魔眼
とある日、治療院に1人の年配の男が個室へ入院してきた。
どうやら祖父と知り合いらしく毎日のように顔を出している。
「ローラント我が家の可愛い孫娘を今日も連れてきてやったぞ!」
祖父は笑顔で幼女をローラントと呼ぶ男のところに連れてきていた。
最近では幼女の事を暇をしている男に預け、自分は他の重篤な患者の処置をしたりしているらしい。
「ユーリア、今日は楽器を用意したぞ!ほれ、少し触れてみなさい。」
用意されていたのは子供用の小さなピアノだ。音階は普通のドレミ。3オクターブほど弾けるものだった。
幼女は習った通りの曲をすぐ暗譜して弾けるようになれば、男に驚かれた。
「ほう、ユーリアには音楽の才があるのだなあ。
おじさんが元気になったら本格的に教えてあげよう。」
「じゃあ、おじさんが元気になるようにあたしマッサーしてあげる。」
幼女は祖父がやるように腕や足などをマッサージしていく。
すると、幼女は首を傾げた。
「おじさんはずっと入院しているけどどこが悪いの?」
ニコニコとしている男は、優しく教えてくれる。
「おじさんはのお。体のどこかが悪いのだよ。それは間違いないんだが、今どこが悪いのか探してもらっているところなんだ。」
幼女はうんうんと頷き男をよく見る。
「おじいさんは胸が痛くなったり、呼吸が苦しくなったりするの?」
男は表情を引き締めると幼女を見る。
「お主、トルスティから聞いたのか?いや、おじいちゃんから何か聞いているのか?」
幼女は首を振る。そして胸を指差す。
「おじいちゃんの胸、流れ方変だよ。小川があってね。小さな岩があるせいでその道をきれいに流れていかないの。」
男は幼女を見つめると、幼女の目の色が変わっている事に気付いた。
「お主魔眼が使えるのか?目が赤く変色しておる。ユーリア今すぐ私を見る事をやめなさい。楽器の続きをしよう。」
幼女は魔眼がなんなのかよく分からなかったが、楽器を今度は両手を使って簡単な伴奏をしながら、古い記憶を辿って昔弾いていた曲を弾き始めた。
部屋に戻ってきた祖父に、男は早速先程の出来事を伝えると祖父は目を凝らし見るだが、分からないようだ。
「おじい様上からじゃ分からないかも…私のところに来て。」
幼女に祖父は目線を合わせて指をさせば頷いた。
「ローラントよかったな。まだ初期だ。だが、塊ができた場所が心臓の下側でなおかつ魔力器官が混み合っている場所にある。油断はできんが、完治できるだろう。」
男と祖父は握手をすると、祖父は頭を撫でて幼女抱っこした。
「ユーリアよくやったぞ!」
「ユーリアよ。ありがとう約束通り元気になったら楽器を教えよう。」
そんな会話をした後に、幼女は祖父に抱かれたまま病室を出た。
「ユーリアよ。いつから魔眼が使えるようになったのだ?」
「んー。魔法の練習をしてるでしょ?その時にお母様の魔力が見たいなって思ってよーく目を凝らしてたらグルグルって魔力が体を巡るのが見えたの。」
「ほー、そうか。そのグルグル見ていた時にクラウディアは何か言っていたか?」
「何も言ってなかったよ?」
幼女は首を傾げて、祖父は顎に手をやり考え込んでいた。
*
トルスティはユーリアを本邸に送り、その足でエルノの元へと向かった。
「エルノはおるか?」
「はーい、なんでしょうかー?」
治療院にあるエルノの一室でトルスティは防音の魔術具を展開した。
「なんですか?魔術具まで使って…」
トルスティはエルノの気の抜けた声に苛立って声を荒げる。
「呑気な事ばっかり言いおって、お前はユーリアが魔眼を使える事を知っていたのか?」
「知らないですよ。クラウディアが秘密にしてるんじゃないですか?どうやら治癒魔法も使えるみたいですし…クラウディアが秘密にしてるのかもしれません。」
エルノが書類仕事をしながら、適当にトルスティをあしらっていれば、トルスティはもっと激怒する。
「アレは、魔眼を使用した時にクラウディアから何も言われなかったと言っていた。つまり、クラウディアは気づいていないという事になる…」
エルノは書類から目を離しトルスティを見上げる。
顔はいつものニコニコとした表情ではなく真剣な目だ。
「まさか…」
「あの子は聡明だ。言われれば人前で力を行使しない。それがなぜ私が知っていると思う?私の目の前でローラントに魔眼を使用した。
そして、ユーリアは言ったのだ。クラウディアに魔法を習っている時に技を盗む時に使えるようになったと…」
エルノが頭を抱えた。
「そういう事だ。エルノよ。クラウディアの力が下がっておる。
妊娠出産を通せば誰しもが通る道だが、半分以下の力になっていると思え…」
ユーリアの力を夫である自分にも隠すのだ。治癒魔法も城で使った時にユーリアに人前で使用しないようにと釘を打っていたという事だった。
魔眼が使えれば治癒術師としては重宝され、トルスティに目をかけられるのは目に見えている。
後継者争いにユーリアを巻き込む事を嫌がっているクラウディアは医術絡みについてはひた隠しにしている。
もし、クラウディアがユーリアの魔眼について知っていれば、使用を禁じていただろう。
そして、ユーリアの言っていることが正しければ、隣で魔眼で観察していたにも関わらず気づかなかった。
自分の魔力を覗かれるという事はクラウディア程の術者であればすぐに分かるはずなのだ。
「父さん。助言をありがとう。クラウディアが戻り次第、話し合ってみるよ。」
「ああ、今でも国の諜報活動を率先して行なっているのだから、気を付けたほうがいい。本人が自覚していない可能性がある。」
「うん。じゃあ仕事に戻って…僕も仕事が溜まってるから…」
トルスティが去った後エルノは一人天井を仰いだ。
「クラウディア…」
*
天井裏から覗く猫がいる。
『スザクは本当に気付いていなかったのか?』
猫は幼女の部屋に歩きながら、考える。
『それに、あの即興で弾いた曲。あのチビはまだ楽器に触れた事がなかったはずだ…それを天才だと片付けるには…。』
猫の幼女の母親に対する疑問と、幼女に対する疑問は深まるばかりだった。