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第三惑星で紡ぐ日常  作者: 火蜂
黒渦と異世界と少年
3/5

3 鬼とショタ

【東京三級制限区域:螺旋塔防衛砦】



 男の子が黒渦(ゲート)の下から出て行った後もわたし、火野アンナは半ば放心してその光景を眺める事しか出来なかった。


「あの子、めちゃくちゃ強い……」


 わたし達 防衛隊員が碌に傷も付けられなかった金属の異形魔獣も、為す術なく返り討ちにされた液体の異形魔獣も、手慣れた手つきで斬り伏せていく。

 丁度 男の子と真逆の場所では、薄緑のワンピースドレスを纏った女性が、宙を舞う様に風と雷の魔法らしきものを乱発して液体の異形魔獣を仕留めていく。


 いつの間にか異形魔獣の死骸の周りに、何匹もの蜥蜴の様な生き物がいることにも気付かないくらい、その光景に見入っていた。


 淡々と処理される魔獣共を見ていると不意に肩を叩かれた。


「アンナ!良かった……無事だったのね!」


「リン……?」


 振り返ればそこには同班の風早リンと何人かの防衛隊員がいた。


「ちゃんと魔法の範囲から出れたんだね。リンも無事で良かった」


「いきなり駆け出すもんだから、流石の私も肝が冷えたわよ。悪いけど無事戻れても、大量の始末書が待ってるから覚悟しててよね」


 始末書……そりゃそうだ、司令部の退避命令を無視しちゃったんだから。もしかしてリンも巻き添えに?


「リンも始末書 書くの?」


「当たり前でしょ、アンナにはいっぱいお詫びして貰わなくちゃね。

 と、余りここで話すのもあれだし歩けるんだったら医療班のところまで戻るけど。あそこで戦ってるのが件の男の子として、あっちの女は誰?」


「うーん、よく分かんないや……」


「はぁ、何それ……ま、良いわ、ほら立てるんならさっさと立って。早く戻るわよ」


「あっ、でも……あの子はどうするの?」


「あそこの子も、あっちの女も保護しなくちゃいけないけど、先ずはアンナの生存確認が優先よ。それにあの感じだとそうそう問題ないんじゃない?」


「分かった……じゃあ、いこっか」


 本音ではここを離れたくは無かったが、上官を待たせれば待たせる程お叱りの時間が伸びるだけなので移動する事にする。


 けど、もし叶うのならば。


 あの男の子ともう一度触れ合いたい。


 そう願い、男の子を一暼してわたし達はその場を離れた。





◇◆◇◆◇





「ふぅ、もう生きてるモンスターはいないか?」


 少女のもとから離れておよそ四半刻程。辺りを見回し動く素振りのあるモンスターはいないと判断すると、別行動していた風精霊のストリクスが戻ってきた。


「ただいま戻りました。下級風精に見回らせてますが、モンスターは全滅と見ていいでしょう。マスターもあれから目立ったお怪我はされていない様で良かったです」


「ほとんど無抵抗だったし楽に対処できたよ。それにしても、ここは空気中の魔力が多くていいね。途中からラプトルに配下を召喚してもらって死骸から魔石とかを集めてもらってたけど、まだ魔力の余裕があるし」


「マスターの勿体ない精神は美徳だと思いますが、ここは未知の環境ですし、モンスターの第二波が無いとも限りません。マスターには余裕を持った行動をして貰わないと困ります」


 お説教に入りつつあるストリクスに苦笑しつつ謝り、視線を黒い穴に移す。


「悪かったって。素材を無駄にしない、ってラルスからの教えが身に染みちゃってんだよ。そう言えばあの子は無事に避難できたのかな?」


 ストリクスに尋ねると、途中からモンスターの処理にのめり込んだ俺とは違い、彼女はしっかりと周囲の状況を把握しつつ戦闘していた様だった。


「マスターと話していた少女なら、同じ服を着た仲間と思われる人達と共に移動していたので無事だと思われます」


「そうか、なら良かった」


 初めは少女に危険がない様に気に掛けていたけど、途中から意識を外しちゃったからな。無事で良かった。


 なんてホッとしていると、肩に担いでいた大槌、ネクトンから声をかけられた。


「それで……これから……どうするの……?」


 これからどうするか。

 ネクトンからの問いに気づかされる。

 ここは多分 元いた世界じゃない。勘だが間違ってはいないだろう。

 じゃあ、あの黒い穴に入って元の世界に戻るかっていうと、それも無理そう。

 黒い穴、というか黒い穴に入る事に途轍も無い嫌な予感がする。それも確実に死ぬっていう程の死の予感。


 今後のことを決めようにも決められない。

 だから俺は他者に委ねる事にした。


「じゃあ、あそこの子達に決めてもらおうか」


 振り返れば、緊張の面持ちでこちらを窺う少女達がいた。


 武装した戦闘態勢の部隊。およそ20人。

 一筋縄ではいかなそう、と思いかけて団体の中に見知った顔を見つけた。


 先程の少女と目が合う。


 俺は、何とかなりそうだ、と安堵し彼女達を手招きした。


 後はなる様になるだろう。





◇◆◇◆◇




 リン達と医療班のとこへ戻ると、そこには般若の様な形相をしたわたし達の部隊の班長が待っていた。


「特に怪我もなく無事な様で何よりだ、アンナ。で?申し開きはあるか?無いな?じゃあ、歯ァ食いしばれェアンナ」


 ひぃぃぃ!激おこです!


「ももも申し訳ありませんんんん!」


 急いで頭を下げると、後頭部に振り抜かれた拳の風圧が掠った。


「何避けてんだよォ、オイ。膝か?膝が良いのかァ?」


 それを聞いた瞬間、圧倒的な恐怖がわたしに襲い掛かった。己の直感に身を任せ、直ぐ様 土下座に移行する。


 間一髪 直撃を避けた様で、またしても後頭部を掠める風圧。


「また避けたなァオイ。まだ頭が高えなァオイ。アンナァ、手伝ってやるよォ」


「ひぃぃぃ!ごごごゴメンなさいぃぃ!こここれには、わ、訳があるんですぅ!」


 ズガアアアアン!


 おでこを地べたにつけたままでも分かります。途轍も無い音の正体は、班長の靴が地面を踏み抜いた音でしょう。


「訳、ねえェ。聞くだけ聞いてやるよォ。ただし、しょうも無え言い訳だったら、一週間サンドバックなァ」


「はいぃぃ!わたしが現場に残った理由は、そこに男の子がいたからであります!」


「そうかァ、分かった。サンドバック、立てやァ」


「ほほほ本当です!他の隊員も見てますからぁ!」


 最後の一言を聞いて、鬼の圧力が微かに弱まる。


「オイ、お前等ァ。サンドバックの言ってることは本当かァ?」


「ははははい!ア、アンナの言っていることは本当であります!」


 声を震わせつつリンが証言してくれて、一緒に来てくれた隊員も口々に肯定する。


「………そうか、分かった。アンナ立て、いつまでもダンゴムシの真似事をしてんじゃねえ」


 鬼から人に戻った班長に従い、立とうとする。が、いつまで経っても立てない。


「あん?サッサと立てよダンゴムシ。その男の子とやらの場所まで行くから、案内しろよ」


「すいません、腰 抜けちゃいました……」


「ちっ……リン、支えてやれ」


 班長はリンにそう言うと、胸ポケットからタバコを取り出して一服し始める。

 同時に、リンはわたしに近づくと腰を落とし手を出した。


「はいっ!……ほら、アンナ掴まって。そう、ゆっくりでいいから」


「ふえぇぇ、こわかったよぅ」


「そうね、でも、あんたが悪いからしょうがないね」


 ぐすん。どうやらここには味方はいないみたいだ。







 班長が一本吸い終わる頃には、わたしの足腰もマシになり、今は当時の状況を説明しつつ、近接戦闘部隊が2班、医療部隊1班、魔法支援部隊1班、わたしとリンを含む男の子を見たという隊員5人と鬼班長の計21人の大所帯で移動している。


「 ────成る程な。黒渦から落ちてきた少年、未確認異形魔獣、空飛ぶ女魔法使いに未知の技術、ねぇ……

 正直、それ等が本当だとしたらウチらじゃどうしようも無い事態だ。もしかしたら東京本部のお偉いさん達でも、な。

 それ等が嘘だって言うのが一番楽だが、そういう訳にもいかないらしい。お前等は分かんねぇみたいだが、近接班の奴らは何となく感じてるんじゃねぇか?」

 

「?……どういう事でしょうか」


 班長と近接戦闘部隊の人達だけがわかる事?

 わたしよりも頭の良いリンも分からなかったらしく、班長に尋ねた。


「医療部隊、魔法支援部隊、それと何人かの隊員はいずれも基本的には後方支援が基本任務だから分からなくても無理は無え。

 オレも経験があるから分かるが、前衛ってのは否が応でも前線で動かなくちゃならん。それは常に死の可能性が纏わり付く中での任務だ。

 でもってその回数が増える毎にオレ等はある感覚を磨かれるんだ」


「ある感覚、ですか?」


「ああ。相手との力量差を測る感覚、がな。

 その感覚を信じるなら、この先にいる奴はオレが知ってる奴の中でも比べ物にならない位強い。魔獣の脅威度で言うなら最低レベルXXIV。壁が1班、近接1班、魔法3班、治療1班の24人編成で足留め出来るかどうかっていう強さだ」


「そんなに……!」


 班長の言葉にわたしは驚いた。

 黒渦の下で男の子と触れ合った感じは、至って普通の男の子だった。

 確かに、魔獣との戦闘の時は強いと思っていたけど、圧倒的な強さは感じられなかった。


「けど、わたしが見た感じじゃそんなに怖い子じゃ無かったですよ?」


「……今はそれが唯一の希望だな。敵対する恐れが無いのなら何としてでも戦闘の回避を確立させて、あわよくば懐柔できりゃあ良い。

 っと、お前等……気ィ引き締めろよ。目視確認完了。向こうも多分気付いてるぞ」






 ある程度近づくと、男の子から100メートル程離れた位置でわたし達は様子を見ていた。


「しっかし、アンナの言う通りまんま“男の子”だな。大体10歳位か?そんな子供が身の丈以上のでけぇハンマーを担いでる、と。

 それに横の女はぷかぷか浮いてるし、あいつ等の足元には魔獣の死骸と大量のトカゲもどき。

 戦闘になったらオレ等は皆殺しだな」


 タバコを(くゆ)らしながら班長はそう零した。


 今も目を離さず注意しているが、言う程恐そうには感じない。

 やがて男の子がこちらを向き、同時に班長から小声での指示。


「総員警戒。いつでも抜けるようにしとけ」


『了解』


 チラとリンを見ると、リンも不安気な表情で此方を窺っていた。


「きっと大丈夫だよ」


 そうリンに呟き再び男の子へ視線を戻し、タイミング良く、いや、タイミング悪く?男の子と目が合った。


 ……やっぱ男は良い。若ければ若い程良くなる。可愛さからカッコ良さへ移り変わりつつある小学生くらいの歳はまさに神秘だ。


 穢れを知らず、されど純真(ピュア)でも無い。女を嫌い過ぎずわたしを好きになる可能性がある。中学生、高校生となるにつれて男は女に失望し、女を選別し始める。そうなったらもうわたしに勝ち目は無くなる。

 けどあの子は違う。わたしと目を合わせてくれたし、わたしに喋りかけてくれたし、わたしの頭を撫でてくれたし、わたしを守るように魔獣を退治してくれた。あ、笑ってる。わたしと目を合わせたまま笑ってる、つまりわたしに笑いかけてくれてる。これは脈アリと捉えてもいいよね?好きになってもいいよね?今までの男たちの財布を見るような、道具を見るような目じゃなくて女としてわたしを尊重した目。もうダメ、好き。そんな目で見られたら女だと自覚させられる。好き。やがて我が儘で冷たくなるんだとしてもそれでも良い。好き。あの子になら傷つけられても良い。好き。好き。寧ろ傷つけられたい。好き。好き。好き。暴力的なまでに支配されたい。好き。好き。好き。好き。あぁ、もっとわたしを見て、もっとわたしを触れて、もっともっと笑いかけて。もっともっと。好き。好き。好き。好き好き好き好き好き好き好き好き好き「──ナ」好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き「─ンナ」好き好き好き好き好き好 ────


「アンナ!」


 リンのわたしを呼ぶ声で目が覚める。


 ハッ!わたしは一体何を……


「何ボーッとしてんのよ!あんたを手招きしてんだからサッサと行ってきなさいよ!」


「てま、ねき?」


 手招きとは何のことだ?

 蟹か?いや、それはシオマネキか。


「そうよ!あんまり待たせてブチ切れたなんて洒落にならないからね!?

 ほら!早く行った!」


「わっわっ、押さないでよっ……」


 リンに背中を押されて他の隊員よりも2、3歩前に出される。

 振り向けば皆んなわたしを見ていた。班長も行ってこい、と言うように顎をしゃくる。


 前を向き男の子を見るとニコニコ笑顔。本当にわたしかと思い自分の顔を指差すと男の子は頷き、手招きする。


 妙なプレッシャーの中、覚悟を決めて男の子の方へ歩き出した。

 一歩毎に頭の中が白く染まる。まるで絞首台への階段を登っているようだ。


 短いようで長い数十メートル。鉛を履いたように重い足を動かし続け、漸く男の子のもとへと辿り着く。


 わたしに何か?と言おうとして、横の女が宙を滑って目の前に立ち塞がった。


 そして、おもむろにわたしの顔をアイアンクロー。


「えっ!?なになになに!?」


『遅い。いつまで待たせる気だ』


 女のものと思われる声も、指の隙間から見えた表情も平坦なものだったが、それがかえって深い怒りを表しているように思えた。


 ガチ切れですやん。


 そんな似非関西弁を心の中で呟き、恐怖の余りわたしはちょびっと漏らした。


 



黒渦(ゲート)


 正式名称はゲートだが、日本では黒渦の名称も使われる。

 発生原理も黒渦の内部構造も未だ解明出来ていないが、過去の観測から黒渦内部から特殊変異生物、通称【魔獣】が発生する事が全世界共通の認識である。




 観測史上初の黒渦発生は太平洋大黒渦と言われているが、それは地上に限った話である。

 地球上最初の黒渦発生は■■■■■■であり、現在も■■■■■で ────


〈アクセスチェック中・・・〉


〈以降の資料の閲覧には《Viewing authority Lv 》が Ⅴ 以上必要です〉


〈《Viewing authority Lv》確認中……〉


〈《Viewing authority Lv》が足りません〉


〈以降の資料に閲覧制限をかけます〉




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