氷の華の私へ、素敵な贈り物
ロマネスク宰相から偽装婚約の話を聞いた翌日には、イーゼンハルク様からお詫びと今回の経緯の報告の書簡が届いた。
そこには、勝手に私を巻き込み、話を進めて悪かったという謝罪とイーゼンハルク様の私への想いは本物であるという旨が書かれていた。
(イーゼンハルク様……。早く会いたい)
思えば、イーゼンハルク様が想いを伝えてくれたから、顔を合わせたのはわずか数日なのに、どうしてこんなに彼への想いが募るのだろう。
(会えない時間が愛を育てるとか言うけど、こういうことなのかしら)
それから更に10日ほど経ち、ようやくイーゼンハルク様がオルセアン帝国の使節団と共に、明日、帰国するとの報せが届いた。
夜、寮の自室で寛いでいると、扉がノックされる。
返事をすると、大きな箱を持ったメイドが入ってきた。
「これは?」
私が驚き尋ねると、メイドが箱を開きながら説明してくれた。
「先程、ロマネスク宰相の侍従の方々こちらを持ってこられまして、明後日のオルセアン帝国の視察団の歓迎の舞踏会に、こちらを着てこられるようにと指示がありました」
見ると、そこにはイーゼンハルク様の瞳の色のドレスが入っている。最新の流行の意匠が取り入れられたオフショルダーのエンパイアラインのドレス。レースがふんだんに使われているが、甘すぎず、洗練された雰囲気のドレスである。
「イーゼンハルク様が選んでくださった贈り物だそうですよ。あ、カードが付いています」
彼の名前にドキリとする。
「イーゼンハルク様が選んでくださったの……」
「ドレスはドレッシングルームに吊るしておきますね。こちらがカードです」
衣装の手入れをしてくれたメイドが部屋を出て行き、ベッドサイドのテーブルで、私は一息つく。
イーゼンハルク様にはまだ会えていない。偽装婚約の話をまだ彼の口から聞いていない。
いきなり舞踏会での再会となるのだろうか。
どんな顔をして、出会えば良いのだろうか。
嬉しい気持ちと不安が入り混じる。
(正直、まだピンとこないのよね。宰相には、事情を知る王家と重鎮を除き、我が国の他の貴族もみな騙すと言っていたけど、職場ではつい最近まで私がエドガルと付き合っていたことを知っているし、上手くいくのかしら)
先程受け取ったカードの封を開ける。
『今宵、王宮庭園のガゼボで待つ』
カードには、イーゼンハルク様のサイン。
(イーゼンハルク様、明日到着予定ではなかったの!?)
私は慌てて服を着替え、寮を飛び出す。
息を切らせて王宮庭園に向かうと、ガゼボのベンチに会いたかった人のシルエットを見つけた。
「イーゼンハルク様!」
私の呼び掛けに、イーゼンハルク様がゆっくり振り返り、立ち上がった。
「アルヴィナ」
優しく私の名前を呼び、両手を広げてくれた。
何も考えられず、私はその胸に飛び込む。
鼻いっぱいにイーゼンハルク様の香りが広がる。
「会いたかったです。イーゼンハルク様」
仕事のことも、これからのことも頭から全て吹き飛び、私は正直な自分の気持ちを伝える。
この数週間、平静を装っていても、不安でたまらなかった自分に気が付く。
「イーゼンハルク様ではないだろう? レオニードだ」
少し離れ、イーゼンハルク様の顔を見上げると、甘い視線とぶつかった。
「レオニード……様」
「これからは偽装とはいえ、婚約者になるんだから」
そう言いながら、レオニード様が優しく頭を撫でる。
「レオニード様……」
もう一度そっと囁くと、レオニード様が私の唇にそっと口付けてきた。
ゆっくり私の唇に押し付けてきたと思うと、私の下唇を優しく挟んだ。お互いに唇の感触を味わう。そしてゆっくり舌が侵入してくる。
(ああ、私はやっぱりこの人が好き)
理屈ではなく、惹かれてしまう。
「レオニード様。偽装婚約なのに、こんなキスをするのは、おかしくないですか?」
キスの合間にレオニード様の頭に腕を絡めながら、問いかける。
「二人に距離があったら、エリフ様にばれてしまうだろう?」
そう言って、また口付けてきた……と思ったら、レオニード様ははっと我に返って、私の肩を掴み引き離した。
「すまない……。時間がないのだ。今日は王都隣の公爵領にオルセアン使節団と共に滞在していて、明日の朝、王宮に入る予定なのだが、その前にどうしてもアルヴィナに会いたくて、馬で駆けてきたのだ」
私は驚いて目を見開く。
公爵領は馬で駆けて、早くても1時間程はかかるだろう。
「アルヴィナ、こんなことになって今更だが、ヘッセンとはどうなっているんだ?」
二人でガゼボのベンチに腰掛け、話の続きをする。
「エドガル……ヘッセン様とは、あの直後に別れました」
レオニード様がほっとした顔になる。
「宰相がアルヴィナのご両親には連絡を取り、王家命令で偽装婚約に協力してくださることになっている。もちろん、偽装とはいえ、君の名に傷がついてしまう恐れがあるから、王家が責任を持って、君が納得いく結婚相手の世話をすることを約束している」
レオニード様が私をじっと見つめる。
「もちろん、俺はそれに立候補したいが、アルヴィナは迷っているのだろう?」
そっと私の頰に触れた。
(レオニード様は、私が仕事を辞めることを躊躇していることに気がついているんだ……)
「私はレオニード様が好きです。だけど、仕事のことも今まで自分の人生を賭けてやってきました。正直、結婚も諦めるほど……。もう少しお時間をいただけませんか?」
ずるいかもしれない。でも、これが今の精一杯の私の答え。
「分かっている」
そう言って、レオニード様は優しく私を抱きしめた。
月の光が優しく私達を包み込む―――
読んでくださり、ありがとうございます!
こちらの事情で投稿に間が空き、すみません。
あと数話ですので、最後までお読みいただければ嬉しいです( ^ω^ )