4 ババアはショタに甘い
女の子達の集団から、半刻程前に相対した少女を見つけると、手招きして此方へ呼ぶ。
暫く固まっていたが、周りの人に促されおずおずと此方に向かってきた。少女の表情は強張り目には恐怖が浮かんでいる。
もしかして怖がられている?
やがて俺たちのとこへ着いた彼女は歪な笑顔を浮かべていた。取り敢えず緊張を解そうと声を掛けようとしたらストリクスが彼女の前に立ち塞がり────
グワシィッ!!
いきなり顔を鷲掴みにした。
「お、おい!何して───」
「遅い。いつまで待たせる気だ」
事情を知らない人が見れば、今すぐにでも少女が殺される未来が見えただろう。悪鬼の様な表情を除けば見た目は華奢な女性だが、ストリクスの本質は精霊が憑依した魔剣。
本気を出せば黒パンを毟るように、掴んだ顔面を抉る事も容易だ。そうなっていないという事は手加減はしているはずだが……
「───……!」
顔を鷲掴まれつつ至近距離からの極濃の殺気を受けて、少女はいとも容易く気絶してしまった。
「ストリクス!いきなり何をしてんだ!」
「はい、マスターを待たせたこの女に少しばかり躾をせねばと思いまして」
「思いまして、じゃないよ!てかいつまで掴んだんのさ、早く離してやれよ」
「はい、分かりました……」
ストリクスに少女を離すよう命じると、いかにも渋々といった感じで手を離す。……って、オイオイ!
当たり前だが気絶した少女が自力で立つ事は不可能で、ストリクスが顔を掴む事である意味支えていた訳だ。そんな状態で支えを失えばどうなるかは火を見るよりも明らか。
緩やかに加速して真後ろに倒れる少女。このままいけば地面に頭を打つ事になるが──
「っぶねぇなぁ!お前はどうしてそう雑なんだか」
少女の背中側に滑り込み、膝立ちになって抱きかかえるようにして受け止める事で、少女に怪我をさせるのを防いだ。
「はて、魔装具達の中では私が一番マスターを手助け出来ていると思いますが」
「俺以外に対してだよ。もっとこう、臨機応変にだなぁ……」
「──、────?」
日頃の精霊達の行いに愚痴を零していると、少女が呻き声を上げる。
「っと、起きたか。おーい大丈夫か?」
少女の顔をペチペチと二、三度叩くとうっすらと目を開けていく。
「────、────」
「よぉ、目ぇ覚めたな。つっても言葉が通じないんだっけな。どうしたもんだか……」
「マスター、それならば他国民との会話で使っていた黒精霊を召喚してみては?」
「黒精霊……ああ、耳唇蝶か。あれ見た目が怖いんだよな」
耳唇蝶とは、文字通り人の耳と唇に似た翅を持つ見た目は蝶の精霊で、人の思念に干渉して互いの意思の疎通を助ける能力を持つ。
確かに能力自体は有能だが、俺が初めて見た時はその見た目にかなりビビった。
「来い『耳唇蝶』」
手早く召喚して出てきたのは一匹の黒い蝶。そして蝶を目にしてだんだん顔が青ざめる少女。目玉をグリンッと剥いて再び気絶しそうになるのを感じとり、慌てて少年は声を掛けて少女の意識を留める。
「はぅっ……」
「まてまて、大丈夫だ嬢ちゃん!見た目はこんなんだが大人しい蝶だから!」
咄嗟に声を掛けたのはどうやら正解だったようだ。
「ハッ!耳から脳味噌をクチュクチュに蕩し麻薬以上の依存性を持つこの音は……男の子ボイスッ!!しかもイケボ!!」
何やら気持ち悪い事を言いながら再び目玉をグリンっと剥いて目を覚ます少女。
「って……あれ?今喋ったのって……もしかして君?」
「ああ。やっとまともに会話が出来そうだな、嬢ちゃん。そういやさっきは嬢ちゃんが助けてくれたんだっけな。ありがとな、お陰で助かったよ」
「あっ、あうぅぅ……」
太陽よりも輝く笑顔で礼を言われ、少女の顔が一瞬で真っ赤に染まる。あわあわして言葉を返せずにいる少女をよそに少年は話を進める。
「そんで、ちょっと聞きたいんだけどさ。隊列組んで来たってことは、あの中に隊長だったりそれなりに地位のある人間がいるか教えてほしいんだけど……いる?」
「は、はい。あそこでタバコを吸ってる人があの中で一番地位が高い班長ですが、それがどうしたんですか?」
「たばこ、とやらが何か分からんがあの人かな。どうしたってか、今後の相談やら現状認識の擦り合わせやらをしなくちゃな、ってな。悪いけどその人をここに呼んでもらえる?」
「いいですけど……」
僅かに訝しみながらも胸元の黒い塊に向かって喋る少女。
「『こちら火野です。男の子が班長を呼んでいますが……如何しますか?……えっ?……はい、分かりました』
えっと、すぐにこちらに向かうそうです」
「そうか、分かった」
再び女の子の集団に目を向けると、目の前の少女とは違い、落ち着いた様子でこちらに向かってくる女性が見える。
そして、しっかりと顔がわかるまでに近づいた女性を眺める。
先ず目に付くのは光すら呑み込む様な漆黒の長髪。そして黒い前髪を掻き分けて、天に伸びる二本の角。それが額の両側から伸びている。
顔はやたらと整っていて、細い柳眉と切れ長の瞳、スッとした鼻筋に薄く艶のある唇と冷酷にも知的にも見える美人だ。
そんな美人は未だ歩みを止めず、手が届く距離に来ても尚止まらず、そして────
ぎゅうぅぅぅッ…………
なんか抱きしめられた。
「あの、何してんの?」
「…………」
「ねぇ……聞いてる?」
「貴様ッッ!! マスターに何をしているッ! 早く離れ……何だこの膂力はッ!?」
ストリクスが引き剥がそうとするも、珍しいことに精霊の彼女が力負けしている様で、なかなか引き剥がさずにいた。
「スゥゥゥゥ………」
「何その深呼吸? なんで息吐かないの?」
「…………」
「……いい加減怒るぞ」
意識して低めの声でそう伝えると、まるで夢から覚めたかのように抱きしめていた力が緩んだ。
「……ハッ! 私とした事が自分を見失うとは……やはりショタは恐ろしい……!」
「しょたって俺のことか? 意味は分からんが不名誉な呼び方だってのは分かった」
俺は何もやってないだろ。
「んんッ……いや、すまない、それは気にしないでくれ。
自己紹介が遅れたな、私は鬼怒川 悠那。東京三級制限区域螺旋塔防衛砦所属第三防衛班班長で、そこの火野アンナの上司だ。
何やら私に用があるらしいが、私も君にいろいろと聞きたいことがあるんだ。こんなところで立ち話もなんだし、落ち着いて話が出来るところに移動したいと思うのだが……どうだろうか?」
やけに長ったらしい肩書きを一発で覚え切る事が出来ず、耳に残った単語だけを呟く。
「制限区域……防衛班……気になる単語が増えたが、まぁ、後ででいいか。えっと……ユーナと呼んでもいいか?」
「ッ!! あぁ! 是非そう呼んでくれ!」
予想外の反応に面食らう。
喜色満面で食い気味の返事をするユーナは若干気持ち悪かった。
「お、おう……分かった。移動するのは問題無いが、どこに行くんだ?」
「ここら辺の地理には疎いのか? 私達が行くとすれば一つしかないだろう」
「うん? いや、そうか、防衛班って肩書きなんだから詰め所しかないか」
それでも、そこまで言い切るということは、防衛班とやらはこの世界ではそれなりに名が通っているのだろう。
「ふふっ、詰め所とはなかなか面白い表現だな。なに、悪いようにはしないさ。
ともあれ、説明するよりも見た方が早いだろう。取り敢えず移動しようか」
「分かった。おい、ストリクスもそれでいいな?」
「マスターが決めたことならば。あの気持ち悪い女に従うのは不服ですが……」
「フッ、随分と嫌われたものだな」
「やかましいッ! 次に変な事をしてみろ、多少痛めつけてでも引き剥がしてやるからな!」
「ほう、出来るものならやってみろ」
ストリクスとユーナの間でバチバチと火花が散っている……
こんなに不機嫌なストリクスは久々だ。
「そう喧嘩腰になるなストリクス。これから世話になるかもしれないんだから、愛想良くしろよ」
「しかしマスター!」
「お世話くらいいくらでもしてやるさ。それこそ、おはようからおやすみまで、な」
「ははっ、そこまでは頼まないが、まぁ、宜しく頼むよ」
「ああ、任せとけ!」
胸を叩くユーナとユーナを睨むストリクス、少し離れて様子を伺う少女達。
「……なんだか……不安だわ……」
賑やかさが増した集団を眺め、肩に担ぐネクトンが零す。
「まぁ、なんとかなるだろう」
ネクトンの不安も分からなくは無いが、少女達は皆、気が良い娘ばかりだし、ストリクスも本気で敵視している訳では無い。
空を仰げば雲一つない青が広がっていた。
久しぶりに見る太陽はまるで希望の光のようにも感じられた。
【魔装具】
魔鉱石系統の素材を使った武具に精霊を憑依させた物の総称。
属性を持つ精霊を憑依させれば魔装具も精霊に対応した属性を持つ、所謂 魔剣や魔盾に似たものとなる。
本作の主人公ことウルカは4種類の魔装具を持つ。
1:風精剣ストリクス
2:水精鎚ネクトン
3:火精鞭ラプトル
4:土精弓プテリゴータ
3話でちょろっと出てきた蜥蜴達はラプトルが召喚した下級精霊。
各名前は安直に名付けました。だって作者センスないんだもの。ゆるちて……