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地下室の秘密

《第四章》



 カツ、カツ、カツ。

 コツ、コツ、コツ。

 トッ、トッ、ト。

 カツ、コツ、カツ。

 タッ、タッ、タッ。

 トコ、トコ、トコ。

 不規則な6名の足音がリーザ・ウォーターズ洋館、その地下室へと続く薄暗い階段を下りていく。

 6名の先頭を行くのは、今回もフランチェスカ。淡い光を灯すランタンを手にした熟練のメイド娘だ。

 薄明かりの中でフサフサと揺れる栗毛の様子は常に変わらない。

 おそらく永久に変わらないだろう。

「…………」

 ランタンの淡い光。

 それはどことなく落ち着いた彼女の性質と相まって不変的なものだ。

 ただし、これから地下へと続く石段は不規則にその形を変えていくようにも思える。

 当然だが、いつもの見慣れたお屋敷のそれとはまた違う不気味さを感じないわけにはいかない。

 闇とランタンの光だけが交差する中でロズはぼんやりとした光に照らされる地下室の入口を確認して目を細めた。

「到着いたしましたようですねぇ。さて、鬼が出るか蛇が出るか」

 フランチェスカは無感動に短く言うと古いドアノブに手を伸ばしてこれを回した。

 ガチャ。

 ――――ギ、ギ、ギ、ギ、ギ。

 開かれる鉄扉。

 ランタンから溢れ出すまばゆい光によって深淵が照らし出されていく。

「なんだっ。ここは」

「うわっ!」

 ロズたちは地下室内部の光景に思わず息を呑んだ。

 そこは床一面が、見るも無残に散らかった空き瓶や缶などで覆い尽くされていたのだ。加えて、天井付近には異世界のクモたちが五芒星のような不気味な巣を張ってカサカサと蠢いている。

 取材陣の目の前に広がるのは、洋館の上階とは大違いの劣悪な環境だった。

 それだけではない。

 何やら鼻を突く独特の異臭が漂ってくることにロズたちは気が付いていた。

 そして、その異臭の原因は無造作に放置されたゴミのそれとは明らかに違う。

 なんだか吐き気を催すような、まるで甘ったるい果実が腐る手前のような不愉快な臭いだ。

 一体それは……。

「臭いの正体はこれですか、ね」

 そのうち、怖いもの知らずなフランチェスカが手にしたランタンをさらに高く持ち上げて、カツリと一歩奥に踏み込んだ。

 メイドの眉間にしわが寄る。

 ずいぶんと明るくなった暗部。

「「わああああああああああああああああああああああああっ!」」

 そこに照らし出されたものを見るや、ロズやグリモワルスたちは絶叫した。

「なんでこんな……」

 ワイマはむごたらしい光景に心を痛めているような表情で目を伏せる。

 それは無数の骨だった。

 中には、ボロボロの衣服を纏ったままで腐肉が完全に溶け落ちていない骸もあった。

「ふ、普通じゃないでしょ!」

 エルフが怯えた声を絞り出す。

 そう、悪臭の正体が明らかになった瞬間、まさしくこの洋館の異常性も明らかとなった訳だ。

「……見覚えのある腕章。これはライター業者が好んで身に着けるものです。取材バッジも見える。他のギルドですが記者も犠牲に含まれていますね。ああ、合唱。アーメン」

 フランチェスカは淡々とした口調で言うと、片手で素早くクロスをきり祈祷をささげた。

「で、でも、どうするんだこれ!?」

 ロズが震え声でワイマに尋ねる。

「証拠写真を撮って、スクープとして発表しよう。リーザは表向きは慈愛の資産家で、裏の顔は殺戮の愛好家だったって見出しだ」

 ワイマはやれやれと肩をすくめたのちに指示を出した。

 スクープは嬉しいが、こんな事態は誰しもが想定していなかったのである。

「……でも、リーザが犯人ならどうしてあんな風に、自らの犯行を明るみに出すようなリスクを犯したのデスか。グリたちがこれに気が付かないようにいくらでもリスク回避の根回しはできたはずデス。理解が、追い付かないのデスよ」

 グリモワルスの、この発言はもっともだった。

 リーザが自分の犯行をわざわざ伝えるデメリットはあっても、メリットは皆無だ。

「確かに」

「俺もその辺は意味が分からんニャ。やはり赤字メッセージは単なる偶然だったのかニャ」

 取材陣6名が怯えながらも、なんとか意見を交わしていると。

 ――――ギ、ギ、ギ、ギ、ギ。

 開かれる鉄扉の音がして。

「あれを見られたのですね」

 薄闇を白銀のように怜悧な声が切り裂いた。

「「…………あっ!」」

 そこに姿を見せたのはリーザ・ウォーターズだった。

「「……………」」

 一瞬にして、凍りつくロズたち。

 現場が現場だけにもはや言い逃れはできそうもない。

 そしてそれはリーザも同じだろう。

 彼女は無表情な瞳で取材に来た6名を見つめている。

「……っ」

 あまりの恐怖で思わずわななきそうになったが、それをこらえたワイマはすぐにキっとした目でリーザを睨み返す。

「いったいどうしてこんな」

 ワイマは絞り出すような声でリーザに問いかける。

 だが、リーザから返ってきたのは予期せぬ言葉だった。

「今ならまだ間に合います! 早く逃げてください!」

「「え!?」」

 取材陣6名の表情に驚きが広がったが、リーザはそれを無視して続けた。

「事情はまた後で話しますっ! いまはとりあえず時間がないんですよ! やつが戻ってくる前に早くペンタグラム魔法陣から逃げ出さないと、やつから永久に魂を貪られることになります!」

「どういうことだ」

「やつって、なんですか」

 ロズやスタニは首を傾げそうになったが、リーザの切迫した様子からただ事ではないことだけは分かった。

「……くっ!」

 仕方なしにロズは決断する。

「とりあえずじっくり話し合えそうな状況ではないみたいだな。リーザさんの目を見れば虚偽ではないことが分かる。僕たちも指示に従おう!」

「え、本気で言ってますか? ロズさん」

 スタニは否定するそぶりを見せたが、どうやらリーザの言葉通りになりそうだ。

 というのも。

 突如、ガタガタと地下室が横揺れを起こし始めたからだ。

「うわっ」

 ワイマはこれによって倒れ込みそうになるが、

「お嬢様!」

 フランチェスカがすぐに手を引いて抱き起した。

 そして続けざまに言い放った。

「私も不穏な空気を感じます。しかも、この洋館そのものからです。気が乗らないかもしれませんが、ここはリーザさんの指示に従いましょう!」

「くっ! 仕方ないデスね」

「やれやれ」

 こうして一行はリーザに導かれるまま地下室を飛び出すと、背後から忍びよる不気味な影の存在を感じながら思い切り階段を駆けていく。

 ほどなく。

「ハァハァ……」

 ロズたちは無事に館の玄関へとたどり着いた。 

 先導するリーザはポケットから鍵を取り出すと、鍵穴に差し込んだ。

 ――――ガチャ。

 鍵が外れて玄関扉が開き、岬の潮風が入ってくる。

 こうして、リーザとお屋敷のメンバーたちはそれぞれ洋館から抜け出すことができた。

 そのまま洋館を出てしばらく歩いたところで、ロズたちは館を囲んでいた五芒星ペンタグラムの範囲を超えた。

 一方でリーザだけはそこから先には踏み出さない。まるでペンタグラムの外には出られないかのような振る舞いだ。

 そんな時、少し落ち着いたような表情でリーザが口を開いた。

「ここまでくれば大丈夫でしょう。皆さんが地下室で見た骸や、この洋館における忌まわしい秘密についてすべて説明させていただきます」

「お願いします」

「うん。ぜひとも納得のいく説明がほしいところだ」

 6名が息を呑んで見守る中で彼女はゆっくりと語り始めた。

「はい。事の発端は各地を転々とするのに嫌気がさして、わたくしが水龍岬で隠居を始めた頃に遡ります――」


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