氷の華の私、偽装婚約をする
間が空いて、申し訳ありませんでした。
続きを読んでいただけたら、幸いです( ^ω^ )
お昼休憩。私は一人、食堂のテーブルで食事を取っていた。
(今日で10日目かぁ)
私は溜息をつく。
当初1週間の予定だったのに、10日経っても、宰相とイーゼンハルク様はフランシア王国から戻ってこない。
例のオルセアン帝国との会談が上手くいき、滞在が延期にされるという報告は、早馬の伝令より連絡がきた。
親友のディアーナが政務官の恋人候補から聞いた、平和条約締結の条件交渉のため、イーゼンハルク様がそのままフランシアに赴任するという話が現実味帯びてくる。
「……ここ、いい?」
目の前にはトレイを持ったエドガルが立っていた。
ここ10日間で、5回は一緒に食べている。
これでは付き合っている時と、何ら変わらない。いや、一緒に食事を取る回数だけ考えれば、多いかもしれない。
どうやら、エドガルは無理をして私に合わせているようである。
『友達だから』と言われれば断る理由もなく、共に食事を取っているが、側から見たら、きっとまだ付き合っているように見えているかもしれない。
「……どうぞ」
以前よりは同僚としての距離を置いて付き合うようにしているが、正直、この中途半端な関係に戸惑っている。
(私のこの態度は、エドガルに復縁を期待させてしまっているのではないだろうか……)
エドガルが腰を下ろす姿を見ながら、不安になる。
「エドガル、私、復縁とか、本当にする気はないからね」
「分かっているよ」
エドガルは少し悲しそうな表情で答えた。
「それより、オルセアン帝国との交渉、上手く行ったみたいだね。僕の上官のダントン宰相補佐官は視察に行かずに留守番役だったけど、これから忙しくなるとぼやいていたよ」
(ディアーナが言っていた話、エドガルならダントン様を通して何か知っているかしら……)
私は思い切って、聞いてみる。
「イーゼンハルク様からは直接聞いていないんだけど、他の人から視察前に、上手くいけばイーゼンハルク様がそのまま赴任して交渉するという話を耳にしただけど、エドガルは何か知ってる?」
「いや、そんな話は聞いていないよ。これからどこで交渉するかも正式には決まっていないし、一旦戻って、どういう条件を提示するか、王と宰相で詰めていかないといけないだろうしね。それはないんでないの? 宰相はあと数日中には戻るそうだよ」
「じゃあ、イーゼンハルク様もその時一緒に戻ってくるのかしら?」
「戻っては来るだろうけど、イーゼンハルク宰相補佐官は少し大変なことになっているみたいだよ」
「大変なこと?」
少し心配になる。
「イーゼンハルク宰相補佐官は交渉役のオルセアン帝国の皇帝補佐官に好かれてしまったとか、なんとか」
「?」
(気に入られれば交渉しやすいだろうに、何が大変なんだろうか?)
何が問題なのか分からなくて、首を傾げる。
「今回、フランシアにやって来た皇帝補佐官は、現皇帝と側妃の娘で、第1皇女なんだ。皇女でありながら、バリバリ皇帝のために足として動いていらっしゃって、とても才女であると聞いているよ。その皇女様がイーゼンハルク宰相補佐官を随分気に入ってしまったみたいで、平和条約を結ぶにあたり、政略結婚を提案してきたとか。知らなかった? 僕はダントン様に聞いたんだけど」
「けっ結婚!?」
相手の皇帝補佐官が皇女であるなんて、全く初耳である。
「まぁ、政略結婚で両国の絆を強めるというのはいいけど、身分的にはイーゼンハルク宰相補佐官は侯爵家嫡男に過ぎないから、どうなるか分からないけど」
頭が真っ白になる。
海外赴任で離れてしまう可能性を考えるのも辛かったけど、イーゼンハルク様の結婚話はもっと嫌である。
でも、私がイーゼンハルク様と付き合わずに仕事に生きると決めれば、相手は皇女に限らず、近い将来、いずれイーゼンハルク様は結婚することになるだろう。
(分かり切ってることなのに。覚悟しないといけないことなのに)
私はぎゅっと固く眼をつぶる。
(いずれイーゼンハルク様の横には素敵な伴侶がいて、私はそれを横で見ながら、イーゼンハルク様と仕事をするのだろうか……。そんなこと、耐えられるのだろうか……)
嫌な想像ばかりしてしまう。仕事も恋も両方望むことは、なんて贅沢なことなんだろう。
「アルヴィナ?」
急に黙り込んだ私を不審に思ったのか、エドガルが私の目をじっと覗き込む。
「……アルヴィナは、もしかしてイーゼンハルク様のこと、上官として以上の感情を持っているの?」
いつもより、ワントーン低い静かな声で、エドガルが問い掛けてきた。
「……っ!」
思わず私は肩を震わせる。
エドガルの顔を見ると、その表情は暗い。
「残念だけど、イーゼンハルク様は無理だよ。アルヴィナは仕事を捨てられないでしょ? アルヴィナにイーゼンハルク様は適していないよ」
いつものエドガルとは違う、何か突き放すような冷たい言い方だった。
「私は別にイーゼンハルク様に対してそんな気持ちは……」
両手を小さく振りながら、慌てて誤魔化そうとするが、エドガルが言葉を遮る。
「アルヴィナは嘘が下手だね。僕がどれだけアルヴィナを見てきたと思っているの。……そんな顔しないで」
そんな顔って、どんな顔だろう。自分では分からない。これ以上は取り繕えないと判断した私は、席を立つ。
「ごめんなさい。仕事があるから、先に行くわね」
私はトレイを持って、エドガルに背を向けた。
だから、エドガルが呟いた最後の言葉は聞こえていなかった。
「……僕は、君が僕以外の人に想いを寄せるなんて、許さないよ」
それから3日後、ようやく宰相だけが戻ってきた。
あれから何となくエドガルと気まずくて、食堂で食事を取るのを避けてしまっている。
秘書官の仕事部屋で細々とした事務処理の仕事をしていると、宰相の従者が私を呼びに来た。
「メルゼブルク秘書官、ロマネスク様が執務室にお呼びです。今、宜しいですか?」
「はい」
(帰って早々、ただの秘書官である私を呼び出されるなんて、どうしたんだろう? イーゼンハルク様はまだ帰られないし、そのことで何かあるのだろうか?)
不安な面持ち立ち上がり、従者の後を着いて行く。
途中、廊下でエドガルとすれ違ったが、彼の目が何か心配そうに訴えているような気がした。
「どうぞ」
従者に促がされ、宰相の執務室の扉をノックする。
「イーゼンハルク様の秘書官、メルゼブルクです」
「入りたまえ」
扉を開くと、いつもは陽気な雰囲気の宰相が、心なしか真剣な面持ちで、座っている。
重厚な執務室の机の上で、手を握りしめ、何やら深刻そうな雰囲気である。
私が、机の前に立つと、宰相は挨拶もそこそこに本題をおもむろに話始めた。
「レオニード……、イーゼンハルク補佐官のことだが、厄介なことになっていてね。君に頼みがあるんだ」
「厄介なこと……。オルセアン帝国との会談は無事成功したと伺っておりますが、何かトラブルでございますか?」
先日、エドガルと会話した内容がよみがえる。
(例の皇女の話だろうか)
嫌な予感しかしない。
「その話だが、どこまで知っているのかな。オルセアン帝国の交渉役の皇帝補佐官というのは優秀な女性の方でな、実は第1皇女のエリフ様でいらっしゃるんだよ」
私は大きく頷き、答える。
「その話は少し存じ上げております」
「そのエリフ様がな、イーゼンハルク補佐官を随分と気に入ってしまって、平和条約を結ぶにあたり、自分との政略結婚を提案してきた」
「そうですか……」
我が王国もそれを望むのなら、私には何も言う資格はない。そもそも、私とイーゼンハルク様は付き合ってもないのだから。
私は思わず、宰相から目を伏せた。
「だが、我が国としては、帝国の皇位継承権のこともあるし、関係をより強固なものにするため、イーゼンハルク補佐官ではなく、我がブランブルク王国の第2王子ミハイロ王子との婚姻を望んでいる。そもそもイーゼンハルク補佐官自身は拒否しているしな」
(イーゼンハルク様は拒否したんだ。まさか 私のため……?)
私は自惚れてもいいのだろうか。
「で、彼が交渉の席で咄嗟に皇女に嘘を述べたんだよ。自分には婚約者がいると」
私ははっとして、宰相の顔を見る。
「そう、彼はそこに君の名前を挙げてしまった」
「わ、私の名前ですか!?」
私は驚き、思わず聞き返してしまった。
「あいつも何を考えて、自分の秘書官である君の名前を挙げてしまったのか……」
やれやれと呆れた感じで、眉間に皺を寄せている。
「今、メルゼブルク君には誰か特別な相手はいるのかね? 恋人とか」
「いえ、おりませんが……」
その返事に、宰相の顔が輝く。
一瞬、エドガルの顔が浮かんだが、彼とはまだ2週間程前とはいえ、きちんと別れている。
「巻き込んでしまって申し訳ないのだが、しばらくイーゼンハルク補佐官の婚約者のフリをして欲しいんだよ。実はそれに納得いかないエリフ様が、表向きの理由は条約条件の交渉のためということで、しばらくこちらに滞在されることになった。だが、実際はイーゼンハルク補佐官の婚約者である君を確かめに来るためであろう」
オルセアン帝国の皇帝補佐官がわざわざ我が国に来て交渉するとなると、イーゼンハルク様のフランシア赴任の話はなくなる。それは有難いことであるかもしれない。
(だけど、私が偽婚約者を演じるなんて……。イーゼンハルク様に気持ちがある私が、公私混同せず『偽』なんて演じることができるのかしら)
少し不安になる。
「これは王家にとっても、願っても無いチャンスでもある。是非ミハイロ王子本人に会っていただき、なんとかそちらの縁組を進めたいんだよ。ミハイロ王子も優秀でなかなか見目麗しい王子だから、エリフ様もイーゼンハルク補佐官を諦めてくれるやもしれん」
「かしこまりました。その作戦にご協力いたします」
(これは仕事よ、王家命令の仕事)
―――イーゼンハルク様をオルセアン帝国の皇女に渡したくない。
本当の気持ちを隠しつつ、私はこれは仕事であると自分の中で誤魔化した。
その影で、宰相が上手くいったとほくそ笑んでいたことに、私は全く気が付かなかった。
読んでくださり、ありがとうございます!
また明日、更新できるかと思います。よろしくお願いします。