武舞
「ユーリア、今日から別邸に行きましょう。」
母親の声に幼女はトボトボと後を着いていく。赤髪の執事も一緒だ。
「少し砂浜に行きましょうか…」
母親は浜に行くと魔法を発動させる。
幼女はそれに習って魔法を発動した。
よく母親が、白狼を囲っている魔法である。
「んー、これだと見えないか…」
母親は何かを砂に書き込むと、それに魔力を流した。一瞬で透明な箱が出来上がる。
「ユーリア今のは分かった?」
「もう一回やって!」
幼女の声に少し笑うと、幼女の顔を笑って見ながら、ゆっくりと魔法陣を描いてくれた。
そして、再び魔力を流し込む。
幼女の様子を見ていた母親は頷いた。
「本当ね…ユーリアは魔眼が使えたのね…」
「すみません。てっきりお気づきになっていたかと…」
執事が申し訳なさそうに頭を下げている。
何があったか幼女には分からず小首を傾げれば、母親に抱きしめられた。
「守ってあげているつもりが、守ってあげられなくてごめんね…」
「人の柵は我々には謀り得ないことです。」
母親は執事の顔を見ると、首を横に振る。
「きちんと注意深く見れば、人の世も魔獣の世もかわらないわ…力のある者に負担がかかるの…」
「お母様、エメレンスも魔獣なの?人の柵が分からないって人じゃないって事だよね…」
幼女は二人の会話を聞いて不審に思い、尋ねてしまった。母親は驚いて幼女を離し、そして両肩に手を置いた。
「ユーリア、この事は皆に内緒よ。」
「うん。」
「ユーリアは本当にお利口ね。」
頭を撫で、執事はを睨むと執事は別邸へと頭を下げて戻っていった。
「じゃあ、ユーリアには武舞と魔獣に伝わる舞を教えようかしら。まずは武舞からね…」
*
幼女は母親の動きをよく見て真似る。少し身体強化の魔法を使ったほうが、この体ではうまく舞えるようだ。
『あら、無意識に身体強化の魔法を…』
『この声何?頭に直接響く』
「あー、ごめんなさい。あなた本当に覚えるのが早いわね…我が娘ながら…」
母親は自分も舞い出した。
剣舞の動きではなく、優雅にしなやかな動きをして見せた。
幼女はそれに見入っていたが、前世で小学生の時に地元の神社で習った巫女舞の動きに似ている事に気付いた。
「もー、覚えるのが早すぎるわ…優秀なのはいいんだけれども…まあ、一緒に舞いましょうか?」
「うん。」
幼女は武舞ではなく、魔獣の舞から先に習得した。
母親にこの舞は、魔獣たちと仲良くなる時に使うのだと習った。
*
一緒に海の夕日を見ていると母親が幼女に告げた。
「この別邸から帰れば、あなたは4歳という歳であっても、ディオンお兄ちゃんと変わらないお勉強をしなくてはならなくなるわ…」
「それは、おじい様のお勉強と体術のお勉強が加わるって事?」
「ええ。全くあなたって子は本当に物わかりがいいわ…おむつだって一発で外れたものね…」
「それはいいけど、もしかして私学校に行ってない分、お兄様よりお勉強進んじゃうんじゃないの?」
「恐らく、医術はそうなるわ…でもエメレンスと魔法のお勉強の時間を作ったり、ママと舞の練習時間も多めに取るつもりだから、その時はこっそり遊びましょう?」
「やったー!ワイドに乗るー!」
「あなた、あれだけ悲鳴を上げるのに懲りないわね…」
「だってワイド、モフモフしてるんだもん。」
「あら、エメレンスも負けてないわよ…」
『エメレンス、ここへ』
幼女の頭の中でまた声が響き渡る。
「お母さんこの声なんなの?」
「ああ、これは魔獣とお話しする時に使うのよ。あなたも無意識のうちに使っているようだけど、念話というわ。
人には聞こえないから、こっそりお話したい時によく使ってるの…」
幼女はふと疑問に思った。先程の会話といい、この念話といい、魔獣でなければ説明がつかないのではないかと…。
「ねえ、お母様。お母様も魔獣なの?」
「魔獣の血が流れているのは間違いないわ。けれど父さんは魔獣ではないわよ。ユーリアにもまた魔獣の血が流れているから、念話が聞こえたり、使えたりするのよ。」
母親は立ち上がり、別邸の方角を見た。
「ユーリア、今度こっそり父さんたちには秘密で遠出しましょうか?魔獣について教えてあげるわ…」
「うん、おもしろそう。」
「そうね。その前に今度魔力を隠蔽する魔法を教えてあげるわ。そろそろ自分で隠蔽をかけれるのかもしれないわ。」
「はい!」
母親と話をしていれば、いつの間にか執事が幼女の背後にいた。
「お呼びでしょうか?」
「ええ。少し空の旅がしたいの。魔獣型になってもらえるかしら?」
「よろしいのですか?」
「ええ。ユーリアまた秘密が増えるわよ。」
「うん。」
執事は頷くと赤い大きな鳥の姿へと変化した。幼女は目を丸くして驚き、その様子を見て母親は笑う。
「ユーリア触ってみてもいいのよ?」
「え、やったー!」
幼女はふわりとお腹の辺りに触れる。
「これは高級羽毛布団の柔らかさ…」
「ウフフフ。布団かー。エメレンスよかったわね。高級羽毛布団…クスクスクス。」
赤い鳥の表情は分からないが、幼女の表現は母の壺に入ったらしい。
幼女はお構いなしに赤い鳥に聞く。
「エメレンス、ギューしていい?」
「どうぞ。」
少し不機嫌そうな声に聞こえるが、赤い鳥はだいたい愛想が悪いのでよく分からない。
幼女は欲望のままに赤い鳥をギュッとして羽毛を撫でた。
「ワイドよりいいかも。このまま眠れる…」
「お布団だものね…クスクス」
母親は壺から抜け出せず、まだ笑っていた。
「クラウディア様参りますよ。他の者がこちらに来る前に…」
「分かっているわ。あまりにおかしくて…」
目に涙をため、目元を拭って見せた。
幼女は小首を傾げ、母親に抱き上げられて赤い鳥の背へと乗った。
海の上をしばらくは高度の高い位置だったが、その後、低空飛行で飛び、出てきた魔獣を度々退治しては赤い鳥は足の爪で獲物を抱えている。
そうこうしているうちに、辺りは闇に包まれて星が海を照らしていた。
浜辺に戻ると捕らえた獲物を、執事姿に戻ったエメレンスが調理し振る舞ってくれた。
新鮮な刺身まである。
幼女は調味料が醤油ではなく塩なのが残念だったが、久々の和食に喜んだ。
「時々こうやって遊びに来ましょうね!」
「うん。」
楽しい時間が過ぎるのはあっという間であった。
その後は母の仕事が忙しくなり、会えても魔法を教えてもらう余裕が無くなった。
幼女の1日はだいたいが医術と一般教養で、たまに体術や魔術の訓練があった。
医術は祖父に習い、一般教養と体術は兄と一緒に執事のキンモに習った。
魔術については兄がいない時間に、執事のエメレンスから習った。
治癒魔法の練習台には祖父の友人が名乗りを上げてくれて、毎日少しずつ、マッサージをしながら治癒魔法をかけた。
祖父の友人が元気になれば、音楽の教養が授業の仲間入りをした。
5歳になった今日も変わらずに、少女は勉学に励んでいた。
あの日がやってくるまでは…。