ウォータードラゴン
「……これでよし」
フランチェスカはにんまりと口の端を緩めた。
そんな刹那に。
――――バ、バ、バババ、バチッ!
再び電撃が襲い掛かってくる。
「くっ!」
その標的はフランチェスカのようだったが、彼女は素早く距離をとってそれを回避することに成功した。
「先制攻撃とは。まったく油断も隙もないやつですね。なら、こっちもいかせていただきます」
フランチェスカは溜息をついた。
メイドの手にするランタンからまばゆい光があふれ出す。
それは空中で瞬く間に炎へと変わり、離れた岩上にいるカーバンクルに襲い掛かる。
カーバンクルはパタパタと羽を広げて逃げようとするが、フランチェスカの放った炎の方がはるかにスピードは上のようである。
「な、な、なんと」
逃げ遅れたカーバンクルはそんな言葉を最後に業火で焼き尽くされた。
岩は完全に焼け焦げて、プスプスという音で窪みに溜まった水が蒸発していく。
魔物自体は跡形もなく溶けてしまったのだろう。
「やったな。一撃だ」
ロズが言いかけた時、フランチェスカは何も言わずに静かにランタンを揺らしていた。
そして、
「後半戦は援護のほうもよろしくお願いします」
と、控える仲間たちへ短く述べるのみだ。
「え、後半戦? どういうことだ」
ロズが首を傾げていると、傍らでグリモワルスが補足を入れた。
「おまえには意味が分からんようデスね? 要するにカーバンクルはまだ生きていますデス」
それにワイマも「うん」と同意して頷き、
「しかも敵の魔力がますます広がっていくのすら感じる。怒っているのかも」
どことなく不安そうにあたりを見つめている。
「え、そうなのか!」
ロズが畏怖の声を上げた時。
「き、きました! あ、あああああ」
巨大ペンタグラムの中から、リーザが絶望したかのように空を指した。
「ロ、ロロ、ロロロ、ロロロロロ」
そこには天高く見上げなければならないほどに巨大な潮水の塊が出現しているではないか。
しかもそれは集合体として、まるで一匹のドラゴンのような形を成している。
「仲間を呼びやがりましたか。……こともあろうにウォータードラゴンですね。非常にやっかいな。ついでに炎は通じません」
敵を認識したフランチェスカがやれやれといった具合に肩をすくめる。
「我は偉大なしもべを連れてきた。もはや我の怒りは収まらん。貴様らは全員、運河の藻屑にしてくれるわい」
ウォータードラゴンの頭上で、ぱたぱたと小さな羽ばたきを見せる魔物が言った。
言わずもがなカーバンクルである。
どうやら、焼き尽くされたようにみせかけて生きていたようである。それに加えて強力な魔物まで呼んできた。
「ロ、ロ、ロロロロロロ!」
ウォータードラゴンの口から噴水のような勢いで水流が発射されて、おまけに巨大な尾が、まるで全てを薙ぎ払うかのような一閃を放つ。
――――ズバ、ズバ、ズバババ、バッ!
「「っぐあああああああああああああああああっ!」」
リーザを除く全員が一撃のもとに吹っ飛んだ。
ゴロゴロとすさまじい勢いで草原を転がり落ちる。
やがて、樹木に突っ込む形で回転がとまる。
衝撃は草がクッションの役割を果たしたおかげで少しは和らげられたものの強大な力を持つウォータードラゴンの前ではお屋敷の6名とリーザなど、もはや玩具に過ぎなかった。
「う、うううう」
「くっ」
「うぐ……」
先の一撃でボロボロになりながらも奇跡的に存命はしていたようで、6名はそれぞれが辛うじて立ち上げることができた。
しかし、まともに戦える状況とは程遠い。
それどころか。このままでは、なぶり殺しにされるかあるいは、次の攻撃で運よく即死できるかのどちらかしか選択肢がない状況である。
「……もう、ダメか。うう、くそ」
ロズは「はぁはぁ」とひざに手をついて、血まみれの唾液を草原に吐き捨てた。
そして己の無力さを悟るとともに、他の仲間たちのことを思った。
「ロズくん」
傍らからワイマの声が聞こえている。
ふ、と目をやればやはりワイマだった。
しかし、なんだかおかしい。そう、おかしいのだ。
何故かワイマール・ワイマは不敵に笑っていた。
そしてこう言った。
「お屋敷に来たばかりの頃に説明されたことをもう忘れたのかい? ロズくん」
「え……? それって、どういう」
しかし、ロズがこれをワイマに訊く前に、ウォータードラゴンの容赦なき一撃が振り下ろされる。
「うわあああああああああああああっ」
再びロズの悲鳴。
「ロ、ロ、ロロロロロロ!」
ウォータードラゴンの残酷な咆哮。
――――ズバ、ズバ、ズバババ、バッ!
まるで全てを薙ぎ払うかのような、一閃をウォータードラゴンが放つ……寸前でウォータードラゴン自慢の巨大な尾は消失した。
「ロ、ロロロ?」
ウォータードラゴン自体がその事実を認識できていないようだった。
それもそのはず。すでにウォータードラゴンは異世界の権力者の逆鱗に触れたのだ。
心地よい潮風が身体を撫でる。
そんな中でワイマは悠然と言葉を続けた。
「そうさ、わたしは異世界の魔王の庇護のもとにある」
「え……」




