジメするデス」
グリモワルスが指で目をこすりながら、そんな小言を吐いた。
木造の小規模な建造物ではあるが、一応は二階建てになっているようだ。
彼らが奥へ進むと、有料の展示コーナーがあった。
ロズがなけなしの硬貨をコーナーに設置されていた小皿へと投入して中へと入場する。
そのガラスケースの向こう側には魔女に関するさまざまな資料がところ狭ましと並べられていた。
古文書、歴史画、解説書など。
一般人の目からすれば、これらの品々は無意味な羅列にしか映らないかもしれない。
だが、魔女の情報を探し求める取材陣からすれば、これは宝の山だった。
「おお、これはすごい」
彼らが驚嘆の声をあげて資料を見つめていると。
「……興味がおありですか?」
背後から、突然声がして。
3人がそちらを見れば、そこには燕尾服に身を包んだウサギが立っていた。二足歩行なうえに手には真鍮製の杖まで携えているではないか。
何やら、見覚えのある獣人である。
……しかし、彼らはすぐにこの人物のことを思い出すことになった。
「あっ、もしかして。あの時の!」
ロズがハッとした表情を浮かべる。
菓子店へ行く少し前にお屋敷の異世界扉から転がり出て、チップをめぐんでもらった光景が脳裏をよぎったのだ。
なお、グリモワルスも獣人の出現には大変驚いているようだが、メギウスに関してはこの長耳の紳士についての事情を知る由はない。それもそのはずこの妖精猫とは菓子店で初めて合流したのだ。
「おお、君らは」
ウサギ紳士のほうも、ロズやグリモワルスの顔は記憶していたようで、彼の丸く赤い瞳は、一瞬のうちにさらに丸くなった。
ぷっくりと膨らんだ鼻がヒクヒクと上下する。
「なんで、あなたがここに?」
ロズは当然ともいえる質問を、ウサギ紳士へと投げる。
すると、ウサギ紳士は、「亡くなった館長にここの保存運営を頼まれたのだ」と言って微笑した。
「ふむふむ。っていうことは、ここの館長さんだった方と親交があったんですかニャ?」
次に、初対面のメギウスがこの獣人に尋ねれば。
ウサギ紳士は「ああ」と頷いた。
「……当初は魔女に関する情報を集めるためにここに来ていたんだけどね。熱心に訪れるうちにここの館長と親しくなって、館長の亡きいまではここの運営や保存活動も兼務しているってわけだよ。お金にこそならないが、なかなか楽しい仕事さ」
「なるほどな」
ロズが納得したように腕を組む。
「そういえば、君たちはどうしてこの記念館に来たんだ? 普段なら人入りもそう多くないのだが何か魔女について知りたいような事情があったのか?」
「それが……、実はあれから……、旅行魔女をめぐる取材活動に巻き込まれてしまってですね――――」
この、ウサギ館長からの問いかけに対して、ロズがこれまでのあらましをザッと説明していく。
――それには、この取材の依頼主。リック素人爵と双子メイドのシアラとキアラの事情について説明する必要がある。
彼らは異世界と現代世界のはざまに屋敷を構えて暮らしている貴族とその侍女である。なお、彼らの屋敷の裏庭には異世界と現代世界を繋ぐ扉が存在しており、それは機密であると同時に生活の軸をなすものでもあった。さて、ある昼下がりのこと。彼らが異世界を訪れた際にちょっとした手違いで現代世界側から一匹の黒猫が異世界に侵入してしまう。だが、彼らはそれには気が付かずに扉を閉めた。街からの帰路、彼らは探偵少女、七川に声を掛けられる。彼女によれば、某資産家からの依頼によってその黒猫を捜しているらしい。報酬があるという話を聞いて、しぶしぶ異世界での黒猫捜しに協力することになった彼らは、やがて意を決して異世界へ旅立つ。まずは腹ごしらえをしようという七川の提案で異世界の酒場に入った4人だが彼らはそこで偶然にも例の黒猫を見つける。だが、事件解決かと思われた時。客として酒場にいた『旅行魔女』に黒猫を奪われてしまう。その後、酒場から姿を消した魔女と黒猫を追うべく4人は異世界を旅することを決めた。ついでにその取材および支援協力を古くからの付き合いがある『ワイマのお屋敷メンバー』たちに頼んでいる――というものだった。
「――――というわけなんですよ」
ロズがこれまでのフローを全てウサギ館長に語り終えた時、彼は顎に手を当てて何やら考え込むようなしぐさを見せていた。
傍から聞く限りではやはり、ざっとした説明だったが、どうやら事態の把握はしてくれたらしい。
「なるほど。黒猫捜索をめぐる活動が旅行魔女の討伐へと発展して。支援に支援を呼ぶに至ったという訳ですね」
「なのデス」
ウサギ館長の言葉を聞いたグリモワルスは、こくりと頷いた。
「…………」
少しばかりの沈黙を挟んだ後。
やがて、獣人紳士は何やら重々しい様子で口を開いた。
「本当に魔女を討伐したいのなら、それなりの覚悟は必要になる。君たちはウィッチ・バスターというマスケット銃の存在を知っているかね?」
「ウィッチ……バスター……っ」
その言葉を聞いて3人は思いがけず、ざわついていた。
「そう。ウィッチ・バスター。その名の通り、魔女の完全なる殲滅を目的に据えたものだ。某銃器メーカーで忌まわしき魔女狩りの時代に限定生産されたフリントロック式マスケット銃だが、この埃被った記念館には、そのうちの一丁が保管されている」
「「本当ですか!?」」
これを聞いたロズたちの間から驚愕の声があがる。
なお、この『ウィッチ・バスター』。
その名はいわずともしれたもので、異世界出身者は誰もが一度は風の噂なりで耳にしたことがある代物だった。
しかし、対魔女戦において絶大な威力を誇るとされる伝説の銃は、普段では目にする機会がないどころか、異世界においても都市伝説的な話題にあがっては消えるような空想産物のはずであった。
それが、ウサギ紳士の話によれば、この小さな記念館にいま保管されているというのだ……。
普通ならば到底、ありえない話。
しかし、ロズたちには、この獣人紳士の赤い目が嘘をついているようにはどうしても見えない。
それに加えて、その黒猫を依頼主の貴族たちに取り戻させるためには、これに懸けてみるしか手段はないというような状況。
3人に迷いはなかった。
「ぜひ、拝見させてください」
「お願いしますデス!」
一行の言葉を聞いた獣人紳士は。
「いいだろう。では、2階についてきたまえ」
そう言って、ゆっくりと先頭を歩き始めていた。旅行魔女討伐および取材協力メンバー3名は、すかさず彼の後へと続く。




