気になる隣人
翌日、美雪は登校すると、何度も崇範を窺った。
着ている物が違い過ぎるからわかりにくいが、身長や体格は、女刑事と同じくらいだと思う。
(それに、手がね……)
シャーペンでさらさらとノートをとる手は、男子の手らしく骨ばっているが、指はすらりと長い。
(それに、細そうなのに意外と筋肉がついてそうな感じねえ。首は細いんだなあ。まつ毛も長いなあ)
美雪はそんな事を考えながら崇範を見ていたが、不意に崇範がチラッと美雪の方を見て目が合い、慌てた。
「え?」
「あの、東風さん。先生がさっきから呼んでるけど……」
いつの間にかじいーっと接近して見ており、流石にクラス中の視線を集めていた事にやっと気付いた。
「え!?はい!何でしょう!?」
美雪は裏返った声を出して立ち上がった。
教師は困ったような顔で頭を掻き、
「いや、授業中なんで教科書を見て欲しいんだけど」
と言った。
「す、すみません……」
真っ赤になって俯く美雪に、クラス中から笑いが起こる。
だが、堂上だけは笑わずに、崇範を視線で殺そうとするかのように睨みつけていた。
授業が終わると、美雪は恥ずかしさをこらえて崇範に謝った。
「ごめんね。ちょっと、気になる事があって」
友人達が、美雪のところにすっ飛んで来てからかう。
「気になった?何が?誰が?」
ますます美雪は赤くなり、オロオロとする。
「わた、たか、おん、あわわわ」
「……いや、面白いけど落ち着きなよ、ね」
見かねて、別の友人が美雪の肩を叩く。
崇範は苦笑を浮かべて、済まなそうに言った。
「ごめん。寝ぐせ、直ってなかった?気になったのならごめん」
「ちちち違っ!」
真っ赤になったままブンブンと首を振る美雪に少し笑う。美少女と名高いお嬢様だが、気さくでどんくさくてかわいい。そういうところも、美雪が人気のある所以だろう。
「あの、深海君。そうじゃなくてね」
「うん?何?」
「宇宙刑事アスクルーの女刑事って、深海君に似てるなあって」
思わず、出しかけていた次の授業の教科書とノートを、バサバサーッと取り落とす。
「美雪、それはないわ」
「いくら何でも、深海君に失礼よ」
「男の子に、女優に似てるって」
友人達は呆れたように溜め息をつき、注目していた男子達も、半分笑いながらも気の毒そうな目を崇範に向ける。
崇範は、
(どこでバレた!?)
と内心でドキドキだ。
「そうじゃなくて、変身した後の姿よ!」
「それでもねえ。そりゃあ、深海君って細いけど。
ていうか、それ、ぴちっとしたやつでしょ。何か、やあらしい。美雪まさか、服の下想像してたの?」
言いながら、女子が遠慮なく肩や腕を触って来る。
同じ事を男子が女子にしたら、チカンかセクハラと言われるのは間違いない。
「ちちち違います!」
美雪も崇範も真っ赤だ。
「ほら。それでも筋肉が――うわ。本当に意外とある。細マッチョ?」
「どれどれ。あ、ほんとだー」
「あ、あの、佐藤さん――」
「や、やめなさいよ、深海君嫌がってるでしょ。ごめんね。
指とか、手が似てるの!」
「手?あら。深海君の手、指が長くて形がいいのね」
「いや、あの、普通だと思うよ」
「かっこいいと思うわ、私!あ、いえ、その」
しどろもどろの崇範と美雪をからかう事で、休み時間は過ぎて行った。
放課後、崇範はさっさとバイト先に向かった。今日のバイトはドラマの忍者で、ほんの短いシーンだが、馬の上から塀に飛び移って塀の上を走ってから灯篭の上に飛んで、なぜか前方宙返りをして着地し、庭を横切って屋敷の窓枠に足をかけて屋根に上り、端まで行ったら隣の棟の屋根に飛び移るというアクションだ。
この忍者は目立たないように行動する気がないのか、忍び込むというのを忘れているんじゃないか、バカじゃないのか、とか言ってはいけない。これが、テレビ的演出だ。
着替えて、軽くウォーミングアップをしていると、ADがやって来た。
「よろしくお願いします」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
答えて、もう一度動きを打ち合わせ、テスト1回、本番1回で決める。
「はい、OK!」
ホッとした空気が流れ、崇範は帰り支度を始める。
「お疲れ様。
いやあ、新見プロは間違いないね」
「ありがとうございます」
新見プロ。それが崇範の所属するバイト先で、スタントマンとスーツアクター専門の芸能事務所だ。そこで、依頼に合わせて割り振られた仕事に行くのだ。
と、監督もやって来た。何度かスタントのバイトを受けた事があり、顔見知りだ。
「相変わらず身軽で鮮やかなもんだなあ。
顔出しする気はないのか?アクション俳優でいけば、即、仕事はあるだろうに。顔だって悪くないし、今の若いやつはこんな風に細いし。
深海、モテるだろう」
言いながら、肩や腰や足を、確認するように叩く。
「まさか。彼女なんていませんしね」
「そうか?気になる子とかは?」
言いながらも、まだペタペタと触っている。
(今日はやたらと触られる日だな)
そう思うと、真っ赤な顔の美雪を思い出した。
「おや」
「まあ」
監督とADがニヤリとする。
「ち、違います。隣の席の子が、そういう意味じゃなく気になるけど、違いますから!
それに、僕に俳優は無理ですよ。また、スタントで使って下さい」
崇範は苦笑しながらそう言った。
「そうか?でも、その気になったら言ってくれよ」
「ありがとうございます。じゃあ、失礼します」
崇範はそう言って更衣室へ向かった。
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