【不死書の探求者】ウォルター・クライフ
《第五章》
山間に位置する農業都市、アルテス。
もうじき宵闇が迫ろうかという黄昏の時。
その農業都市から少しばかり離れた山道には、少女と青年であろうか。2人分の人影が伸びていた。
「ウォルター・クライフ。わたしたちはこれから共に旅をすることになった訳ですよ。嗚呼、また新たな不死書に出会える。こう考えると楽しみがつきません。ウォルター・クライフ」
影の持ち主のうち一方、大きなリュックを背負った少女は嬉しそうに言った。
肩まで伸びた黒髪に、とんがり帽子、猫のように丸い紅茶瞳、ウエストをきゅっと締め付けるようなコルセット、スカートにニーソックス、ロングブーツという美しくも奇妙な様相の小娘である。身長は平均的(160センチほど)かつ華奢な体躯のうえに、このような格好である。
こういった身なりでの山歩きはさぞかし苦労したであろうことは容易に想像がつく。
そんな小娘からの問いかけに対して、ウォルター・クライフの名で呼ばれた青年が応える。
「そろそろ文豪の新しい不死書を読ませてやらないと、一度は死んでいるおまえの生命を存続させてやることができないからな。手間はかかるが、いた仕方ない。ミス・リガーネ」
登山用装備に加え、防寒ロングコートに身を包んだウォルター・クライフは静かにそう言い終えると、やれやれといった具合で額をおさえる。
クセっ髪で色白、どちらかといえば童顔で、目の下にある泣きぼくろが特徴的な、すらりとした長身の好青年である。
さて、この奇妙な2人組は当然ながら、街を、というかせめて宿を目指している。
しかし、もはや宵闇が迫りつつある中で2人の心の不安が大きくなるのもまた事実なのだった。
「ここからアルテスの街まではまだ少しありそうだな、ミス・リガーネよ」
「さて、どうしましょう。簡易式ランタンって積み荷のうちにありましたかね? ウォルター・クライフ」
そんな言葉を交わして2人が顔を見合わせた時である。
「ほー、あなた方も道に迷われましたか?」
背後からいきなり男の声がした。
「「わわわっ!」」
一瞬の出来事。
びくっとしたウォルター・クライフとミス・リガーネは、即座に振り向くと身構える。
すると、どこからともなく荷物を背負った、詩人のような風貌の壮年男が二人の前に姿を見せていた。
豊かな口髭が特徴的な、その男は乱雑に生えた草の葉を払いながら、歩いてきた後、この2人に向かって軽く一礼すると、
「驚かせてすまないね、お二人さん」
そう言って笑った。
「あなたは?」
当然の質問がミス・リガーネから男に投げかけられる。
すると、男はにやりと口端をつりあげて、
「……私はスーザ。スーザ・ギャラットです。ギルテ党の党員で、この辺境の街に眠っているっていうお宝目当てできたんですよ。ところが他の連中に出遅れてしまいましてね。ロバ車までわざわざ引いてきたのに情けないことだ。あなた方も見たところ、街の人間じゃなさそうなんで、親近感を感じて声をかけさせてもらった」
これに2人は、
「ギ、ギルテ党の党員さん、だって!?」
ギルテ党、その名称を聞いて思わず声を大きくする。
ギルテ党とは国家政党ギルド(同盟者の組合であるギルドには国家政党型のものや民間のものが存在する)のひとつであり、一定の支持者は存在しているものの裏では違法な宝石類の闇取引などをはじめ様々な黒い噂もささやかれているギルドだ。
「本当です?」
リガーネが、やや緊張した面持ちで再びこの男に尋ねる。
すると、彼はすんなりと。
「そうです。私はれっきとした党員です。入党まではなかなか苦労しましたがね」
「噂のあれが、お宝とは言っても、どうしてわざわざ党員みずから!?」
今度は、ウォルターが強い口調で彼に訊いた。
「そりゃあ、まぁ……。党首どの直々の命令ですからね」
スーザという男は物怖じせずに答える。
「命令……だって?」
青年の眉根が動いた。
「そうです。実は、私は党首どのに命じられて派遣されてきた人間の一人なのです」
「なにっ……」
「つまりは、お宝。……文豪が記した不死書の原典のうち断章が、まだあの街にあるということです。だからこそ派遣されてきたわけですよ。ふふ」
「やはり事実は小説より奇ですね。にわかに信じがたいですが、わたしたちもそれを信じてここまで来た身です。実のところいうとね」
党員の話を聞いた後、リガーネは長い髪の先端を指先でくるりと遊ばせながら、そう言って微笑する。
「確かに。信じられない噂の域なんですけどね。信憑性がないわけじゃない」
少女に同意するようにこう述べて、ウォルターも頷いた。
これに、スーザは「真実は行ってみなくてはわかりませんよね」と口ひげを持ち上げて笑うと、やがてウォルターとリガーネに提案した。
「そうだ。お二人。もしアルテスまでこのまま向かう予定でしたら、私とご一緒しませんか? ……というのも、先に言ったようにちょうどロバ車を近くに置いておりますので、よかったらどうです?」
「そりゃあ、俺としてはありがたい話だが。……リガーネはどうだい?」
「願ったり叶ったりです。乗せてもらいましょうよ。ウォルター。これ以上、阿呆のように歩くつもりは、少なくとも、わたしにはありません!」
「では、決まりですね」
スーザは指を咥えると口笛を吹く。
3人のそばに一台のロバ車がやって来た。




