5話 異形の妖
細い路地を突き進んで先にあったのは何らかの理由で解体途中に放棄されたビルだった。
周りを取り囲むフェンスに括りつけられた工事予定の書かれたボードの日付は二年前から時を刻むことなく日に焼けて色褪せていた。
瘴気の大本は解体途中のビルの中だろう、立ち入り禁止のフェンスが置かれロープも張られているが、半壊した自動ドアのガラスの先から漂ってきているのがわかる。
瘴気の他にも数は少ないが低級霊の姿も見え、これがフィリア居た世界では魔物という分類で呼ばれるのだろう、こっちの世界の知識に照らし合わせるとフィリアの言う魔物とは妖の類であり、見た以上放置はできない。
フラフラと近づいてきた低級霊に風刃を撃ち込み霧散させる。
「フィリア、あれと戦える?」
ビルに踏み込む前に未だ入り口で漂っている低級霊を指し確認を取る。
これを相手に出来ないようなら中に連れて行くのは危険すぎる。
「戦闘能力の確認ですね、お任せください」
そう言うなりエルフィリアは左手を前に突き出し右手を添えると一言呟く。
「……【神聖なる風】…」
その手に白い光を生み出すと漂っていた低級霊に一斉に射出する。
少ないとはいえ勝手気ままに漂う低級霊に対し、その光は一つとして外れる事無く突き刺さり消滅させる。
威力は若干過剰だが展開速度・正確性共に文句の付け所がない。
「問題ないみたいね、でも建物の中どうなっているかわからないから……」
「はい、無理そうなら引き返すこと考える、ですよね?」
対峙する心構えもちゃんとできている、ならばこのまま行く。
躊躇うことなくビルに足を踏み入れる。
中途半端に崩されコンクリートが剥き出しになった壁、タイルの割れた床、不法投棄された雑多なゴミ、そして建物内に漂う重苦しい瘴気。
一歩踏み入れたそこは外界の景色を遮断させ別世界の様相を呈していた。
「これは流石にちょっと発生しただけのものというには難しいかな」
さっきから背中をザワリと撫でるような嫌な空気が纏わりつく。
「こちらの世界であっても、これは異常なこと、なのですよね?」
「さっきみたいなのがちょっと発生するくらいならまだあるけど、これは流石にね」
話をしている間にも低級霊が散発的に仕掛けてきており、片手間で済んではいるものの撃ち落とす作業に手を取られる。
「あ~もう切りが無い。というか全然進めないじゃない」
一歩進む度にどこからか発生する低級霊に辟易する。
「榛香、少し任せても大丈夫でしょうか?」
「何かするの?」
「えぇ、榛香の言った通りキリが無いので少し対策をしようかと」
持久戦に持ち込んでもジリ貧なのはわかっている、この状況を好転できるならと思い引き受ける。
「わかった、お願い…」
その返事を聞くやエルフィリアは迎撃を止め何もない空間に手を突き出す。
よく見ると手元に黒い渦の様な物が発生し、そこから一本の杖を取り出していた。
あの技術は何だろう。気になるけど今はそれどころじゃない。
こちらの弾幕が薄くなったのを幸いに低級霊の群れが大挙して襲い掛かってくる。
「任された以上、少しは耐えて見せないとね」
仕込んでいた呪符を取り出し宙に抛る。
素早く印を組み霊力を注ぎ札に込められた術式を開放させる。
【符術・炎陣縛鎖】本来ならば炎の鎖で対象を束縛する術だが、今回は少しアレンジを加え二人を中心に大きく展開させ侵入を防ぐ結界を作り上げる。
低級霊程度なら触れた瞬間に焼き尽くす事が出来る。
欠点としては、術の展開中に移動ができない事だろうか。
低級霊の群れを凌いでいると後ろから涼やかな声の詠唱が聞こえてくる。
「……『-不浄の大地、厄災の咎、遍く罪を浄化し標となり、我が路を示したまえ【成長する聖域】-』……」
杖を両手で構え、目を閉じ、謡うように紡がれた詠唱……術名を唱えると澄んだ音を響かせ柔らかな風が廃墟となった建物内に広がる。
「凄い……」
見る見るうちに浄化されていく低級霊と瘴気。
再び発生する様子も無く清浄な空気がその場を支配する。
「……終わった、の?」
「いえ、大半は浄化出来ましたけど一部干渉できない場所がありました。おそらく元凶がそこにあるのではないかと……」
「そう、この結界だけれど効果はどれくらい続くの?」
「えっと、一時間程で消えるかと」
「なら、このまま行きましょう。放置するには危険すぎるから」
なんだかんだと、いつの間にか背中を任せるくらいに榛香はエルフィリアの事を信頼していた。
同年代では頭一つ抜けた実力を持っていた為誰かと組む事は今まで無かったけど、まるで長く共に戦ってきたパートナーであったかのようなものを感じる。
エルフィリアの術で障害がなくなった為速度が上がり元凶と思われる部屋に一息にたどり着く。
二階、最奥の部屋。
入口にかかったプレートには大会議室と書かれている。
お互いに何者かの気配を察知し頷きあい、扉を開け放ち部屋に踏み込んだ。
……中には一体の異形が佇んでいた。
不自然に筋肉が盛り上がりバランスの悪くなった体。
すでに目には理性の色は無く荒く息を吐いている。
口からは人間ではありえない牙が伸び、その額からは一本の角が突き出している。
「鬼?」「鬼人?」
お互いに別の名で呼ぶが多分同じものだろう、その特徴的な部位から判断するも通常のタイプとは大分かけ離れている。
本来、鬼は上位の妖怪であり力に頼る者が多いがその実、知能は高く思慮深く狡猾な者が多い。
目の前のように理性無き状態に堕ちるのは考えられない。
それに、変に筋肉が付いて大きくは見えるが鬼にしては小柄な体格である。
と、なれば……人を依り代に受肉した鬼。
人を依り代として憑依したものの、器が耐えられなかったのだろう、精神を壊し破壊の化身と化す。
「フィリア、これちょっと大変かも。でも、二人でならやれる、そうでしょ?」
「なんで少し楽しそうなのかわかりませんが、問題ありませんお付き合いします」
その言葉が聞こえたのか鬼の濁った眼がこちらに向けられた。
来る!
鬼の拳が今まで立っていた場所に叩きつけられ、元凶との戦いが始まった……
ちょっと仕事が忙しいので明日の更新はお休みします。
問題なければ明後日は更新できると思います。