2話 目覚め
小鳥の囀りが聞こえる。
瞼にかかる太陽の光を感じ徐々に意識が覚醒してくる。
「……ん」
薄く目を開き天井を見上げるも焦点がうまく合わない。
こしこしと目を擦り、顔にかかる髪を払い再度天井を見上げる。
木目の天井が見えた。
……あれ??どういう事だろう???
私の知っている天井は石造りであるはずだし、そもそも私の寝台は天蓋付きで天井は直接見えないはず。
そういえばさっき瞼越しに感じた太陽の光も本来なら直接射し込むような事はなかったはず……?
戸惑いながらも上体を起こし部屋を見渡す。木と紙で作られた部屋。
草?を編み込んだような床に直接寝具が敷かれそこに寝かされていたようだ。
扉?と思われる物も木枠に真っ白な紙が貼られているだけであり、その紙を透かし太陽の光が部屋に射し込んでいるのがわかる。
備え付けられている家具は壁際に木目の美しい重厚なキャビネットらしき物に今まで寝かしつけられていた寝台、それと扉の中間あたりに背の低いテーブル。
その他には、幾つかの用途の分からない魔道具らしき物。
とりあえず見覚えのない場所であり現状の把握に努めようと記憶を探る。
「えっと、確か昨日は……」
呟いた直後、忘却されていた記憶が唐突に脳内に叩きつけられた。
自分という存在が徐々に薄れていく感覚を思い出し身体が震えてくる。
「どうして私は生きているの?」
震える身体を抱きしめ、落ち着かせようと必死に思考を巡らす。
私は……私の名前はエルフィリア=フィル=リーゼス。
リーゼス聖王国の第二王女であり、今代のリーゼスの聖女を受け継いだ人間。
改めて見覚えのない部屋を眺める。
知らない造りの部屋の為、場所の把握がつかない。
「死後の世界……という感じでも無いですよね?」
よくわからないが感覚的に死んだわけでは無い、生きている、のだとは思う。
記憶が確かならこの身を依り代として【英霊召喚術】の儀式を行い、器としての役目を果たす為に私という魂は消滅したはず、なのに……
服は儀式の時に着ていた聖衣では無く、肌触りの良い変わったデザインの白いローブの様な服を着せられていた。
とりあえず、拘束されているでも無く見張りが居る訳でもない、寝かされているだけという状況から、ここの家主はこちらに対し害する気は無いのだと思われる。
「よかった。目が覚めたみたいね」
考えに耽っていると、部屋の木枠と紙で出来た扉-障子というらしい-が開き、黒髪の女性が入ってきた。
声を掛けてきたのは自分より少し年上の女性、それとその後ろから自分と同年代と思われる少女がついてきている。
「言葉は通じていますか?」
「えっと……はい、わかります」
返答をするとほっとしたように表情を緩める。
「外国の人のようだから心配だったのだけれど、とても綺麗な日本語ね」
「……ん、日本語?」
「?」
「あ、この言葉……どうして理解できるのでしょう?」
「どうして、と言われても、ね……」
言われてみれば今話している言葉は大陸共通言語ではない、普段から使っているかのように自然と口にしていたようだ。
知らない言語のはずなのに、どうして?
「考え込んでいるところに悪いのだけれど、いいかしら?」
「あ、はい。なんでしょうか?」
どうも私は疑問を感じるとすぐに思考の海に潜ってしまう癖がある。
居住まいを正して見つめ返す。
「いくつか聞きたいことがあります。と、その前に……私は御巫雅、こっちは妹の榛香。貴女の名前を聞いてもいいかしら?」
「そうですね、申し訳ありません。私はエルフィリア。エルフィリア=フィル=リーゼスといいます」
「エルフィリアさん、ね。まず聞きたい事は、貴女はどこからどうやって来たのか?という事ね」
真っ直ぐこちらを見つめる目、不審の色は感じられない、純粋にただ疑問に思っている目。
初めて会った人だというのに気遣ってくれているのがわかる、この人はきっと良い人なのだろう。
「そう、ですね。質問に質問を返すのは失礼だと思いますが先に伺いたいことがあります、よろしいでしょうか?」
知らない部屋の造り。
それと初めて聞く日本語という知らない言語。
私の予想が正しければ……
「ここは……どこなのでしょうか?」
恐らくここは、私の居た世界とは違う。
「どこ?と言われても。国の名前?それとも町の名前?」
「国名を伺ってもいいですか?」
「国の名前は日本よ。英名だとジャパンと呼ばれるけど」
不思議そうな顔をしつつも答えを返してくれる。
英名とは何だろう?
とりあえず国の名前に聞き覚えはない。なら……
「……では、エルアルス大陸という名前を聞いたことがありますか?」
「ごめんなさい、私は聞いた事はないけど、榛香は知っている?」
「いえ、私も聞いた事はないです」
「だ、そうよ」
やっぱり、そうなんだ。
エルアルス大陸とは私の居た世界での最大の大陸の名前。
そこを知らないと言うのなら……
「確証がある訳では無いのですが……私は、多分この世界の人間では無いのだと思います」
おかしな人だと思われないだろうか?
異なる世界へ飛んだ、なんて……
異世界から英雄となる者を呼ぶつもりが、逆に自分が飛んでしまうなんて、冗談みたいな話。
「異世界、ね。その可能性もあり、かな」
「……え?」
本気に取って貰えるとは思ってなかったのに、意外な台詞が耳に届いた。
雅が、どこか腑に落ちたという表情で説明してくれる。
「貴女が現れた時に展開していた魔法陣だけど、一部だけだけど解読できたから」
「それは、どういう?」
「解読できたのは、時空・空間・転移。私は、過去か未来から来たかと解釈していたのだけど、異世界という解釈でも決しておかしくないと思うのよ」
魔法陣を解読?そんな簡単にできるものなのだろうか?
「魔法陣とは、どの系統で使われるものであっても一定の法則はあるのよ。そしてあの時の魔法陣だけど、何故か一部にこの国で使われている言語が含まれていたの。辛うじてそこを読み取れた結果なのだけれどね」
「そう……ですか」
正直、どうすればいいのかわからない。
私は、どうしたらいいのだろう。
「ねぇ、エルフィリアさん。確認なのだけれど、貴女は自分の意思でここに来たのでは無いのよね?」
「はい」
「そう……わかりました。行く当ても無いのでしょう?気持ちの整理も必要でしょうし、暫くはこの家に滞在してはどうかしら?」
「よろしいの、ですか?」
見ず知らずの素性の知れない人を置いてくれる。
どうして、この人はここまで……
「どうして?って顔をしている」
控え目だけれど楽しそうに笑顔を見せて声を掛けてくれる。
「そうね、初めて会ったはずなのだけれども他人の気がしないのよ」
「姉さんもですか?不思議ですよね、エルフィリアさんと居ると穏やかになれるというか、何か安心します」
「ほら、ね。今後の事は落ち着いてから考えましょう」
何だろう、すごく心に沁みる。
そっか、私、不安だったんだ、だからこんなにも……
「ありがとう、ございます……」
知らず涙を流していた私に榛香が優しく声を掛けてくれる。
「ほら、泣いていたら美人が勿体ないですよ。私、先に朝食の支度をしてきますね」
照れくさかったのか慌ただしく去っていくその横顔にはほんのりと朱が差していた。
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