治癒魔法
女の静止の声と共に、いつのまにか側に立っていた母親の姿がある。
「エドガーは減給決定ね。可哀想に…」
クスクスと笑う母親の顔を見て、男のほうを見ると、自分から出た火魔法が男の模造刀を燃やし、手にも火傷を負わせてしまった事に幼女が気がついた。
男も幼女も驚愕の顔をして、幼女はすぐに男の手に魔力を当てる。
「ごめんなさい。剣が降ってきたのに夢中で出力がうまくいかなくて…。」
「いや、俺も油断していた…。さすがクラウディア様の娘だ…。」
何気なく治癒魔法を使う幼女に、母親は驚きの目で見ている。
「ユーリア、そのくらいでいいわ。あなたいつから治癒魔法を使えるようになったの?」
「いつもおじい様が使っているところは見てるし、本で今日読んだの…。」
その言葉に頭を抱えた母親は、娘に告げる。
「いいユーリア、治癒魔法が使える事は誰にも言わないで…。あと火の魔法は私と練習しましょ!一人で魔法を使うのは危険よ。」
母親はそういうと女のところまで、抱っこして運んでくれる。
「イェンニ様、我が娘の力見れた事に感謝します。私が責任を持って育てる事にしました。」
女は笑って頷き、男を見やる。
「親子揃って叩きのめすとは、おもしろかったな。」
「あれは、エドガーが油断していただけでしょう。まあ、滑稽ではありますが…」
「陛下、クラウディア様まで…」
ニヤニヤとされる男は、力なく肩を落とした。
「では失礼いたします。」
母親と幼女は、帰りは馬車に揺られて城から去った。
*
母親は幼女を寝かしつけると、父親のいる書斎へと向かった。
「あらあら、本当にカーテンがボロボロなのね…」
「お、クラウディア。我が家のかわいい姫は眠りについたのかな。」
父親は目を通していた書類をいったん置いた。
「ええ、今日はたっぷりと魔力を使って疲れたでしょう…。」
「そうかい、それでユーリアの魔力はどうだったんだい?」
母親は微笑んで、明確な回答はしなかった。
「しばらくは様子をみて、私が魔法の指導をするわ。」
「そうか、魔力量はどうやら君に似たようだね…。」
「ええ。」
母親は椅子に座る父親の頭を抱きしめると、ため息をつく。
「何?不安なの?」
「不安、そうね…。しっかりと抑え込まないと大変な事になりそうで…。」
母親は遠い目をして、またため息をついたのだった。
*
母親が幼女の寝室にいけば、虎が幼女の寝顔を眺めていた。
『お前の娘、治癒魔法まで使えるとはな。人間の4歳ってそんな芸当できるもんか?』
「んー。分からないわ。私の魔力を持っているから、魔法にセンスがあるのは間違いないけど、私は治癒魔法は使えないし…」
『お前の旦那の力も、引き継いでいるということか…』
「多分ね…。」
母親は顎に手を当て、何かを考えているようだ。虎も何か引っかかる。普段の様子も含めて幼女には幼さが欠けるのだ。
大人の中に入って普通に会話をしてみせれば、魔術書のような専門書まで読んで、自分で習得して見せた。
4歳児にそんな事ができるのであろうか。
だが、虎は考えることを放置する。
『それで、クラウディア俺があのチビに魔法を教えるのか?』
母親は首を横に振り、閉めた扉を見つめる。
そこに入ってきたのは、赤髪の執事だ。
「さすがにこればっかりは、ビャッコに頼むわけにはいかないわ。エメレンスこちらへ。」
「はっ。」
「これはこの家に仕える執事でもあるのだけれども、私の眷属でもあるの。」
「クラウディア様の眷属、エメレンスと申します。位はカクでございます。」
魔物のくらいは魔力量で決まり、上からノッラ、ユク、カク、コル、ネリ、ヴィーである。
ノッラとなっているのは魔獣の中でも4体のみである。
『カクか…。』
「ふふ、優秀なのよ。この子は…。ねえエメレンス私が主にユーリアに教えるけれども、私が外出している時はあなたが魔法を教えてあげてくれないかしら?」
「御意に。」
「ビャッコじゃ、肉弾戦向きな魔法しか教えられないからね…」
『ふん。』
「エメレンス。まずは火魔法から重点的に教えましょう。」
それからというもの、母親は暇をみては幼女を海沿いにある別邸に連れて行き、魔法の練習に励んでいた。
「いい、あなたは私に似て火魔法の特性が高いわ。真っ直ぐ火を放ってみなさい。」
幼女は火炎放射器をイメージして火を放つ。
それを見ると母親は頷き、次々と火魔法を見せ、幼女はそれを真似していく。
時には、母親が作った火を幼女が操り、他人の魔力をも掌握して操り、利用する術まで習った。
そして、氷や砂で暇な時間にはアート作品を作り、母親を喜ばせていた。
「ユーリアは氷や土にまで適性があるのね…我が娘ながら母を越すとは…ユーリア絶対に人にそれを見せてはダメよ。見せるのは母さんだけ…」
遠くから赤髪の執事が見ているのに幼女は気づく。
「彼はクィントン家の執事よ。他言はしないわ。安心して魔力を使いなさい。」
幼女は頷くと、その後、母親がなかなか時間が取れなくなり、執事からも魔法を習ったりしていた。
巨大な魔法を放てば、屋敷に来ていた父親に急いで駆けつけられ心配されたりもしたが、魔法の特訓は順調に進んでいた。