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氷の華の私に、貴方は隠して去って行く

 ―――結局、イーゼンハルク様のキスを拒めなかった。むしろ、求めてしまったかも……。


 女性寮の食堂。

 窓際のテーブル席に一人座り、夕食を食べながら、今日の午後の執務室のことを反省していた。


 仕事を全うするために、頑張って先日のことは忘れて下さいと言おうと思ったのに、何故に再びキスすることになったのか。


(イーゼンハルク様は、あんなキスの後でも平然と、明日からの隣国への視察準備もあるというのに、他の仕事もサクサク仕上げちゃうんだから。どうしてあんなに上手にオンオフが切り替わるんだろう)


 あんな熱いキスをしておきながら、私に対しても涼しい顔で、なんだか悔しい。私はあの後、一杯一杯だったのに。


 とりあえず、明日から1週間はイーゼンハルク様は宰相に付いて隣国へ視察に行く。私はお留守番である。しばらくゆっくり落ち着いて考えることができるであろう。


(はぁ。イーゼンハルク様とキスをすればするほど、深みにはまって行くような気がする……。愛していると囁かれ、あんなキスされたら、誰だって……)


 思わず、また彼とのキスを思い出しそうになり、頭をブンブン振る。煩悩との戦いである。


(酒でも飲まないと、やってられないわね)


 ワイングラスを手に取り、グッと飲み切る。


「あら、アルヴィナ。何か仕事で嫌なことでもあったの? そんな飲み方して」


 声がする方に振り向くと、王宮で私の唯一の友人であるディアーナ・ヘルゼンがこちらに向かって歩いて来た。彼女は王立図書館で働く男爵令嬢で、私と同じ21歳。この女性寮に入って以来、仲良くしている。


「お疲れ様」


 そう言って、私の前に腰掛け、メイドに夕食を持ってくるように指示を出している。


「で、その酒の原因は、仕事? 男? どちらかしら?」

「……男」


 正直に答える。なんせ彼女は恋愛のプロフェッショナルである。元々聞いてもらいたかったので、丁度いい。

 彼女は私と同じ21歳とは思えないほど、恋愛経験が豊富で、男女の駆け引きも上手。うねる栗色の髪に、垂れ目がちな綺麗な青い瞳に泣きぼくろ。ナイスバディで色気のある彼女は、私と違って社交にも積極的で、晩餐会や舞踏会で、いろんな殿方を惑わせているとかいないとか。

 あまりに浮き名を轟かせすぎて、逆に結婚が遠のいているようだが、そこは良しとしよう。


「ヘッセン様と喧嘩でもした?」

「……別れた」


 私がそう答えると、彼女の色っぽい目が大きく見開かれた。


「はぁ〜!?」


 貴族令嬢らしからぬ、間抜けな声が食堂に響き渡る。


「し、静かにっ」


 人差し指を口につけて注意するが、あまり意味がない。


「なっ、なんでよ。あんなにいい雰囲気だったじゃない!? てっきり結婚まで行くかと思っていたわよ」


 そこへタイミングよくメイドが彼女にワインと食事を持って来た。

 メイドのテーブルセッティングが終わり、去るや否や、ワイングラスを片手に話の続きを催促される。


「どっちが振ったの?」

「別れを切り出したのは私だけど、先に浮気したのは彼。昨晩、仕事帰りに情熱的なキス現場を目撃しちゃって」

「浮気!? あんなに貴女にゾッコンだったのに? 相手は誰よっ」

「名前は知らないけど、侍女」

「彼はモテるし、ついフラフラ〜っとなっちゃったんじゃないの? キスだけなら、私的にはセーフだけどなぁ。アルヴィナは許せなかったの?」


 彼女にイーゼンハルク様のことを話すべきか一瞬迷った。一応上官だし、名前は伏せておこう。


「エドガルの侍女にするキスが……ね、私にするより随分情熱的な感じでショックで……」


(あーっ、恥ずかしくて言いにくいっ)


 私はワイングラスにワインを注ぎ、再び飲み干す。


「泣いている時に、他の職場の男性が現れて、慰めてくれたんだけど、流れで私もキスを……」

「何よ、勢いでアルヴィナも浮気したってこと?」


 浮気。そうか、あれは浮気になるのか。


「なら、お互い様じゃない。それでヘッセン様に別れを告げるだなんて、その職場の男性に惚れちゃったの?」


 惚れた。うん、惚れたと言えば惚れた?

 特に彼とのキスに……。


(そうだ! ディアーナなら、キスについて、詳しいかもしれない)


 私は恥ずかしいけど、思い切って、尋ねることにした。


「ディアーナは私よりはキスをしたこと多いでしょ?」

「ん? まぁ、それなりにねぇ」


 彼女は今までキスした男達を思い浮かべているのだろうか、指を唇に当て、視線を宙に彷徨わせている。


 私は彼女に頭を近づけて、小声で話す。


「キスって、人によって、感じ方が違うもんなの?」

「んー、そうねぇ。下手くそな奴は最悪よねぇ」


 ディアーナが指を顎に当て、下手くそなキスを思い出したのか、眉を顰めている。


「上手とか、下手とかではなくて、その〜、フィット感?」

「んー、呼吸をするタイミングの相性とかはあるかしらねぇ。匂いとか? あと、好みのキスの仕方とかねぇ」


 少し生々しい話で、思わずお代わりのワインを口にする。


「あ、でも既婚のご婦人方から、キスの相性は閨の相性と関係しているとかいう噂話は聞いたことがあるわ。流石に私も貴族令嬢ですから、そこまで検証したことないけど」


(ねっ閨)


 それを聞いて、顔が真っ赤になる。


「何? その男性、そんなにキスが上手だったの? ヘッセン様もモテそうだし、それなりに上手そうだけどなぁ」


 私の場合、上手下手は関係ないような。深いキスが嫌いなのは生理的に受け付けないという問題のような気がするし、やっぱりイーゼンハルク様とは特別相性がいいということなんだろうか。


(うーん。やっぱり流石のディアーナでも答えは出なかったか)


「で、その男性と付き合うの?」

「し、しばらくは仕事に専念しようかと思って。なんか恋愛に疲れちゃった」


 その為には、イーゼンハルク様から逃れないといけないけど。


「恋はねぇ、頭でするもんじゃないのよ。気がついたら、落ちているもんなの。何かの受け売りだけど」


 落ちている……、うん、落ちているかも。

 つまり、手遅れ?

 

 私は頭を抱え込んだ。


「……そういえば、貴女の上官のイーゼンハルク様」

「えっ!?」


 ちょうど頭にイメージしていた人の名前を出されて、ドキリとする。


「明日からフランシア王国に視察に行かれるんでしょう?」


 フランシア王国とは、我が国、ブランブルク王国の東側に位置する国である。

 イーゼンハルク様は、明日から宰相と共に、1週間隣国へ行く予定であった。しかし、図書館司書のディアーナがなぜ知っているのだろう?

 私が疑問の目を向けると、ワイングラスを口に傾けながら、答えてくれた。


「私、政務官に知り合いがいるから」

「今の恋人?」

「いえ、恋人候補の1人?」


 ディアーナが口に指を付け首を傾け、可愛らしく考えるふりをする。


「ま、私のことはいいから! で、フランシア王国視察は表向きの理由で、裏で中立の立場であるフランシア王国で、ずっと国交が断絶しているオルセアン帝国の皇帝補佐官と水面下で会談するという噂を聞いたのよ。その話が上手くいけば、オルセアン帝国と数十年ぶりに国交が回復するとか」

「その話はまだ表にされていないのに、その男は口が軽いわねぇ」


 ディアーナは一体どんな技を使って、その話を聞きだしたのか。あるいは、その男の口が軽すぎるのか。私は呆れてしまった。


「私はそんな話、どうでもいいのよ。ただ、本格的に上手く行けば、貴女の上官がそのままオルセアン帝国との平和条約締結の条項をまとめるため、しばらくフランシア王国に赴任されることになると聞いたから」

「!?」


 それを聞いて、私は驚く。それはイーゼンハルク様から聞かされていない話だった。


「そしたら、アルヴィナはどうするのかなぁ〜と思って。秘書官て、そういう時に着いて行ったりするの? それとも配属替えになるの? アルヴィナは私の親友だから、フランシアに行っちゃったら、悲しいなと思ってさ」

「私、何も聞いてない……」

 

 ワイングラスを手にしたまま、私は固まる。


「そうなの? 秘書官の貴女が知らないなんて、ガセかしら? 男の代わりいるけど、貴重な親友の代わりはいないから、私的には行って欲しくないなぁ」


 胸の動悸が激しくなり、頭が真っ白になる。

 秘書官である私が知らないということは、教えなかったというより、秘密にされていたといっていいだろう。


(イーゼンハルク様……。私を置いて行かれるつもりなのだわ。どういうつもりで、私に愛を囁かれたんだろう?)


 それが事実なら、私達の関係を忘れてもらうには、ちょうどいいのかもしれない。

 最近、実力は認められているし、置いて行かれても、別の上官の秘書官になることはできるだろう。


 ―――なのに、私はどうしてこんなに動揺しているんだろう?何故こんなに胸が苦しいの?


 そんなの、答えは分かりきっている。私は本心ではイーゼンハルク様と離れたくないのだ。


(つまり、それは……)


 分かりきっていたけど、私は敢えてその事実から目をそらすため、目をぎゅっと閉じた。



 結局、その晩はよく眠れないまま、朝が来た。出発前のイーゼンハルク様と言葉は交わしたが、宰相もいたし、業務関係の会話のみ。

 昨晩聞いた話を確かめることもできず、愛を囁かれることもなく、イーゼンハルク様は隣国へ向けて、出発されてしまった。



 そんなすっきりしない気分の中、エドガルから再度お昼休みに中庭に呼び出された。


「エドガル、私達はもう別れたのよね? こういうのは困るわ」


 変に期待を持たせてはいけないと思い、きっぱり言う。


「……アルヴィナの気持ちは分かったよ。別れにはまだ少し納得いかないけど。僕のこと、嫌いになったわけではないでしょう? これからは友達として、付き合っていけないだろうか」

「で、でもっ……」

「せっかく分かり合えてきたのに、全く関係なくなるなんて、寂しいだろ?」


 エドガルが悲しそうな顔で言う。


 と、友達……。

 エドガルには浮気されたけど、人として嫌いな訳ではない。

 確かにエドガルは話していて楽しいし、仕事のこととかいろいろ相談しやすいし、このまま関係がなくなるのは寂しいと思っていたけど……。


(でも、こんな中途半端な関係でいいのだろうか)


 イーゼンハルク様の顔が一瞬よぎる。

 とりあえず友達ならいいのかな。それで、エドガルが別れに納得するのなら……。


「分かったわ」



 ―――私がこの判断が間違っていたと気が付くのは、もっと後の話。

読んでくださり、ありがとうございます!


ようやくここから話が進んで行く予定ですが、旅行のため、4日ほど間が空きます。戻ってくるまで、覚えていただければ幸いですm(__)m

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