氷の華の君の元へ、早く戻りたい俺
―――面倒なことになった。
最初は1週間の予定だった、フランシア王国の視察。
視察というのは表向きの理由で、水面下で中立国であるフランシア王国で、オルセアン帝国と国交正常化を目指し、会談するのが本当の目的であった。
この会談が上手く行ったら、そのままフランシア王国で、俺が条件の交渉をという声もあったけど、それではアルヴィナの側にいられない。
アルヴィナを落とすには今がチャンスである。
だから、さっさとまとめて宰相に恩を着せ、後は宰相に押し付けて、帰って来ようと思ったのに。
もうフランシア王国に来て、10日目である。
(アルヴィナが足りない。早く帰りたい)
フランシア王国の王宮の回廊。宰相と並んで歩いていた。
今日もこれからオルセアン帝国と交渉である。
「ロマネスク宰相、一体いつまでこちらにいるんですか? 大枠は予定通り、オルセアンと合意を取り付けることができました。とりあえず話はひと段落しましたし、ひとまずブランブルクに帰国して陛下に報告し、国内でこちら側の詳細な条件の要望を詰めてから、再度フランシア王国で話し合うべきでは?」
宰相が髭をいじりながら、俺の問いに答える。
「それはそうだが、肝心な問題を皇女が納得していないではないか。儂はお前にさっさと結婚しろとあれだけ言ったのに、お前が独身だから悪いんだぞ」
「そういう問題ですかっ! 政略結婚の相手が俺では、ブランブルク王家としても不都合でしょう。さっさと第2王子のミハイロ様をエリフ様に会わせて、エリフ様の気持ちを変えさせた方が得策ですよ」
父の友人でもあるロマネスク宰相といると、どうも調子が狂わされる。
「まぁ、お前が会談の場で、婚約者がいると大嘘発言したし、あれでエリフ様も納得してくださるだろう。どうだ? 数年前から儂は言っておるが、メルゼブルク秘書官は、氷結コンビでお前とお似合いだ。この際、嘘から出たまことにしてしまえばいいではないか
」
「……」
ムスッとした俺とは対称的に、自らの髭を引っ張りながら、嬉しそうに言う。
(言われなくても、そうするつもりだ)
でも、もう少し彼女の気持ちを自分に向けてから、正式にプロポーズするつもりだった。
上官からようやく恋愛対象として見られるようになったところである。今の彼女は俺より仕事を選んでしまうかもしれない。
その時、背後から誰かが駆け寄る気配を感じた。
「レオニード!」
うねるような美しい濡れ羽色の黒髪に、蜂蜜を溶かしたような金の瞳。誰が見ても美しいと言うであろうエキゾチックな艶やかな美女が、俺の腕に絡みついてくる。
彼女はオルセアン帝国の第1皇女、エリフ・オルセアンである。女性ながら、かなりの政治の才覚の持ち主で、父であるオルセアン皇帝も長子でないことを悔やんでいるとかいないとか。
「エリフ様、少し離れていただけませんか」
言いながら、俺はエリフ様を自分の腕から引き離す。
「結婚の話、考えてくれたか? 私は皇位継承権第2位だ。上手くすれば、お前も皇配になれるのだぞ。お前はとても美しく、優秀だから、私の夫に相応しい!」
「だから、会談の席で申し上げたでしょう。私には婚約者がいると」
「嘘を言っても無駄だぞ。我が帝国の調査力を見くびらないで欲しいな。お前が独身で婚約者がないということくらいは、調べればすぐ分かる」
エリフ様がムッとしながら、答える。
「その情報は少し古いのでは? ちょうどフランシア王国へ向かう前に、正式な結婚申し込みが受け入れられたのです。この視察のため、手続きが途中ですがね。ねぇ、宰相?」
俺は目で、話を会わせろと宰相に訴える。
「そうです。王家の許可も得ていて、あとは婚約が公示されるのを待つばかりの状態ですので、今更その婚約を覆す訳にはいかんのです」
これだけ言っても、エリフ様はまだ疑いの目を向けて来る。
「そんな婚約、破棄すればいいではないか! どうせそれも政略的なものだろう? 私はお前のことを大切にしてやるぞ! 私はお前をとても気に入っている!」
俺はエリフ様に頭を下げる。
「エリフ様、お気持ちは嬉しいのですが、私は婚約者である彼女を愛しているのです」
宰相をチラッと見ると、嬉しそうに目を輝かせている。
「そうなんです。こいつとその婚約者は相思相愛で、我が国でも仲良しカップルで有名なんですじゃ。周りからは氷結コンビなんて言わてましてな」
(おいおい、調子に乗ってそこまで言うかっ!)
「……分かった。そこまで言うお前の婚約者とやらを、私はこの目で見てみたい。この条約の交渉の続きは、ブランブルク王国でやろう」
「おお! 我が国へ来てくださるとは! 我が国の王家の人間も歓迎することでしょう! 早速私はひとまず国に戻りまして、その旨を伝えましょうぞ」
(……なんだか面倒なことが、さらに面倒になったような気がする)
俺は頭痛がして、頭を手で抑えた。
ひとまず宰相はブランブルク王国に先に帰り、王家に報告することになった。俺はエリフ様がオルセアン帝国の皇帝から、ブランブルク王国での滞在及び交渉続行の許可を得てから、エリフ様と共に王国に戻ることになった。
またアルヴィナに会える日が遠のいてしまった。
宰相が旅立つ前に俺に言った。
「メルゼブルク秘書官の件は任せておけ! 儂が王に話して、早急に偽装婚約の話をまとめておくからな。
本人はもちろん、伯爵家にも許可も必要だな。面倒だから、このまま本当にメルゼブルク嬢と結婚したらいいいじゃないか!」
ガハハっと豪快に笑いながら、宰相は去って行った。
(俺だって、アルヴィナと結婚したいさ。でも、ちゃんと手順というものがあるだろう?)
こんなことになって、アルヴィナはどう思うだろうか。
(これから俺の本気具合をじっくりアルヴィナに示そうと思っていたのに)
こんなことなら、本当にきちんとプロポーズしてから
フランシアに行くべきだった。
(アルヴィナのことについては、俺はいつも後悔してばかりだな)
俺はそんな自分に呆れ、ひとり苦笑いを浮かべた。
読んでくださり、ありがとうございます!
また誤字脱字報告があれば、宜しくお願いします( ^ω^ )