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氷の華の私の、惑う心

こちらからが短編の続編です。


(どうしよう、どうしよう、どうしよう!!!)


 自分の枕に顔を埋め、思わず足をバタバタさせる。

 伯爵令嬢としては、品のない行為だけど、誰も見ていないので、許して欲しい。それほど頭はパニックである。

 あれから、すっかりキスに酔って、ぼーっとしたままの私を、イーゼンハルク様が女性寮まで送ってくれた。


「また明日な」


 と言われたような気もするけど、頭がフワフワしていたので、あまり記憶がない。こんなこと、人生初めてである。


 自室に戻り、扉をパタンと閉めたところで、ようやく私の正常な思考が動き出した。そして、速攻で寝台に飛び込み、枕に顔を埋めて、今に至る。


(自分の上官とキスしちゃったよ〜っ。しかも、2回目は自分からしちゃったよ〜っ。明日からどんな顔をして、仕事をすればいいのよ〜っ)


 私の表情筋のことだから、見た目はそんなに変化はないかもしれないが。


 くるっと体勢を仰向けにし、天井を眺めると、情欲に満ちたイーゼンハルク様の顔が思い浮かんだ。

 そっと唇に指を当て、イーゼンハルク様とのキスを思い返す。それだけで胸がドキドキして高鳴る。


 ―――麻薬のようだ。


 一度味わってしまうと、二度と忘れられない。何度も味わいたくなるような、抗えない誘惑。

 そして次に、エドガルの顔が思い浮かんだ。


(エドガルとのことも、はっきりさせないと)


 初めて付き合った恋人。いつも優しくて、包み込むような愛を私にくれた人。そして、そんな彼に私も確かに好意を寄せていた。

 抱きしめて欲しいと思うこともあったし、もっと一緒にいたいと思うこともあった。

 なかなか感情を表に出すのは苦手な私だけど、最近、ようやく本当の自分をさらけ出すことができるようになってきたのに……。

 穏やかで温かな愛。二人の間には、確かに育まれていると思っていた。


 しかし、その認識も一転してしまった。

 エドガルと侍女との情熱的なキスを目撃したからだけではない。イーゼンハルク様との熱いキスで、私の中の、何かが目覚めた。


 エドガルの浮気は確かにショックだったけど、それ以上にイーゼンハルク様との感じるキスの方が、私にははるかに衝撃だった。


 浮気現場を目撃したショックで、確かに心に隙はできていたかもしれない。でも、それだけではあの感じるキスは説明できない。そして、情欲に満ちたイーゼンハルク様の瞳に強く惹かれる自分をはっきり感じてしまった。


 ―――焦がれるような恋。


 昔、小説で読んだことはあったけど、氷の華と呼ばれる自分がまさかこんな気持ちを味わうなんて。


(でも、このままでは、イーゼンハルク様と向き合うこともできないし、まずはエドガルと向き合わないと)


 そこへ扉がノックされる。

 返事をすると、1人の若いメイドが入ってきた。


「メルゼブルク様、お食事はお部屋で取られますか?」


 この貴族寮には、各フロアにメイドがついており、食事も食堂で食べることも、希望すれば部屋で食べることもできる。

 寮の個室は広いワンルームで、隣に衣装を仕舞うドレッシングルームとバスルームがついている。貴族令嬢用の部屋なので、それなりに品良く華美な家具でまとめられているが、寝台の横に二人掛けのテーブル、化粧台などが置かれている程度で、生活実用性重視の造りとなっている。

 出来れば女性寮にいる、唯一の友人に話を聞いてもらおうかとも思ったが、今日は時間も遅いし、食堂にはもういないだろう。今晩は部屋で食べることにした。


「部屋で食べます。準備をお願いするわ」

「かしこまりました」


 ふとメイドが私を見て、目を見開く。


「メルゼブルク様、何かございましたか?」

「?」


 化粧台の鏡を見ると、目は少し腫れ、口紅は落ち、なかなか酷い顔である。


「……お酒も頼むわ」


 今日はお酒でも飲まないと、眠れそうにない。




 翌朝、宰相補佐官の執務室に顔を出すと、いつものように、イーゼンハルク様がマホガニー材を使った重厚なデスクに腰掛け、書類に目を通していた。


(平常心、平常心)


 心の中で呪文を繰り返す。


「イーゼンハルク宰相補佐官、お早うございます」


 私の呼び掛けに、イーゼンハルク様がゆっくり顔をあげる。その表情は通常通り、冷徹なソレである。


(良かった。いつも通りだ)


 仕事の上で気不味くなるのは避けたかったので、ほっとした……のも束の間。


「レオニードだ」

「へっ?」


 思わず変な返事をしてしまった。


「2人の時は、私のことはレオニードと呼んでくれ、アルヴィナ」


 読み取れない表情のまま、じっと私を見つめる。


「れ、レオニード???」

「そうだ」


(む、無理無理。いきなりの名前呼びなんて、無理です! 大体、私達の関係もまだ曖昧なままですよ!)


 目を見開いて、思わず首をブンブン横に振る。ここに同僚の秘書官やいつもの女官達がいたら、さぞや驚くだろう。

 またもや氷のはずの私は完全に取り乱してしまった。


「む、無理です! 仕事とプライベートははっきり分けたいので。あ、貴方様は私の仕えるべき上官です!」


 イーゼンハルク様の眉が不満そうに顰められる。


「エドガル・ヘッセンのことは、いつもエドガルと呼んでいるではないか」

「エドガルは付き合っておりますが、イーゼンハルク様とはまだ付き合っておりません!」

()()な」


 イーゼンハルク様がニヤリと笑い、いつもの冷徹な表情とは打って変わって、大人の色気を醸し出す視線を送りながら、綺麗な長い指を自分の口元に持っていく。


「……っ」


 思わずイーゼンハルク様の唇を意識してしまい、血が頰に上ってくるのを感じた。

 その時、扉がノックされた。どうやら宰相からお呼びがかかったようである。


(た、助かった〜)


 イーゼンハルク様が扉から出る際に、私の耳元に囁いた。


「もう手加減はしないから、そのつもりで」

「!」


 私が固まっていると、パタンと扉が閉まる。

 腰が抜け、その場で座り込みそうになってしまった。


(イーゼンハルク様、私にはレベルが高すぎます……。こんな状況じゃ、仕事に集中できないよぉ)


 私は思わず頭を抱え込んだ。


(これではダメだ)


 目を瞑り、ふぅっと深呼吸して考える。


 私は秘書官の仕事に誇りを持ってる。

 ここに至るために、学園でも、大学校でも、職場でも、常に全力で努力してきた。

 両親の勧めてくる条件の良い見合い話も全て跳ね除け、家族の反対を押し切り、男性と肩を並べて働く道を選んだ。

 学園在学中から異性には脇目も振らず、まだこの王国では珍しい、ひたすら仕事に生きる、自立した女性を目指してきた。

 エドガルは伯爵家二男だったから、もし結婚しても、仕事を続けるという選択肢があったが、侯爵家嫡男で次期宰相有力候補のイーゼンハルク様と結婚するとなると、間違いなく仕事を辞めなくてはいけない。


(私は秘書官の仕事を捨てることはできない)


 確かにイーゼンハルク様には惹かれているのは認めるけど、これまで積み重ねてきた努力を、ここで捨てるという選択肢は簡単には選べない。


(ごめんなさい、イーゼンハルク様。今の私は、貴方への恋情と仕事を両立させる自信がありません……。それに一緒になる将来を考えられない関係なんて、私には辛すぎます……)


 理性を働かせば、私が選ぶべき選択肢は自ずと見えてくる。


 ―――私はこの芽生えかけた感情に蓋をしないといけない。


「レオニード様……」


 本人の前では呼べない名前をそっと呼んでみる。

 胸がキュッと切なくなる。


 理性ではどの選択をすればいいのか簡単に分かるのに、私はあのキスを忘れることができるのだろうか―――

読んでくださり、ありがとうございます!


第3話がエドガル視点、第4話はイーゼンハルク様視点になります。連日投稿予定です。

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