スクールカースト
美雪は朝からぼうっとしていた。
そして友人が何事かと訊くと、
「昨日撮影所でね」
と、女宇宙刑事に助けられた話をした。
友人達は、微妙な顔だ。
「それ、撮影とかじゃなくて?」
「違うわよ」
「女宇宙刑事サクヤの役の人に助けてもらったんだ。へえ。あの女優、強いんだ」
「違うわよ。変身後は大抵別の人がやるのよ」
別の友人が言う。
「じゃあ、誰かわからないわねえ」
「名前、出ないもんね」
「お礼、ちゃんと言いたかったのに。
それにしても、カッコ良かったのよ」
ウットリとして言う美雪の声を、通路1本挟んだ席で、崇範は聞いていた。
バレて無い事にホッとはしたが、恥ずかしい。
本を開いてはいるが、集中できない。
「東風さん、おはよう」
そんな所に現れたのは、学校を代表するイケメンと言ってもいい男、堂上健政。サッカー部レギュラーで、間違いなく学校で一番モテているだろう。
美雪とベストカップルとして認識されている。
「おはよう、堂上君」
「正義の味方?」
「そうなの!」
「俺がいたら、俺が東風さんを守ったのにな」
きゃあ!と、女子が黄色い声を上げる。
美雪はのほほんと笑い、
「堂上君も、弱い者いじめは見逃さないのね」
と言う。残念ながら、堂上の意図するところは伝わっていない。
「ま、まあ」
それでもめげずに、背後の机に手をついた――崇範の机に。
それで、ペンケースが派手にひっくり返って床に中身が散らばった。
「あ。悪い」
堂上は軽くそう言って、散らばった中身を眺め下した。崇範はサッと立って、拾い出した。
「いや」
「手伝うわ」
美雪が立ちかけるが、
「もう終わるから。ありがとう」
と崇範が言い、堂上は、
「東風さんがする事はないよ」
と止める。
(そうだ。お前が拾え)
心の中でそう言いながら、崇範はシャーペンと消しゴムを拾い集めた。
美雪は、ジッと崇範を見た。
「何か?」
ドキッとする。
「いえ、その、何でも無いわ」
美雪が言って、視線を外す。
そこでチャイムが鳴って、各々席へと着いていく。
美雪は、こそっと横目で崇範を窺った。
宇宙刑事のマスクは顔の半分弱がメッシュで、顔は見えなかった。しかし、手袋をした手の感じが、崇範に似ていると、何となく思ったのだ。
自信は全くない。確認しようにも、気が引ける。
第一、女刑事ではないかと訊いたら、バカだと思われそうだった。
「何で名前を訊かなかったんだろう……」
美雪は軽く嘆息した。
美雪の友人は、そっとそんな美雪と崇範を見ていた。
「どうしたの?」
後ろの席の女子が訊く。
「うん。深海って目立たないなあと思って。あんまり話した事も無いし」
それで、彼女も崇範を見た。
「そうね。暗いってわけでもないし、話しかければ普通に返事するんだけどね。男子とはたまに話してるの、見るし」
「でも、誰と仲が良いかって訊かれたらわかんないよね」
「確かに。クラブとかも知らないし、どこに住んでるのかも知らないわねえ」
「大人しいの?」
「そうかな。その他大勢。最下層ではないけど、上でもない」
それでもう興味を失ったらしく、2人は昨日のテレビの話をし始めた。
堂上は、美雪が崇範をそっと見るのを見て、舌打ちをした。
カースト上位とも言うべき堂上にとって崇範は、目立たない、風景のような存在だった。
しかし、美雪が何かわからないが興味を示している以上、崇範は要注意人物である。
格下と疑いもしなかった人物に負けるのは、我慢がならない。
2限目は体育で、男子は200mハードル、女子はハンドボールで、グラウンドで別れて始める。今日は小テストで、タイムを計測する事になっていた。
出席番号順で、数人ずつ走る。
「へえ。深海が1番早いのか」
ポツリと意外そうに教師が言うと、男子はワッとわく。
「やるな」
「たまたまだよ」
崇範はそう控えめに言い、教師が、
「これからも手を抜くなよ。抜いてもばれるぞ」
と冗談交じりに言って皆は笑ったが、堂上は内心で崇範を敵と認定した。
崇範の知らない所で、面倒臭い事になりかけていたのだった。
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