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愚者勇者

作者: 鳳

宜しくお願い致します。



- 愚勇の者 -



この世界には、勇者徴兵制度というものがある。


王国の民は全員周知している政策。

有名な絵本、教科書とも言えるものになぞらえた政策であるからだ。


…絵本と政策、どちらが先かはわからないが。


政策の内容は国の周りを覆う巨大な森を抜けた先にある魔の国にて、その悪しき魔界の王である魔王、そしてその下僕たちである魔王軍幹部等の討伐をするというもの。


勿論魔王討伐やそれに準ずる功績を挙げればそれなりの富、地位、名声などは与えられるものの、あくまでそれなり。


徴兵制度と言っても訓練を施されるわけでもなく、地図や魔物の弱点などの前情報を与えられ作戦を立てられるわけでもなく、ただ少額の前払い手当と勇者本人、家族全員に硬約の紋章を施されて翌日迄に旅立つことになる。


旅立てば最後、一定の功績を示すまで、国を囲む壁の外周にある外周街《集落》にしか出入りできず、500日以内に功績を挙げなければ、手当と共に施される紋章により勇者本人とその家族諸共国務怠慢罪という罪に問われ、裁判などはなく期日を迎えた時に即死する。


だが絵本とは違い、現実では魔王や魔物たちにによって人の世が乱されているわけでも、王族が誘拐された訳でもない。


増してや国にいる誰にもそれらを見た事のあるものはいない。


結果が伴わなければ血筋を根絶やしにされる可能性もある上、意義も義理も無い、子供が適当に考えたかのような制度。


だがちゃっかりとしている点もあり、少額の手当とはいえ悪戯に与えられる訳ではなく一定の戦闘能力が認められれば自主志願が叶う。


が、無論そのようなものに自主志願する者は居ない。


そうして毎年5万人の募りは割れに割れ、最早納税能力も戦闘能力もない貧困層、最底辺の者が強制的に徴兵されるようになっている。


故に勇者としてその任に就く者は未だに絵本の話を間に受けている者か、どうしようもない貧民しかおらず、愚者と嘲られるようになった。


──


「……と、いうことでお主は参ったのか。」

「……ああ。」


そして、とある勇者はたった今、少女と一体一でふかふかの赤い長椅子ソファに座り対面している。


──


森を渡るのに1日と半日。


外周街にはそれなりに情報が出回っているようで、買い出しのついでに商人に聞くと、1日程で渡れると聞いたが、体も弱く目も悪い青年は苦戦した。


森の緑の手前には、黒いシミのようなものが沢山あった。

苔やカビなどだろうか、よく分からない。


肌寒い中生温い風が吹く早朝から歩き続けても一切開けた場所はなく、蒸し暑くなる昼も歩き続ける。

夜は魔物が現れたり獣が凶暴化するなど様々な話を聞いたからだ。

早く抜けなければと。


夜が深くなると本当に何も見えなくなる。

木の根などででこぼことして、生い茂った草にいじめられているような感覚。


足も棒のようで、森の一部にでもなってしまいそうだ。


怪我や疲労が限界まで来て、手探りで見つけた太い木にもたれかかって休むつもりが、そのまま眠ってしまったものの、幸い何者にも襲われなかった。


──


その眠りの中で、暗闇で、冷静で聡明な父親が自分の目を傷つけて、自殺したことを夢に見る。この数年間、思い出し続けてきた。

きっと、何かに操られていたんだ。

そうに違いないのだけれど、自分の目に残る傷が、その信心を邪魔する。


起きると、涙が溢れてくる、頻繁に夢を見て泣いてしまうから、役に立たない目のくせに、加えていつも痛い。


この痛みにも、視界にも、受け入れて慣れてしまうほどの年月が経っているからこそ、青年は、覚悟が出来た。この度の覚悟。


本当なら父が守ってくれるはずだった。

だけど今は居ない、その間引き継ぐんだ、

自分が守るんだ。自分を守り抜くんだ。


──


森を抜けてボロボロになっている青年。


抜けたというか、途中から生い茂っていたはずの草木がめっきりと生えておらず、緑で覆い尽くされた地面から突然荒れ果てた荒野が現れたような状況。


青年は様々な重圧や元々あまり体力もないということで、身も心もすり減っていたが、半ば自暴自棄で荒野を突き進む。


……


…………



暫く歩くと、人影が見えてきた。


「……あっ、あの!!」


声を挙げるが、よく分からない言葉が返ってくる。そしてその人影が近づいてくる気がする。


日が沈む前に誰かと出会えた。

ボヤけていてあまりよく分からないものの、

それだけで青年は安堵出来る。


それからとにかく必死に伝わらない言葉を伝え続けた。


斯くして、青年はその人影に連れられて宿屋らしき場所に入った。


何か喋っていたが、よく分からなかった。

まるで絵本に出てくる異国の兵士のように。


だが、言葉が通じなくとも襲われたり盗まれるほどの金銭や荷物はなく、身なりもあまり整っていない自分を通して寝床も与えてくれた人達を、特に疑おうとは思わなかった。


疑ったとして、通じない言葉で言い合ったとして、今の青年にはそんな気力はなかった。


──


覚醒すると、目の前には少女がいた。

視界がハッキリしている。

そして、今長椅子に座っている自分は、

寝る前とは違う場所にいる…気がする。


覚束無い目で2日近く森と荒野を彷徨うように進み歩いていためか、感覚が遅れているようだ。


──


勇者…軽装備をした青年は、自分が何故今ここに居るのかという疑問もあるが、それよりも目のやり場に困っていた。


「……」

泳ぎ続ける目。息継ぎも出来ない。


机越しの目の前には先程まで寝ていたのか、生活感を微かに感じる部屋着ランジェリーを着て、発展途上な青白い肌を惜しみなく露出…

魅せつけるような態度で座る美少女が居る。


「よし、起きたか。お主にかかっている術も解いて、諸々の体調も治しておいた。どうだ?」


…彼女が治してくれたのか?

術も解いて…まさか…


「ん?」


目を泳がせながらなんとか思考を始めるていると、察してくれたようだ。


「…ああ、これは若い体だったな。

すまないすまない、年頃の男子おとのこには目の毒だな。着物を改めよう。」


その美少女は何処か古めかしい……

いや、地元の古い人でも喋らないような語感を持っていた。


声の使い方も低く年季が入っている。


少女は立ち上がり、座っていたソファの後ろに周り、背を向けて部屋の奥、下座の先にあるクローゼットに向かいながら、その服を脱いでいく。

シュルルルと衣の擦れる音を発しながら。

「え、あ!? 」


数年振りの視界と、自分の持ち合わせた常識にはない行動に、混乱し驚愕する。


「っやめてよ!まるで私が変態みたいじゃない! 」

急に口調と声色が見た目の年齢相応に変わる。


「え…?ご、ごめん 」

まるで…やはり異国の人とでは貞操観念などが違うのだろうか。


「ち、違うの、あなたに言ったんじゃなくて… 」

「へ…?」

「あぁもうっ、レア!!これは私の体なんだからね!」

少女は小声で言う。


ゆうしゃは めのまえが

まっくらに なった!


良くなったかと思いきや奪われる視界。


「んあぁ!??」

「あ、ごめんなさいね!ちょっと着替える間待っててね。」

「あっ、ああ。」


──


暫くすると、少女がソファに座る音に合わせて視界は戻った。


少女は黒くて可憐なドレスに着替えていた。

その長く白い髪と深く黒い瞳と合わさってとても美しく、可愛らしい。


「あ、あのさ…」

「ああ、なんだ。」


最初の声使いに戻った。


「本当に、紋章を消してくれたのかい…?」

「ああ。」


未知の少女のコロコロ変わる喋り方、態度に戸惑い、つられて自分も喋り方、質問の仕方などが少々おかしくなる


「グズッなら…よかった…゛」


その結果、答えは求めていたものだった。

紋章のあったはずの部位を確認すると確かにない。確かに、確実に。


混乱していながらも自身と家族の命が縛られている感覚がなくなり、信憑性を疑ったり細かい質問をするまでもなく、安心してしまう。


思わず涙が、嬉しさが、感謝が、どうしようもなく込み上げてくる。


そうしていると少女は立ち上がり、近ずいてきた。


「おぅおぅ、よ〜しよし、よくぞここまで参った。この魔王がしっかりとじっくりと消し去ったのだ。量産した紋章などひとたまりもないだろう。安心せい。」


ゆうしゃは まおうに なでられる。

まおうは けっこう やさしかった。


「ありがとう、ありがとう……」


命の恩人だ。だって自分には魔王を倒す所か魔物を倒す力も自信もない。


それでも尊敬した父の代わりに、感謝している母親と、生を受けたばかりの可愛い弟の為にと覚悟を決め、旅に出た。


その呪縛から放ってくれた相手、魔王。


「……ん???魔王?」

「そうだ、魔王だ。」


「えぇぇ……???」

「魔の王という呼び方はあまり好かないのだが、使いが絵本を見つけてな。

お主らからすると儂はそれに近い。

そう言った方が伝わりやすいだろう。」


そういえば、異国人だとしても言葉が通じる。

さっきのボヤけて顔も見えなかった人達とは違って。


「えと、あ…え?」

「うむ。」

「……貴方は、異国の人…?」

「……んまあ、そうなると思うぞ。」



勇者はそれから言葉につまり、今がどう言う状況なのか、何を質問すればいいのか、わからなくなった。

感覚が追いついてきたようだ。



「……ひとついいか。」

「へあ?っ、ああ、うん。」


間抜けな声が引き続いて飛び出す。


「お主は、何故ここに来たんだ?」



──それから、自分が何故目も悪いのに1人で森を抜けてきたのかを話した。

勇者徴兵制度のことを。


混乱していたため細かい事情などは抜けていたかもしれないが、この場所に来た理由は伝わっただろう。


紋章の効力で制度のことを口外すれば国家転覆罪として国務怠慢罪と同じように処刑されてしまうため、何度も何度も確認して、何度も何度も色々な力を使って貰って、幾度も信じられるようになって、やっと話したことだった。


相手を一瞬でも命の恩人と思っていなかったら、絶対に何をされても話さなかっただろう。


そして、魔王でもなかったら。

そもそも、特別な力がなければあの紋章を消すことは出来ないみたいだが。


相手が実は残酷だったとしても、既にここまで来た時点で死ぬことは確定している。


僕が死ねば家族も死んでしまう。


ならば魔王に少しでも情報を与えて、残酷なことをする国家を転覆してもらおうとも思った。


「……ならば…ひとつ提案がある。」

「…うん、なんだい?」


「ズバリだな、儂の首をやろうかなと。」

「うん!??」

「儂の首を持っていけばお主らは幸せになれるのであろう?」

「とても有難い話なんだけれど、僕達のために君が命を差し出すことは無いよ…」


よく分からない提案によく分からない返事をしてしまう。


本当は目の前の少女の命より、自分の命よりも、家族の命の方が大切で、愛しいのに。


「いや、大丈夫だ。」

「首をやっても大丈夫って人初めて見たよ。」


「さっき魔王という呼び名は好かんと言ったが…儂らは確かにその呼び名に匹っするほどの力は持っている。」

「あ、ああ。続けて……?」


自分のことは話した、次は魔王《相手》のことを聞いてみよう。


「まずこの身体。頭を切り落とそうと四肢を切り落とそうと死なん。」

「いやでも奥さん、お痛いんでしょ…?」

「ああ。確かに痛い。書類整理をしている時指を切ってとてつもなく痛かった。

儂の記憶もあやふやだが、感覚的に人間の時の数十倍は痛い。

恐らく不死の代償と言った所だな。」


「そんなの絶対貰えないよ!!」

「人の首をそんなのとはなんだ!!」


「だが…それほどまでに痛いのならば、精神的に死んでしまったりはしないのかい?」

「ああ、儂は精神力も半端ないのだ。

数百年生きても狂わんし、狂えん、恐ろしい程に理性的で我ながら苦労したものだ。」


「数百年…そんなに生きていてもそこまで若く、美しいのか?」

「う、美しい…?」

「ああ。」

「そ、そうか…」

「ここ5年で久々に見たのがキミだからかな。」

「……バカチンが!!」「えぇ!?」


「そういえば、さっき不死とは言っていたが、不老ではないのか?」

「うむ、不老とは少し違うな。この体は50年で人間の100歳ほどの見た目になる。」

「ええ!?人間よりもめちゃくちゃ早いじゃないか!!ではさっきの数百年というのは…?」

「この体は、50年周期で若返るのだ。赤ん坊に。」

「赤ん坊に…」

「そして、今儂の体には3つほど魂がある。」

「3つ!!100まで!!」

「なんのことわざだ。

まあ、クリーニングみたいなものだな!

50年来のシワもたった一晩でツルツルプニプニのほっぺになるのだ!!」

「……」


ゆうしゃは まがおだ。

何故だ。分からない。

上手いことを言ったはずなのに。

変なテンションを受け止めてやったのに…


「チッ」

「ビクッ」


「え、えっと…その3つの魂はどんな感じなんですか?」


魂の感じを聞いてみた。


「そうだな…サンプルボイスを出すとするならば…」


「リオです!!」

瑞々しくて見た目相応の可愛らしい声。

(CV宮城のOさん)


「レアじゃ。」

急にのじゃロリババアな可愛らしい声。

(CV愛知のTさん)


「…」

へんじがない…

ただのしかばねのようだ…。

(CV??の?さん)


「なるほど…」

「お主はどの儂が好みじゃ?」

「特に俗的な趣味はないな。私は金髪三つ編みでサロペットの似合う幼馴染にしか興味が無い。お引き取りください。」


急に何かの専門家や何かの鑑定師のような口調になる勇者。


「ただで済むと思うなよバカチン。」


「因みに、宮城や愛知とはなんだ??」

「ああ、あまり気にするな。

フィクションだ。架空の地名だ。」

「まお…えと…僕は君が心配になってきたぞ…」

「心配するでない。あと、儂のことはレアと呼ぶがいいぞ。リンと屍は今私の無意識の所で遊ばせている。」

「やはり心配だ。あと屍と呼んでいるのか…」

「ああ、無口だからな。あのバば…」


「え、えぇ〜〜〜本題に戻ろうか!!

いやぁ〜〜〜この歳になると話の腰を折られやすくて良くないなあ!!ギックリ腰だよ!!」

「……」


急に棒読みになったレアに対して、

ゆうしゃは まがおだ。


「……いやはや、まあお主の家族にとってもここで駄弁をしている猶予余裕はあるまい、下らぬ茶番はさて置き本題に戻ろうか。えぇ?」

「うん!!!」


元気よく返事しやがってこのバカチンが

とレアは強く強く思った。



- 哀魔の王 -



この世界には、魔王の悪業という有名な絵本がある。


そこには、魔王の罪の数々が、王国の民が

幼少期から触れられるように描かれている。


ひとつ目は、生まれたこと。


ふたつ目は、愛を求めたこと。


みっつ目は、感情を持ったこと。


よっつ目は、生きるために命を奪ったこと。


いつつ目は、運命を嘆いたこと。


むっつ目は、親を恨んだこと。


ななつ目は、死なないこと。


やっつ目は、子を儲け、国を設けたこと。


いつつ目までの、全ての人間がすることですら、魔王には許されない。


魔王を産んだ、利用した人間が許さない。


実際、魔王という兵器の運用には、戦争に出た全ての自国軍の男たち、自国の主要都市とをある種の代償、予期せぬ生贄として死に絶える、消え失せることとなった。


そして、兵器の餌食となった土地…

当時の自国の半分の土地以外の場所は、戦争の名残り、後遺症とでも言うのか、生物生者にとっては有害な場所になっていた。


輪廻は輪りに廻り

その男たちの魂が子として再び体を成す頃。


残った国を覆う森の木は切る事も燃やすことも出来ない。


──


「ふぅ……さて、では儂の首を手土産に…」

「なあ、レア…」「なぁんだぁ!!」

「君は、さっき人間の時と言ったな。」


「っ……ああ。記憶力がいいんだな。」


思いのほか真面目な声色で話す勇者。


「儂らとも言った。私を宿まで連れていった人達も、君がさっき言ったものと同じような能力を有するのか?」


「ああ、儂らは魂同士で記憶を共有しているから、自然とそのような言い回しになっていたのだろうな。他の者は持っておらんよ。」


レア…彼女は後者の質問に先に答えた。


「なるほど。

…君たちは生まれつき人間なのか?」

「……」

「あいや、申し訳ない、今の君たちが人間ではないと言うつもりは──」「確かに、儂らはもう人間という種の域を脱している。」


「ただ、生まれたときは人間だったよ。

昔、大きな戦争があっただろう。」


知っている。

僕の人生にはそのようなことを知る余裕はなかったけれど、私は知っている。

この戦争があったから、今の勇者徴兵制度がある。


「当時発展途上だった魔法で人間を…

赤ん坊を兵器にしようと言う試みがあってな」

「赤ん坊を…?」

「結果、成功したのは儂だけだった。」


「……」

勇者、僕は様々なことを察した。


「結局儂は戦争を終戦に導いた。

他の国々全てを殲滅し、お主の国…儂を作った国も半分ほど滅ぼしてな。」


「……」

「ふふふ、どうしたの?まるで屍みたい。」


「……すまない、今お主たちが苦しんでいるのは儂のせいなのだ。」

「……君たちが悪い訳じゃない。

仕方の無いことだ、どうか謝らないでくれ。

なんというか…僕の国のせいで、ずっと君一人を苦しめて…」



「……っ」



「っははははははははは!!!」

「…?」

「あまり傲るなよ、平民。」

「っ!」

「私は、この国の王ぞ!!対してお主は単なる平民!!」「強がるな!!!」



勇者は、青年は叫びつけた。

魔王の、少女の声に震えが宿っていたから。


……


「本当は国を作りたくて作った訳じゃないだろう…??」


「っ……だって、だってだって!!」


「…もうどうすればいいのかわかんないよ、

ぐちゃぐちゃしちゃってさ…」


「生まれたら殺すことしか出来なくて、そうしていたらどうしようも無いところまで来ちゃって、誰も儂を咎めてはくれない。

償いに何度も何度も何度も手足を斬った…

それでも死ねない…

斬ったものが民となり国となり魔族と呼ばれて国《親》に民を蹴落とす口実にされ…」


「独りで篭って狂うことも叶わない!!」


「どうすればいいんだ…わたしは…」


一人称、口調、声色…少女が魂と呼んでいたそれすらも覚束無くなっていた。


少女には、己を育ててくれる相手はいなかった。


誰にも生きる術を教わらなくとも、

命を奪う術を持っていたから。


「………君は、復讐をしたいのではないか?」

「っ……」

「君の体の一部があの人たちのように生活を営むほどの自我を持つのなら、僕が首を国王に差し出して、そこから復讐を測れるかもしれない……」

「……私の仇敵は、数百年前に死んでいる。

というか、国の半分毎儂が殺した。

お主が今の王を憎く思っているならば、手を貸したいとも思うが……」


気持ちを打ち明け合うように進む会話。


罪と言うものを後に知った過去の彼女は、罪深い自分が、無罪の人々に罰を突きつけていたことを悟ったようだった。


「わたしが貴方を呼んだのは、

森を抜けて削れた身で必死に我が民に話しかけるお主を見ていられなかった。

儂が首を差し出そうとしたのは、

お主を愚か者だと哀れに思ったのか嬉しかったのか……初めて償いが叶う気がしてな。」


段々と、少女の言葉は地に足をつけていった。

声が落ち着いていくにつれて、

少女の青白い頬を、雫が傳い落ちていく。


──


体を切る度、感情と記憶と欲求が失せた。

持っていてくれた。身代わりになってくれた。

醜塊《あの子たち》が。


あの子たちは私の知っていることしか話さないけれど、それは裏を返せば知っている事だけを話してくれる、全てを知れば全てを話してくれる。


私《あの子》たちは、私の恩人だ。

どんなに醜く歪な姿でも、愛しくてたまらない。


あの子たちが生まれて間もない頃に、誰かがあの子たちを傷つけた。


許せない、許さない、私を、恩人を傷つけた。


罰として、そいつらを八つ裂きにしてやった。


罪は私の民を手に掛けたこと。


まずは磔刑。

手足を串刺しにして、十字架に磔にした。

毎日毎日ゆっくりと手首足首を削った。

4人が互いの姿を、互いの声を聞こえるように。


男女二人ずつだったから、精巣と子宮を入れ替えてやった。

ゆっくりと取り出して炙ってくっつけて。


私の細胞を植え付けて、死に切ることが出来ないようにした。


それから爪を剥いで指を折って捻って。

そして首と手首と足首を捻って、自分の背中を舐められるようにしてやった。

蛆が湧いていたから、獣に毛繕いをさせてやろうという計らいだ。


私が戦争の後目覚めたのは、巨大な図書館。

そこで学んだ通りに痛覚神経だけを残して、

今に至るまで死に続けるように生かしている。


それからは、あの子たちを傷つけた瞬間に、

四肢を絶って森の先に置かれるようにした。


──


口減らし制度は成立した。



- 二人の番 -



この世界には、2つだけ国がある。


1つは兵器を作り出し、唯一の国となった。


1つは兵器が生み出し、孤独の国となった。


父《男》は、

暴食の如く様々な知識を貪った。

強欲故に長い刻を生き続けていた。

傲慢にも全ての生物の上に立った。

その後、男は怠惰の限りを尽くすこととなる。

ある時、色欲が芽生えつがいを見つけ、子を授かった。


子《女》は、

兵器となった。

父親の罪に値する罰を、その身に受けるように。嫉妬で燃えた憤怒で、殆どの生物の命を奪った。


──



少女は赤い目を震わせ、潤ませ、滲ませ、錯乱しているのか妙なことばかり言う。



青年は一切動じない、相手がそれに気づいて、そうなることを分かっていたから。



──


少女は立ち上がり、男はそれを見上げる。


「どうして…あなたが………」

少女は、その涙を通して何かを見たようだ。


「流石私の子だ。」

屈託もなく微笑む男。


この空間には以前として変わらずに青年と少女の体だけがあった。


「どうして!!お前が!!」


「……」

口角はそのままに、男はなにも話さない。


一瞬の沈黙。


男が腰を下ろしていた長椅子は消え、同時に2人を隔てていた机も消えた。

すかさず少女は飛びつく。

殺すつもりで、憎しみで編まれた覚悟で、

怒りを込めて。


結果、少女は相手を殺せず、押し倒したはずの男の手が、少女の肋を撫でるように黒いドレスと皮膚を貫いていた。


「ギッ…」



血液が全て蒸発してしまいそうな、

涙液が全て枯渇してしまいそうな、

その声だけで相手を殺せてしまいそうな、

痛々しい叫び声。



「よし。」


コツン

額を合わせる父子。


「三つ子の魂百まで。この言葉を知っているなんて、本当によく勉強したんだね。」


「凄い昔のどこかの国の言葉…

そういえばここにはそんな本もあったね。」


「お前にはそんな知識必要無いのだけれど。」


「さて、お前は何度三歳を迎えたんだ?」


楽しそうに興奮気味に呟かれる言葉。

痛みを訴えることも、喚き散らかすことも

出来ない。

それだけを答えさせられるように口が動く。


「ッハッ………」


唇が空中を仰ぐようだ。


「ん…ただパクパクしてるだけじゃないか。」


「流石に最初のは死んでしまったか…

まあいい。」


「それに比べてこの子は…お前の異母姉弟いぼしていは言葉の意味を履き違えていてね。てんでダメなんだ。」


「さて、本題だけれど、お前はまた…未だに、私を殺したいと思うかい?」


「……」


「今から手を引き抜く。」


「その瞬間に私を殺せ。」


「まって。」


「仕方ないな。」


「これは償いのつもりなの?

わたしの弟の体で死んで、償えると?」


「あぁそうだ、体が違うから弟じゃないな。

つぐないというより、がせているだけだよ。私が死んでしまうのは勿体ないからね。」



「では、ね。」



男は手を引き抜いた。

……


────


青年は、魔王の首を、魔王と闘い打ち勝ったという記憶を持って王国に帰り、その褒賞によって家族と平和に暮らしました。


────


よかったよかった。めでたしめでたし。

私は死なない体を娘から手に入れたし、

息子は…この場合義理かな?

義理の息子は愛を深く持った家族と暮らせて。


みんな幸せだ。


なぁ、娘よ。


私を殺せてよかったな。

私は死んではいないが。


私たちは家族だ。

家族は家族の心の中で生き続ける。


お前はもう眠りなさい。夜も遅い。


……もう寝ていたか。

娘よ、次は、今回は、君の番だ。


────


青年の目は、森を抜けると再び朧気な視界になったが、当の本人はその視界が晴れた瞬間があったことを知らなかった。


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