【短編】告白されたら「死んでから出直してきてください」がお決まりの超辛口断り文句な幼馴染に、お試しなら……とOKされた僕の話
窓際の一番後ろの席。そこが華表百子という少女の特等席だった。
僕はいつもその隣の席で、つまらなそうに空を見上げている華表の姿ばかりを見ている。
たまに隠れて絵を描いているのも見かけたが、その中身を見せてくれることはなく、そして幼馴染として世話を焼けば「ありがとう。助かるわ。それくらいあたしでもできたけれど」とツンとした答えが返ってくる。
それでもいいと、思っていたのだけれど。
僕は少しばかり欲が出てきてしまった。高校生活も二年目となり、春休みの前に校舎の裏側へと誘い出す手紙を贈る。けれど、どうしても臆病な僕は、自分からの手紙だとは分からないように差出人は書かず、彼女の机にそっと滑り込ませるだけ。
誰からだろう? という彼女から訊かれたときは上手く誤魔化せたはずだ。多分、心当たりが多過ぎてそう尋ねて来たのだろうけど。
そう、当たり前だが彼女はモテる。
今まで告白された回数は数知れず。そしてフッた回数も数知れず。彼女に告白した全員が見事に玉砕していた。
噂では、どれだけ相手がイケメンだろうが、ハイスペックだろうが、「死んでから出直して来てください」という超辛口な断り文句で一刀両断しているらしい。
しかも、それがいつものことなのだとか……普段学校で見ているだけなら、そんなことを言うような子には見えないんだけどな。
幼馴染と言っても、小さい頃から偶然同じ保育園、学校と過ごしてきただけにすぎず、深い親交があるわけでもなかったから、僕はそれしか知らない。
……実際の幼馴染なんて、そんなものだ。
それでも、僕のほうは好きになってしまったわけだけど。
だから僕は、高嶺の花に今日の放課後告白する。
もちろん当たって砕け散る覚悟で。
手紙を入れた後の数時間の授業は、全然集中できなかった。
そうして……いよいよ校舎裏で告白タイム! という時間になった。
校舎裏。塀を挟んだ向こう側の道には桜並木が広がり、その桜色の波が校舎裏にも手を届かせている。薄ピンク色の絨毯となりつつある、その場所で華表は後ろ手に手を組み、待っていた。
長い髪も、よく整えられた爪も、美しい顔立ちも、なにもかも彼女と幼馴染であることが奇跡のように思えるほど、完璧な少女。
「華表」
「あ、泪くん。やっぱり君だったのね」
足音に気が付いたのか、振り向いて蕩けるような微笑みを向ける彼女に、ドキリと心臓が跳ねる心地がする。僕のことを下の名前で呼ぶ、家族以外の唯一の人なのだ。
そして「今日はなにか用があるのかしら?」と上品に言った彼女に、けれど僕は先に疑問を口に出した。
「『やっぱり』って、どうして僕だと思ったの?」
「あら、もしかして気になるの?」
「う、うん」
僕が答えれば、どこか嬉しそうにして華表は人差し指を立てる。
「手紙に使われているノートの切れ端はリング式のノートで、行間は六ミリ。ドットも打たれているもので、珍しくはないけれど、見覚えがあったわ。普段君が愛用しているノートでしょう?」
まさか勝手に憧れているだけだったのに? 少し接点があるくらいだから、華表が僕の愛用しているノートを記憶しているだなんて思いもしなかった。
「それに、あたしが今日長く席を外したのは一度だけ。君に紙が入っていたことを告げてみても、見事に目が泳ぐ。君の性格なら、誰が手紙を入れたかまで喋っちゃうもの。それから、この校舎裏から見える桜並木は君のお気に入りポイント。前に告白するならここだって友達と話していたもの。ね、合ってるかしら?」
ご、誤魔化せてなかった……!
「合って……る」
すらすらと予測を口にしてみせる彼女にすっかりと虜にされてしまった僕は、ぎこちなく答えて頷くことしかできない。ここまで僕のことを把握しているなんて、ただ幼馴染というだけで、特別な関係でもなんでもないのに。少し期待する自分がいた。
「すごい、すごいよ華表」
「えへへ、そうかしら」
照れる彼女に近づいて、「それで、ここまで推理されたんじゃ察してるかもしれないけれど」と言う。
彼女はひとつ頷いて、僕の言葉を待った。察しているはずのにこうして待たれるということは、もしかしてもしかするのか……?
深呼吸をして、口を開いた。
「華表、小さい頃からずっと好きだった。僕と付き合ってくれないか?」
さらさらと風が吹いて、桜色の花弁が飛んでいく。
僕らの周りを踊るように落ちていき、桜の絨毯の一部になる花弁。
ドキドキと、心臓が高鳴って息ができなくなりそうだった。
「よかった、告白して来てくれたのが君で。他の人だったら、いつものようにお断りするしかなかったもの」
「そ、それじゃあ……!」
彼女の断り文句意外の言葉を聞いて、思わずうわずった声をあげる。そして。
「えっとね、幼馴染としてもう少し深く付き合ってみて……からでもいいかしら。泪くんの内臓はとっても素敵だったけれど、君は生きているわけだし!」
「……今なんて?」
信じがたい言葉が出てきて耳を疑った。
聞き返せば、華表はきょとんとして首を傾げた。あ、可愛い……じゃなくって!
「な、内臓とか、生きてるとか……どういうこと?」
「うん、泪くん以外の人が告白してきたときは、『死んでから出直してきてください』って言わないといけないから、大変だったわ。だから告白してきたのが君でよかったなって」
「そうじゃなくてさ?」
おかしい、話が通じないぞ?
「なんで内臓が素敵なことと、付き合うことがイコールなんだ? 確かに華表には、僕が事故にあったとき助けてもらったけどさ」
一度車に轢かれてお腹がぱっくりと裂けるほど酷い大怪我をしたことがある。そのときに、なんの躊躇いもなく、真剣に僕を助けてくれたのがこの幼馴染だった。だから、あのときからずっと感謝して、そして誠実な彼女に恋をしていたわけなんだけれど……。
「言ってなかったかしら。あたしね……内臓デロデロのグロでゴアでスプラッタな人しか愛せないの!」
「……は?」
耳を疑った第二弾だった。
「言ってなかったかしら。あたしね……内臓デロデロのグロでゴアでスプラッタな人しか愛せないの!」
「いや、聞き取れなかったわけじゃなくて」
律儀に言い直す彼女に、舞い上がっていた気持ちがすっかりしぼんだ僕はツッコミを入れる。なんでそうなる。
「じゃあ、なんで『は?』とか言うのよ」
「いや、なに言ってんだこいつ……と思って」
正直に告白すると、華表はムッとした顔で続きを話し始める。
「つーまーりー! あたし、内臓フェチなの。だから、必然的にあたしは幽霊に恋するしかないのよね。生きている人間に興味はない! ってやつよ! ……って言っても、幽霊の声は聞こえないから眺めることしかできないけど」
「幽霊見えるの!?」
「見えるわ……この目ではっきりとね」
まずいぞ、変な電波を受信しておられる。
自称霊能者にロクなのはいないぞ。頼れる霊能者なんてものはフィクションの中だけにしか存在しない。
「あ、信じてないわね?」
「あ、あははは、ソンナコトナイデスヨ」
「むう……まあいいわ、どうせ幽霊だって鑑賞物くらいにしかならないし」
さいですか。
ああ、次々と彼女の口から出てくる言葉の数々に、遠い昔の思い出にヒビが入っていく。
もしかして、僕を助けるときなんの躊躇いもなかったのも、眉ひとつ顰めずに献身的に応急処置してくれたのも、全部全部、そういうことだったのか?
僕の内臓が目当てで近づいたって言うのか!?
「これで泪くんが死んでたら完璧だったのだけれど。ねえ、学校の屋上から飛び降りてみないかしら? そうしたら完璧に愛せるわ」
「軽率に人の死を望むんじゃねぇ!」
僕、どうしてこの子に惚れたんだっけ……? あざやかな思い出を投げ捨てそうになるほどのショックと、百年の恋も覚めそうな逆告白に頭痛がする。
「どうして君を好きになったのか、分からなくなりそう……顔だけじゃあ、なかったはずなんだけど……」
「そう、人は外見で好きになるものではないわ。中身が大事よ! 分かっているじゃない泪くん!」
「君が言ってんのは物理的な意味でだろ!?」
中身が大事って言葉は、普通の人が言うからこそいい言葉に聞こえるのだ。
今の華表から 聞いても中身(内臓)が大事って聞こえるからよろしくない。本当によろしくない。
「それで、どうするのかしら? お試し付き合い、してみる?」
頬を染めながら今更恥じらってみせる華表に、がっくりと肩を落としながら……しかし、しっかりと頷いた。
ギリギリ僕の恋が踏みとどまっているのは、華表百子というこの女の子が、蕩けるような笑みで、愛しいものを見るような笑みで僕を見ていたからなんだろう。
「仮でいいならお付き合いするわよ」
「分かった、それでもいい。それでも、華表のことが好きだ」
「うん、あたしも泪くんのことは嫌いじゃないよ」
手と手を取って握り込む。
白い彼女の頬が、ほんの少しだけ赤らんでいる。
こうして僕は、やべー特殊性癖を持った自称霊が見える幼馴染とお試しで付き合うことになったのだった。
◇
「泪くん、デート行きましょう!」
「え、本当にいいの?」
「ええ、もちろんだわ!」
デートは映画鑑賞。見るものを決めていないなら甘い恋愛ものでも見ようか……なんて考えていた昨日の自分を殴りたい。
「これこれ! これが見たかったのよ!」
スプラッタホラー映画だった。
「うーん、イマイチね。CG感と作り物感が強くて、あんまりドキドキできるモツは見れなかったもの……あーあ、期待してたのになぁ」
彼女はこんなことを言っているが、だいぶ血飛沫がバシャバシャ出て、内臓こんにちはの表現はかなり怖かったし、気持ち悪かった。ホラー映画としてはまずまずの出来のはずだが、華表としては不満らしい。
「フツーに怖かったんだけど」
ホラー耐性が低めの僕は、しばらく肉は食べたくないくらい、気持ち悪くなったんだけどなぁ。
「あら、そうかしら? 泪くんはもう少しホラー耐性をつけたほうがいいわね。あたしのことが好きなら!」
蕩けるような笑顔。
両手を柔らかい手で握られて小首を傾げる仕草。そんな色仕掛けみたいなもので僕は……!
「しょ、初心者向けのホラーからなら……」
「じゃあホラーゲームとかでもいいかもしれないわね! 今度ゲーセンでゾンビ物のアクションゲームでもやりましょう!」
……我ながらチョロいな。
「お腹すいたわね、映画終わって、今夕方くらいだし……ご飯も行っちゃう?」
「いいよ、手持ちはあるから行こう。どこがいい?」
「ホルモン!!」
正気か?
「グロスプラッタホラー見たばかりでホルモンはちょっと……」
「え、ダメ……かしら」
しゃんとする姿に、僕の中の天秤は簡単に傾いた。
「いいよ、好きなだけホルモン食べて……」
「もちろん、あるお金の範囲で食べるわよ! さっ、行きましょう。ここで映画観た後いつも行く、行きつけの場所があるの!」
◇
「なあ、華表。そういやたまに描いてるけど、その絵ってなに描いてるんだ?」
「見る?」
「うげっ」
お腹の辺りとか、首とかが悲惨なことになった人間の絵だった。あとはゾンビっぽいものとか、ゲームで見るクリーチャーみたいなやつ。
しかも無駄に絵が上手い。どうしてシャーペンだけでこんなやばいものを生産できるんだ。
「たまに見る幽霊をスケッチしてるのよ。素敵な内臓を見つけたら授業中でもすぐに描いちゃうわ」
出たよ、電波発言。
「僕には見えてなくて心底良かったと今はっきり思ったよ」
「でしょうね。たまに君の頭の上に座ってたりするわよ」
「ひえっ」
顔が青ざめた。
冗談でもそんなことを言うのはやめてほしい。
「素敵な幽霊にはなかなか会えないから貴重なグロの供給源なのよね」
……冗談だよね?
冗談だと言ってくれ。お願いだから。
◇
「廃墟に肝試しキャンプしに行きましょ!」
「は?」
こいつといると、耳を疑いたくなることが頻発する。
「虫とかいるからキャンプは嫌だ」
「泪くん、女子みたいなこと言うのね」
「逆に君は虫がいっぱいなところで泊まり込むの、平気なの?」
「むー、仕方ないわね。君がダメなら肝試しだけでもしましょうか」
行くことは決定済みで拒否権はないらしかった。
◇
「浅見、お前華表さんと付き合い始めたんだって? くぁー! 羨ましい!」
「え、うん。確かに華表とは付き合ってるけど……」
「学年一の美人じゃん! まじか!」
「あいつに告ると『死んでから出直して来て』なんて言われることで有名なんだぜ? よく付き合えたな」
あ、それ。やっぱり噂通りに全員そう断ってるんだ……。
僕は思わず遠い目をするしかなかった。
「やっほー、泪くん。あ、お友達とお話し中にごめんね。今大丈夫?」
「いいよ、なにかな?」
この時点で嫌な予感はしていた。
「今週末映画行かない?」
ほら、やっぱりな。
「え、また?」
「今度はもう少し君にも楽しめそうなの紹介するから!」
「ひゅーひゅー羨ましいぜ」
「リア充爆発しろ!」
お前らは知らないからそんなことが言えるんだ。
華表が持ってくる映画のチケットなんて、10割スプラッタホラーだぞ。
「ばく……はつ……いいわね」
そして、華表は華表で『爆発』したあとに残る凄惨な死体について考え始めたのか、ものすごく恍惚とした表情で中空を見つめ始めた。おい、やめろ。
「あの辛辣な華表がここまでデレるとか、お前すげーな!」
「華表、ちょっと向こう行こっか」
「いやん、そんな泪くんったらぁ」
嬉しいけど、嬉しくない。
内心泣きながら、僕は妄想の中にトリップした華表を正気に戻すため、その場から離れたのだった。
◇
「そういえば……」
「な、なに?」
突然僕を見つめて来た華表に、内心ドギマギしながら尋ねる。
「男の子のコレも、広義の意味では内臓だったわね?」
「え……え!?」
彼女の内臓トークにだんだん慣れてきた僕も、さすがにこれには顔を真っ赤にした。華表の顔が近い。彼女のしなやかな手が僕の腹の辺りからすいっと下へ降りていき……。
「なんて、冗談よ。ねえ、ドキドキした?」
小悪魔的な微笑みを見せる彼女に、僕は全力で首を横に振ったのだけれど、「ふーん?」という意味深な顔で見つめられて顔を覆った。
明らかに真っ赤になった顔で否定してみても説得力がない。否定しきれなかった僕は、その日はもう、彼女と目を合わせて話すことすらできなくなった。
◇
そんなこんなで濃い一ヶ月間を過ごした僕は、今日も彼女に振り回されているが……いつまで経っても彼女を嫌いになるどころか、怒ることすらできなかった。
こんなに無茶苦茶な姿を見せられているというのに、そんな気は不思議とまったく湧き上がってこない。
なんせ廃墟探索したり僕を怖がらせている華表は、学校や普段との様子と違ってよく笑い、よく照れて、『彼女はクールな人だ』というイメージのついていた、僕の認識を簡単に塗り替えていってしまったからだ。
普段見せない顔を、僕にだけ見せてくれる。
それがとても嬉しくて、ついつい許してしまう。
「見て、ほら! あそこに事故現場!」
「指をさすな! 喜ぶな! 不謹慎すぎるわ!!」
「ええ〜、ごめんなさい」
「せめて口に出すんじゃない! いいな!?」
「はぁい」
……そう、この性癖さえなければね。
よく、『その一点さえなければ完璧な人』なんて言いかたをするが、この幼馴染がまさにそうだった。人類、完璧無比に見える人にもどこかしら欠点があるものである。世の中無情だ。
肩が触れ合うような距離に、ほとんど変わらない――いや、十センチほど僕よりも背の高い彼女の『喜』がありありと浮かぶ表情を観察する。できればその表情、僕に向けてくれないかなーなんて。
現在では一ヶ月程度過ごし、デートも重ねて一緒に登下校をする仲にまでなっているのだが、なかなかそれ以上の進展はない。
僕が彼女の本性を知っちゃったから、お情けで付き合ってもらっているとしか思えない。それがものすごく……なんというか、虚しかった。
――それこそ、どうして仮だとしても僕と付き合ってくれているのか、分からないくらい。
「……あのさ、華表。そういえば聞いてなかったけど、どうしてあのとき僕を助けたんだ?」
「えっと、あのときってどのときかしら?」
これは僕が悪い。焦って主語がどっかに行っていた。
「僕が事故で死にそうになっていたときのことだよ。すごく冷静に、でも優しく声をかけ続けて励ましてくれただろ? 痛みで朦朧とした意識の中で、君の声だけは聞こえてたんだ。あれが嬉しくてさ……」
誰もが僕を助からないと判断していたんだろう。
事故現場で、周囲にできる野次馬を見ながらどこか生きることを諦観していた。なのに、僕を中心とした野次馬の輪をかき分けて華表は駆けつけてくれた。眉ひとつ顰めず、気持ち悪いとも口にせず、少しだけ青い顔で救急車を呼び、僕に声をかけ続けてくれた。そのおかげで、僕は意識を失わず、そして救急車で運ばれて……助かった。
「でも華表は、内蔵デロデロが好きなんだろ? 恋人になるなら死んでからとか言ってるし、僕が死んだほうが、あのとき君の性癖的にはお得だったんじゃないかと思ってさ。ほら、幽霊が見えるんだろ? それなら死んでも問題なしってことなんだろうし……もちろん世間体はあるだろうけれど、わざわざ君は助けに来てくれたから……どうして、助けてくれたんだろうって」
それこそが、疑問だった。
僕が死んだほうがきっと都合が良かっただろうに。どうして彼女は、僕を助けてくれたんだろう? あんな的確に、そして迅速に。あんまり詳しくは覚えてないけれど、確か迷う素振りはなかったはずだ。
自称霊能者の彼女なら、その能力が真実かはどうであれ、『素敵な内臓』と称した僕と付き合うなら、死んでからでもよかったはずだ。そんな仮定はしたくないが、彼女が自身で設定している『キャラ』の都合上、そのほうが自然なわけで……。
「……どうして、だったかしら。そうね、その通りね。あのとき、あたしも人の波をかき分けていたときは一瞬迷ったはずなの…………でも、いざ倒れている君を見たら、なにも考えずに動いていたわ」
頭のいいはずの彼女が、顎に手を当てて首を傾げる。
さらりと首筋にかかる黒髪に思わず目を奪われた。悩む横顔は春の柔らかい太陽の下で見ると、ことさら綺麗で、やはり僕は彼女が好きなんだなあと実感する。
「そう……あのとき、あのとき?」
沈黙。
それから、華表は呟くように僕へ言葉を投げかけた。
「ねえ、泪くん。あたしでも幽霊は触れられないって話、したかしら」
「うーん、されてないと思う」
幽霊が見えるって設定自体は聞いても、そんな細かいところまでは話されていないような……?
「あたしは、幽霊のことが視えるけど、触れることは決してできないの。あたしの力不足かもしれないけれど、とにかくできないのよ」
そこで、華表は「だからね」と続ける。
霊能者の話なんて僕は嘘だと思っているのに、やたらと真剣に。
「たとえ本当に好みの内臓を見つけられたとしても、相手が死んでいる幽霊なら一緒にいることはできても、なにもそれ以上は起こらない……指を絡めて笑い合うことも、肌の温度を感じることも、キスをすることも、それこそそれ以上のことだって、どれだけ好きあったとしても……できないはずなの」
淡々と事実を述べるように言う彼女の瞳は、動揺に揺れるようにして伏せられる。そして、静かに言うのだ。
「あのとき……『触れられない』って、思ったんだわ」
物憂げに。
「その前にはチャンスだって、思ったはずなのに君の様子を見て、触れて、どんどん低くなっていく温度を感じて、瞬間的に『触れられなくなる』って思っちゃった」
それって。
信じがたいことを聞いたように、僕は目を見開いた。
だってそれって。
「どうしてかしら? そう思ったら、勝手に助けるために動いていたの。やっぱり幼馴染だからかしら。ずっと一緒にいた人と遊べなくなるって、結構嫌なものだものね」
「なあ、華表。それって」
「でも、そこまで『嫌』ってなる理由も分からないのよ。泪くんはどうしてか分かる?」
春風が木々の葉を揺らしていく。さわさわと揺れるそれに合わせて、彼女の黒髪もなびいて、一瞬その瞳が見えなくなる。
隣を歩く彼女と僕の間をピンク色の花弁が風に流されて飛んでいき、風がおさまると目と目が合った。
「分からないのか? 理由」
「うん、分からないの。ごめんなさい、おかしいよね。あたしのほうが頭がいいのにこんな質問をして酷だったわ、忘れていいわよ」
まったくこの人は。
自信満々に自分のほうが頭がいいとか自慢しちゃって。肝心なところで鈍いんじゃないか。
「いや、僕にはなんとなく正解が分かるような気がする」
「え、泪くんのくせに……!?」
「僕をなんだと思ってるんだ君は」
「スケベ」
「なんで!?」
おいおい、今までの空気をどこにやった。
華表は眉を寄せてにんまりと笑うと、僕を見つめながら言う。
「だって君の性癖って、おへそとうなじなんでしょう? スケベじゃない。特におへそなんて特殊性癖もいいところだわ」
「君にだけは言われたくねーし!」
まあ、いい。
こうして軽く話しながら歩くのだって、彼女となら苦痛ではないし、なにより僕らは仮とはいえお付き合い中だ。この仮のお付き合いをしている間に、しっかりと自覚してもらうとしよう。
――「君に触れられなくなるのは、嫌だわ。だからね、お願いだから生きて。諦めないで、泪くん」
ひとつ、思い出したことがある。
それを加えても、彼女の疑問に対する答えはきっと、ひとつだけだろう。
華表百子というこの少女は、浅見泪という名前の少年に、恋をしている。
僕のこの気持ちと同じように、彼女も。あのとき、事故に遭ったときから、きっとこの『おそろいの恋』は始まっていた。
ずっと、ずっと両片想いだったんだ。
……頭のいいはずの彼女が解けない問題。
その疑問の正答を、僕だけは知っている。
その事実に心が弾む。
ならば、と内心で言葉をこぼす。
今度は僕が彼女を惚れさせる番だ。
この『お試し付き合い』で必ず自覚させてやる。
そんな決意をした、とある春の一日のことであった。
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