雨音
“ 昨日、僕の町には雨が降りました。
君の住んでいる所はどうでしょうか?”
あの日は、珍しく手紙を書こうと思った。
そんなガラじゃないと自分でも思ったけれど、それでも書きたかった。
“今の僕が何を言った所で、あなたの何かが変わる訳ではありません。
当たり前ですね。だって、僕はあなたにとっては何でもない友人です。
”
引っ越してから、一度も触れなかった戸棚の一段目。
そこから取り出したのは淡いブルーの縁取りをした便箋。
“ きっと、当たり前にそこにいた友達。”
中学校の入学祝いに貰った万年筆。インクは数ヶ月前に補充した筈だ。
“それでも、あなたに伝えることがあります。”
一度ペンを滑らせると、何も考えなくても紙には簡単に文字が並んだ。
一枚目が呆気なく書き終わり、僕は引き出しから新しい便箋を三枚取り出した。うやら、一枚二枚では終わりそうに無い。
“僕も、あの日あなたのそばにいたあの人も、ちゃんと分かっていました。”
外は晴れの筈なのに、耳元で雨の音がした。
“あの人も、僕も互いに嘘を吐けなかった。
だって、”
便箋に向かっている筈の視線が描く雨。
さらさらと、定まった形も持たずに地面へと吸い込まれてゆく。
“嘘を穿いても楽にならず、傷むのを抑えることなど出来ない。”
街の灯に染められた水の糸は、吸い込まれる一瞬を僕の瞳に刻み込んでは、闇の奥へ溶けていった。
“あの人は
『あなたが吐いた嘘を信じてあげよう』
と哀しく笑っていた。”
もう夜なんだろうか。机の上に置かれたライトの灯りがやけに染みる。
“きっと、2人しか分からない。
あの人と僕の間で交わされた声無き会話。”
ペンが動きを止めたのは、それから小1時間経ってからだった。
“あなたには、決して伝えることが出来ないけれど、”
インクの匂いが充満した部屋から抜けて、
“あの人の心が今は何処にあるか知らないけれど、”
グラス片手にベランダへ出る。
“今の僕の心には、”
2月の寒空。
風の無い夜。
“あの日の景色しか浮かびません。”
見上げた空に浮かぶもの。
“6月の雨に微笑んだ、”
微かな光が煌めく。
“あの人に寄り添うあなたへの思慕。”
どうやら、僕は夢を見ていたらしい。
“今更言えるようになりました。”
いや、それとも化かされたか。
“貴女を想っています。”
雨なんて、一滴も降ってやいなかったんだ。
小牧です。ようやく久々に作品をUP出来ました。今回は大人に有り得る片想いをイメージしました。感想など頂けると嬉しいです。お読み頂きありがとうございます。