危機
屋敷の玄関に集まるのは母親の遠出を見送る執事たちと少女、少女の兄と父親だ。
「お母さんしばらく遠出するからね…皆にいろいろお勉強させてもらうのよ?」
「うん。」
「ディオン、ユーリアが暴走しないようにお願いね…頼れるのはディオンだけだから…」
「はい、分かりました。お母様。」
最近ではよく兄に面倒をみてもらっている。特に暴走した覚えはないが、兄が学校から戻ると常にそばにいる。
兄は博識でとても話が面白い。この歳の子にしては聡明であると思う。
「クラウディア…」
父親は母親を抱きしめ、離れるのが惜しいようだ。母親もまた潤んだ瞳で父を見ている。
「しょうがないわ…内戦の救援だもの…一般人の方の保護くらいだったら戦地に赴くわけでもないし…」
「でもなら何故僕が呼ばれない?戦地で必要なのは医術だろう…」
「上のお考えはわからないけど、困っている方々がいるなら、私は助けたいわ」
母親は父親の手を取り自分の頬に触れさせる。
父親は兄に話しかけた。
「ディオン、ユーリアの目を隠しなさい。それからディオンも目を瞑る。」
父親は兄を振り返り、兄は少女の目を塞いだ。
何が行われているかは少女にもお年頃の兄にもわかるようだ。
少女は隠れてニヤッとする。
『頼むから、そんなの俺に見せるなよ。クラウディア…。』
宿敵のキスシーンなど見たくはない虎は目を伏せる。
「もう良いよ。」
父親の声に兄が少女から手を離せば、今度は父親は母親を後ろから抱きしめている。
「エルノ、もう行くわよ…」
「分かってる。もうちょっとだけ…」
しばらく待っていたが、一向に離れる気配がない父親に母親は怒る。
「もー、今生の別れでもあるまいし!しっかりして!ユーリアとディオンのことよろしくお願いしますね。」
甘い雰囲気は一気になくなり、母親は怒って馬車に乗ろうとする。
父親は母親の腕を取り耳元で何か囁くと、母親も囁き再度ハグをした。
そして、馬車へと乗り込む。
「お母様ー!気をつけて!」
少女が走り去る馬車に叫べば、母親は念話で返してくれる。
『ユーリアも風邪ひかないようにね…すぐに戻るわ…』
『戻ってきたら、舞をまた踊ってエメレンスで遊ぼ!』
『ええ、じゃあ行ってくるわ!』
少女は一人でニコニコとすると兄と手を繋いで屋敷へ入る。
父親は少し不機嫌なようで、少女と兄に告げる。
「よーし今日は父さんが体術の稽古をつけてやる。医術の勉強もだー!仕事はおじいちゃんに任せておくよ!」
そういうと、父親は屋敷の庭へと向かったのだった。
少女は兄と顔を見合わせて手を繋いだまま庭へと向かった。
*
『ユーリア…』
母親が旅立って2週間目の夜だ。眠りについていると少女を母親が呼ぶ声がした。
『お母様?』
少女は自分の全神経を尖らせて、母親の魔力を探る。
『何をやっている!そんな魔力を発するな!』
母親がいなくなってから、ずっとそばにいる白猫が、起き上がった。
「お母様の魔力が変なの。猫ちゃんどうしよう!」
母親の魔力が以前よりも蚊細くなっている気がするのだ。途中で魔法が途切れたため詳しくは分からないが、少女の勘が言っている。
「猫ちゃんではない。ビャッコだ。お前がもっと小さい時に私の姿を見て大泣きしながら猫の方がいいというからこの姿なのだぞ!
それよりも魔力というと…」
「途切れそうなの!」
「何!?」
少女は猫が話し始めた驚きよりも、母の魔力が気になり涙目になる。
「泣くな!鬱陶しい。乗れ!」
白猫は大きな白い虎の姿となり、少女はその背中にベットから飛び乗る。
「クラウディアのいる方向は分かっているのだな…」
「うん。」
「面倒だな。しっかり捕まってろ!」
そう言うと白虎は窓を突き破り空を駆け出した。
少女は母親の魔力を感じた方向を指差し、その方向に白虎が向かう。
『お母様…どこにおられるのですか?』
「私もまだ感知できていないのだ。念話など届くはずがない。」
「でもお母様の声が聞こえたんだよ…」
「…。」
その後白虎は黙り込み、明朝になれば白虎も感知できるようになった。
「一気に向かうぞ…まずいな…」
日が完全に上ってから母親の魔力を最も感じる場所へと着いた。
巨大な魔法の跡が地面には残り、瓦礫が周りには散乱している。
その瓦礫の中から母親の魔力を感じた。
白虎は少女を下ろすとその瓦礫を退かし始めた。
*
「お母様、お母様!」
「うるさい小娘クラウディアの魔力に集中できん!」
白い虎の尾に払われ瓦礫の上を少女が転がる。
大きな虎は人型となると次々と大きな岩を退けていき、少女は怪我をしたのも気にせずに、瓦礫を動かしていく。手から血が滲んできても全く気にすることもなく、石を退かしていく。
目の前を埋め尽くす瓦礫から母親のか細い魔力を感じるからだ。
瓦礫の中から一人の女性の姿をみつけると、虎は駆け寄った。
「クラウディア、何が…」
唖然とした虎の目の前には今にも消えそうな魔力の波動しか感じられない少女の母親が大怪我をして横たわっていた。