私、好咲(よみさき)ひなは憂鬱な気持ちで帰りのホームルームに臨んでいた。
私、好咲ひなは憂鬱な気持ちで帰りのホームルームに臨んでいた。
なるべく目立たないように、クラスのモブに徹することを心掛ける。
いつものようにホームルームが始まると、先生は明日の授業の時間変更のこと、
立ち入り禁止の屋上に侵入した生徒がいたことなど、事務的な連絡を続ける。
このまま何事もなく終わればいいな、なんて楽観的な考えもあったんだけど…
「…好咲さん」
ホームルームの最後に私の名前が呼ばれ、そんな期待は泡と消えた。
「なんですかこれは!」
「あ、やっぱりダメですか?」
「当たり前でしょう!進路調査票に『魔法少女』なんて書いたのは、あなただけですよ!」
「でも…先生も憧れませんでした?魔法少女?」
「好咲さん!高校生にもなってそんなことを言ってるのはあなただけよ。
もっとやりたいこととか、勉強したいこととかあるでしょ?」
「無くはないんですけど…」
「じゃあ、それを書きなさい」
「いやぁ…でも…」
「とにかく、ちゃんと明日までに書き直して提出すること」
「はぁい…」
クラスメイトの冷ややかな視線を避けるように進路調査票に目を向け、席に戻る。
「進路か…。他のみんなはもう志望大学とか決まってるんだよなぁ…」
自分で言うのもなんだけど、私は『小説家になろう』と食パンが好きなこと以外は、ごくごく普通の女の子。
この私立成尾高校に入ったのも、制服が可愛かったからだし…。
そりゃあ、私にだって人並みに夢はある。
いつか小説家になって、私の頭の中にある物語をみんなに伝えたい。
でも、国語の成績が中の上くらいの私が「小説家になりたい」なんて言ったら、きっと笑われるだろう。
そもそもどうやってなったらいいのか見当もつかないし…。はぁ、憂鬱。
その日の夜、私は部屋で進路調査票とにらめっこしていた。
「とりあえず、進学希望って書いておくか…。でもどの大学?
えーい!もう知らない!気分転換に、“なろう”で小説を読もう!」
私はベッドに飛び込むと、充電していたスマホを手に取った。
「はぁー…あの二人めっちゃ可愛いんだよなぁ!
あぁ!てぇてぇー!続きを想像するだけで、ニヤニヤが止まらないよぉ!」
ブックマークを開くと、ちょうどお気に入りの小説が更新されていたところだ。
今ハマっているのは悪役令嬢の恋愛もの。
すぐに最新話をクリックして、小説の世界へ一気に引き込まれる。
息をするのも忘れるくらいあっという間に読み終えると、ふぅ、と大きく息を吐く。
蛍光灯の灯りを見つめると、現実世界へ戻ってきたんだな、と認識させられる。
小説を読んで、再び続きを妄想するこの時間が至福のひととき。
「ああ、私もこんな小説書いてみたいなぁ」
小説に触発された私は、机に向かって、お気に入りの万年筆を手に取る。
引き出しの奥からマル秘と書かれたノートを取り出し、白紙のページを開く。
思えばこのアイディアノートももう3冊目。
私は慣れた手つきで思いの丈を綴っていく。
今考えているのはゲーム好きの女子高生が異世界の貴族の娘に転生し、
ゲームのスキルを駆使して成がるお話。
割りと都合のいい設定やキャラの名前、甘い恋愛シーンなど、書きたいアイディアを思うままに書いていく。
思い付きで書いている割には、我ながら面白そうだ。
しかし、このアイディアをいざ小説へ!と思い、小説家になろうのサイトを開いたところでピタリと手がとまる。
書きたいことはたくさんあるのに、うまく話がまとまらないのだ。
そもそも、ビビッとくるいい書き出しが思い浮かばない。
結局「いつか自分も書いてみたい」と思いながらも、思うような文章が書けずに今は読み専。
なろうに書き込む勇気はまだない。
「はぁ、またこんな感じか。やっぱり私、小説家は向いてないのかな?
だれか、小説の書き方、教えてくれないかなー」
そうつぶやいた瞬間、急に謎の声が聞こえてきた。
「お主の願い、しかと聴いたぞ!」
「誰…!?」
驚いて窓の外を見てみるも、誰もいない。すると再び声がする。
「どこを見ておる。こっちじゃこっち」
その声は、部屋の上の方から聞こえてきた。私は声の方向に目を向ける。
まばゆく光がはじけ、思わず目を閉じてしまった。
おそるおそるもう一度見上げると、そこには見慣れぬ丸い生き物が。
「ピンク色の…鳥?…にしては丸い…」
「いや、そこ疑問に思わなくていいから。どこをどう見ても鳥だろう」
そこにいたのは、まんまるのピンク色の体に、ふさふさの羽が生えたちょっと偉そうな鳥らしき生き物。
「召喚に応じ我ここに参ず!
我こそはなろうより生まれしなろうの管理者、『もも』なり!
お主、小説家になりたいって言ってたのぉ?」
鶏っぽいのにそれなりの鳩胸を反らして、丸い生き物は言った。
「う、うん」
一体何が起きたのか理解できず、私はその場にただへたり込んでしまった。
それでも謎の鳥は続ける。
「ではこれからお主に、なろう小説の神髄を教えて参ろうぞ……!
ただし、条件があるがな」
ちょっと偉そうな鳥の態度に、私は思わず反論してしまう。
「いや、よくわかんないけど、勝手に話を薦められても…
そもそも見ず知らずの鳥に小説の書き方を教わるなんて、人としての尊厳もあるんで。
ていうか、急にやってきてわけわかんないこと言ってくる、あなた何なの?」
私の反撃に、謎の鳥は思わずたじろぐ。
「お、おう。そうじゃったな。改めて自己紹介しよう。ワシの名はモモ。
小説の世界を司る、管理者じゃ。
簡単に言うとお主たちの言う“妖精”みたいなもんじゃろう」
「はあ…妖精…」
あまりにも急な展開に、気のない返事しか出てこない。
モモと名乗る鳥は、怪訝そうな顔をして言葉を続ける。
「お主、全然信じてないな?
こっちの世界じゃ鳥の姿をしているが、あっちじゃ結構偉いんじゃからな!」
「ふーん、わかったような、わからないような…。それで、その神様が私に何の用ですか?」
「お主、さっきは小説の世界にどっぷり浸っていたな。ワシはそんな人間を探していたんじゃ。
単刀直入に言おう。小説世界に来て、世界を救ってくれないか?」
「世界を救う…?」
「実は今、小説世界に歪みが生じているんじゃ!
そして、小説世界の法則が現実世界を浸食し始め、あちこちでおかしなことが起こっている!
このままだと、現実と虚構の境界線がなくなり、こちらの世界もめちゃくちゃになってしまうじゃろう!」
急に真剣になってまくし立てる謎の鳥。
全くついていけない私は、やっぱりピンとこない返ししかできない。
「はぁ、それは大変ですねぇ。でも、普通の女子高生だし、世界を救うとか無理だと思うし」
「何を言う。その妄想力!そして小説家になりたいという熱意!
お主には魔法小説家の才能を感じるぞ!」
「魔法小説家…!?魔法小説家…!?」
聞きなれない言葉すぎて、思わず繰り返してしまった。
「なぜ2回言った…。まぁいい。
魔法小説家とは、小説の世界へ入り、魔法の力で悪を倒す正義の味方。
魔法少女であり、小説家でもある、夢の仕事じゃ!」
謎の鳥の申し出にテンションがあがり、思わず私の声が大きくなる。
「よくわかんないけど、魔法少女と小説家の夢が両方叶っちゃうの!?超ラッキーじゃん!
なるなる!魔法小説家、なんかカッコいいし!」
「おお!やる気になってくれたか!
どうか、小説世界の歪みを直し、正しい物語に書き換えてくれ!」
「よくわかんないけど、あなたの世界が救われるのね!オッケー!」
あれよあれよといううちに、軽いノリで魔法小説家になることを承諾してしまった。
まぁ、細かいことを気にしないのも私の良い所だろう。
すると、その鳥はどこからか契約書を取り出し、差し出してきた。
「それでは、お主に魔法の力を授けよう!まずはワシと契約じゃ!
規約をよくよんで、この契約書にサインをするのじゃ!
今なら素敵な変身グッズもついてくるぞ!」
「魔法小説家の第一歩、結構事務的なのね。ま、いっか」
私は特に規約を読むことはなく、契約書の下の欄に、小説家になった時のために考えていたサインを描く。
これが私の小説家としてのサイン第1号ってわけだ。
「よし、契約完了じゃ!
では、この魔法のペンを授けよう!これさえあれば、好きな小説の世界に入ることができるぞ!
あっちの世界ではお主の想像力次第で、様々な魔法が使えるようになるじゃろう!」
割とどこにでもあるペンのように見えるけど…と言う言葉をグッと呑み込み、魔法のペンを受け取る。
「でも、魔法少女は分かったけど、ちゃんと小説家にはなれるんだよね?」
「ああ、あっちの世界を書き換えるときに様々な文章を書くことになるから、
きっと小説を書く力も身についていることじゃろう。
それに、小説家にとって大事なのは様々な経験をすることじゃ。
いろんな小説の世界に入れれば、アイディアもどんどんわいてくるじゃろう」
「へー、そんなものなのね。それじゃあ、よろしくね、モモちゃん」
「おい、ちょっと待て、“ちゃん”だと!?ワシは人間で言うと数百歳以上じゃぞ!
ワシのことはモモ先生と呼ぶのだ!わかったな?」
「分かった分かった。それじゃあよろしくね、モモ先生」
こうして、私の魔法小説家としての奇妙な生活が始まった。
「でもモモ先生、小説世界の歪みってどういうこと?」
「ああ、この小説を読んでみてくれ」
モモ先生が見せてきたのは“小説家になろう”で人気の作品。
『ビジネスマナーで最強騎士~平凡なサラリーマンが異世界では最強!?~』
という異世界ファンタジー小説だ。
「これがどうかしたの?あっ!」
小説の中では、ゴブリンと対峙していた騎士の前に急にミノタウロスが現れ、
あっさり負けてしまっていた。
「酷い…。これじゃあ全然最強じゃないじゃない…」
「ああ、こんな序盤にミノタウロスなんか出てきたら、お話がめちゃくちゃになってしまう。
誰かが小説世界を歪めてしまったのじゃ。
ヒナ!この小説の世界へ行って、正しい小説に戻すのじゃ!」
「分かったわ!でも、どうやって小説の中に入ればいいの?」
「小説家になろうのサイトを見てごらん。
普通のログインボタンの下に、新しいボタンが追加されているだろ!
小指に力を込めて押せば、小説世界にログインできるはずじゃ!」
改めてスマホを見てみると、見慣れないボタンが追加されていることに気づく。
私は小指に力をこめ、そのボタンをタップする。
「よーし!小説の世界にログイーン!」
ボタンを押すと、あたりがパァ―っと光り出す、ふわりと宙に浮いたような感覚を覚えた。
そして気が付くと、私は見知らぬ草原に立っていた。
見たことのない山に、舗装されていない道、そして馬車が通ったような轍。
中世を思わせる建物の数々が、異世界へ来たことを物語る。
「モモ先生…ここは?」
「ここはさっきの小説の世界。無事ログイン成功みたいじゃの」
「へー、のどかでで素敵な世界ね」
綺麗な自然に見とれ、私があたりを見回していると、モモ先生が叫び声とともに私を突き飛ばしてきた。
「ヒナ!危ない!」
その刹那、私がいたあたりには、巨大な斧が突き刺さっていた。
斧は地面の石を砕き、私の顔に小石が飛んでくる。
小石と言えど、当たると痛みはある。この痛みが夢の中ではないと教えてくれた。
そして、斧が飛んできた方向を見ると、2メートルはあろうかと言う大男の体に、牛の顔をした生き物が
こちらに向かって歩いていた。
「あれは…ミノタウロス!ちょっと、早すぎるだろう!?」
モモ先生が驚きの声をあげる!
「ヒナ!時間がない!女騎士に変身するのじゃ!」
「わかった!」
私はそう言いうと、貰った魔法のペンを右手に持ち、斜めに振り上げる!
「女騎士に、へーんしん!」
しかし、何も起こらない。私の声が草原に響くのみだ。
二度三度振って言葉を繰り返すももの、やっぱり何も起きなかった。
「ヒナ!何をやってるんだ!?」
「だって、全然変身できないんだもん!モモ先生、これ、不良品じゃないの!?」
そう言うと、モモ先生はハッっと思い出したような顔をして、バツが悪そうに口を開く。
「あ、ごめん。そのペンは飾りみたいなもんだから、変身はできないだろう。
ヒナの魔法は”読んだ小説の主人公の職業に変身する能力”なのじゃ」
モモ先生の言っている意味が分からず、一瞬の沈黙が流れる。
「それって、つまり、小説を読まなきゃ変身できないってこと?」
「そういうこと、だろう。
まぁ、物語を読むのは好きなのだから、ヒナならすぐ読めるじゃろ?」
「そりゃあ、そうだけど…、いくらなんでも、変身に時間かかりすぎでしょ!」
「大丈夫!ヒーローはトリにやってくるもんだろう!
ワシが時間を稼ぐから、そのスマホでなんか強そうな騎士になれそうな小説を読むんじゃ!」
「はぁ、こんな状況で読書なんてできなよ~」
弱音を吐きつつ、スマホを操作し、ファンタジーのジャンルへたどりつく。
「最強…最強、あった!これでいいや!」
私が選んだのは『謝罪スキルで成り上がり~謝ってばかりのドジっ子OLが世界を救う!?』
という異世界転生ものの小説。
どうやらこの小説の世界では土下座が最強のスキルになっているらしい。
異世界へ転生し、騎士団の団長に拾われ、王国の女騎士となった主人公。
最初の戦いでも敵に対して謝ってばかりだったが、なんだかんだしているうちに
偶然敵を蹴散らしていた、というご都合主義的な小説だ。
ハッキリ言ってあんまり強そうじゃないは、軽快な描写で一気に読み進めることができ、
ものの数分で第1話を読み終えた。
「モモ先生!読んだわ!私、いけそうな気かする!
それじゃあ、女騎士に変身!!」
温かいような、冷たいような不思議な感覚につつまれ、私の体が輝く。
そして、イメージしていた通りの元ドジっ子OLの女騎士に変身していた。
「これが、私…!?」
「ヒナ!もう限界…」
モモ先生の方へ目を向けると、ミノタウロスの斧をくちばしで必死に抑えていた。
体のサイズを考えればかなり健闘はしているようにみえるが、これはどう考えても分が悪い。
「モモ先生、今行きます!」
私は剣を手に取り、モモ先生の方へ駆け出す!
しかし、落ちていた石に躓いてしまい、すぐに転んでしまった。
「ヒナ~」
泣きそうな声でこちらを見るモモ先生。
私だって転びたくて転んでいるわけではなのだかが、これが元・ドジっ子OL騎士というものなのだろう。
転んだ勢いで地面に手を付くと、偶然にも土下座の様な体勢になっていた。
その刹那、大きなつむじ風が巻き上がり、ミノタウロスの方へ向かっていく!
「えっ!?どういうこと」
どうやら、最強の謝罪スキルである土下座を発動して、高度な風攻撃を生み出すことができたらしい。
つむじ風はミノタウロスを吹き飛ばし、天高く放り投げる。モモ先生とともに。
無数の風の刃がミノタウロスを切り刻み、そして地面にたたきつける。
そして、断末魔とものに、こと切れていった。
「これが、土下座スキル…。すごい…。モモ先生!やりましたよ!
あ、そっか一緒に風に巻き込まれて…まいっか!
切り替えてこう!」
ミノタウロスを倒した達成感でいっぱいの私は、「今日の晩御飯、ちょっと豪華にしちゃおうかな」
なんてことを考えていた。
すると、天高くから聞き覚えのある声がした。
「まいっか、じゃねーよ!ワシまでまきこんでんじゃねーか!
鳥じゃなかったら普通に死んでるだろう?」
「あ、モモ先生。生きてたんですね。よかったです」
「はぁ、お主を魔法小説家にしたのは失敗だったかのぉ」
「まぁまぁ。これでこの小説は元に戻ったんですよね。よかったじゃないですか」
「ま、初めてにしては上出来じゃな。それじゃあ、現実世界に戻るとするか」
「あれ?戻るって、どうやって?」
「こうするんじゃよ」
そう言うと、モモ先生が私の肩に停まり、頭のヘアピンめがけてつついてきた。
「いたっ!」
遠のく意識。そして気が付くと私はいつものベッドの上にいた。
「いったー…。戻る方法、こんなアナログなんですね」
「魔法小説家とは、辛く厳しいものじゃからな。
まったく、次からはもっと安全にたのむぞ」
「はーい」
生返事をしながら小説家になろうを開き、元の小説を見てみてみると、
転生してきた元サラリーマンの騎士がビジネスマナーを使ってしっかりゴブリンを倒していた。
「よかった。ちゃんともとに戻ってる。これでこの騎士も救われるわね」
そう言って微笑むと、ひと仕事を終えて安心したせいか、大きなお腹の音が部屋に響いてしまった。
「ふふ、なんかお腹すいてきちゃった…。そうだ!パン買ってあったはずだけど…」
いつもの戸棚を開け、買っておいたはずの食パンを食べようとするも、そこには空のビニール袋が。
おかしい。絶対にまだ残ってたはずなのに。
「いや~、こっちの世界のパンは旨いなー。やっぱ4枚切りじゃな!」
「モモ先生、もしかして私のパン食べた?」
「はて、食パンなんて食べたかのぉ。鳥だからあんまり覚えておらんのじゃが」
「私は“パン”って言ったんだけど。どうして“食パン”だったって知ってるの?」
「それは…その…。まぁ、小説家になるための授業料と思って…」
「それとこれとは話が別よ!食べ物の恨みは怖いんだからね!」
「すまんすまん。今度から気をつけるから、今日は他のもの食べて我慢してくれ」
「他のものって…。あれ?そういえば、モモ先生、丸々太って美味しそう…」
「ん?もしかして、お主、ワシのこと食べようとしてない…?」
「ねぇ、モモ先生。今度は料理モノの小説を読んで、コックさんになろうと思うんだけど…」
「やっぱり食べようとしてるんだろう!?」