高坂くんはしゃべらない
数年ぶり、リハビリ短編です。
進級、新学期。といっても、パリパリと固かった制服は、1年たって柔らかくなったし、鞄も指定から好きなリュックに変えてしまった。
クラス替えにはそれなりにドキドキ。まあまあホッとする結果になったんじゃないかな。
そして、気付けば一ヶ月。馴染みのなかった担任にも見慣れてきて、何人かとは連絡先の交換も済み、名前は……まあ、半分は覚えたかな?
そんな中で一人、どーーーーしても気になるのが、2列隣の3つ前、窓際の最前列に座る高坂くん。今の今までずっと話したことなんてなくて、存在すら知らなかった彼からここ最近目が離せなくて困っている。
そのことに気付いたのは先週で、短い期間でのリサーチによると、でかい背中は柔道部だかららしい。わりと身長もあって、けどチラ見な印象はなんかかわいい。クマはクマでも、アライグマ? レッサーパンダ?
「あれ、レッサーパンダってクマだっけ」
「どしたん急に」
「いや、んー……ちょっとね」
前の席きっかけで仲良くなれたみゆきちゃんが首を傾げる。すぐにノートの落書きを再開したけど。私の数学ノートにやめい、どうせ書くなら課題の答えにして。次の次で提出なのに、終わらなくて困った。
「あ、すごーい!ちっちゃい私がいるー」
「ようこって、ほんと気持ちが顔に出るよね」
ページの隅っこで、小さい私がパフェを食べてる。幸せそう。お腹減ってきた。
って、そうじゃない。どうしてクラスのみんなは、高坂くんが気にならないんだろう。みゆきちゃんも。
かといって、聞くのはどうも気が引ける。だってなんか、変に勘繰られても困る。思春期の若者は繊細ですから。
私はとにかく、不思議なだけ。
「高坂くん、これ先生から」
「んー」
「高坂! 悪いけど教科書貸して」
「ん」
「高坂センパーイ、いますかー?」
「んー?」
高坂くんは人気者だ。私が問題を2問解くあいだで、色んな人から声をかけられてる。
そして、やっぱりそう。休憩時間は基本的に、大きな身体を器用に丸くして机に突っ伏すかスマホを気だるげに触る高坂くんは、同じクラスになってからずーっと"ん"だけで会話している。
すごくない? 気付いた私も、それで成り立ってるのも、誰も不思議にならないこともぜーんぶ、すごい!
あと、ちゃんと状況によって使い分けられてるのもびっくり。
普通の返事は、低くて長め。好意的で了承する時は、短くて高い。疑問は、かわいい感じ。しっかり聞き分けられる。
「ねー、ようこ」
「なあに? みゆきちゃん」
「あと何問残ってるでしょうか」
「えっと……あ、みゆきちゃんが増えてる!チーズケーキいいなぁ」
「食べに行きたかったら後7問、5分でがんばれー」
そんなのムリ! 絶望だ。数学の先生怖いの知ってるじゃん。
項垂れたら、ノートの中のちっちゃい私たちが今度は楽しそうにどら焼きをシェアし始めてた。
あーあ、こんな時こそ甘いものが欲しいなぁ。とか思いながら、なんだかもう癖みたいに高坂くんの方を見る。
現代文の先生、ごめんね。今日だけは、数学の課題を頑張らせてください。
「あ……!」
そしたら、まさかまさかヘマしちゃったよ。
ばっちりしっかり、高坂くんと目が合ってしまった。なるほど、スマホカバーはシンプル派ですか。
なんていうか、漫画の主人公の親友ポジで苦労ばっかさせられてそうな感じがする高坂くん。良く見たら格好いいんだけど、印象が薄目めでガタイが大きすぎる残念さのある高坂くん。
高坂くんが、一瞬でゲシュタルト崩壊しそう。
「嫌いじゃないなー、私」
「なら好きってことですね」
「みゆきちゃんは大好きだよー」
「あら、嬉しい」
高坂くんと私の視線の間に、みゆきちゃんの持つペンが割り込む。
ぐりぐり、ぐりぐり。アップ過ぎてボヤけてるけど、今度はマカロンかな。その上で、私がヨダレたらして寝ちゃった。かわいい。
「んん゛っ!」
あ、残念。高坂くんが、咳払いしながら窓側に向きを変えちゃった。
大きい背中。あれ? 耳が赤くなってる。
「んふふふ」
「怖いから、その笑い方」
「移っちゃった!」
「なにが。ようこってば、ほんと気ままだよね」
でも、だって。まさか咳まで"ん"なんだもん。せっかくお近づきになれたんだから、手ぐらい振っとけば良かった。
あとどれくらいクエストこなせば、おしゃべりできるかな。おしゃべり、どうやってするんだろう。やっぱりすごく気になっちゃう。
だから毎日、高坂くんから目が離せない。
「みゆきちゃんは、絵がすごく上手だもんね。あと、かわいい」
「どーも。一つのことに集中したらまわりが見えないから、危なっかしくてほっとけないのよねー」
「じゃあ、この問題助けてください!」
「それとこれとは別でーす」
スパルタ! でも、なんだかんだ公式の載ってるページは開いてくれる。
もう先生来ちゃうけどね。どうしよう、終わんなかったよ。まだ5問も残ってる。
その原因な高坂くんは、大丈夫かな? ほんとに寝ちゃったりしてないかな。
あーあ、どうしてこんなに気になるんだろ。
「んー、困った!」
「なら今度からは、ちゃんと家で終わらせてきなさーい」
高坂くんは、しゃべらない。
"ん"だけで済ませちゃわせる、なんだか凄いクラスメイト。
気になって仕方がないのに、初めましてのきっかけはいつになったらやってきてくれるのかな。