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1話 退魔執行官

「これで……最後、かな?」


 学院の制服姿の少女、御巫(みかなぎ)榛香が右手で印を結び、その手を水平に振り抜く。

 すると、指先から不可視の刃が複数放たれ、廊下の先から迫ってきていた怨霊を切り裂き霧散させる。


【木術・風刃】陰陽七属性の一つ、木属性に位置する初級陰陽術。


 術者の技量により刃の数や規模は変動するものの、字の通り風の刃を形成し対象を切り裂く基礎攻性術である。


 ここはオフィス街の一角に建つ廃ビルの最上階。


 ある程度の広さと想定以上の怨霊の数に思ったよりも手間取られたものの最後の怨霊が祓われると、それまで建物を覆っていた瘴気が徐々に薄れていく。

 今は動く者の姿はなく彼女のローファーが奏でる靴音だけが月明かりの射し込む廊下に響いている。


 彼女は古くから(あやかし)を祓い、調伏する事を生業としてきた御巫家の次女である。

 妖、それは鬼や妖怪、幽霊といった存在の総称。

 一部を除き殆どが精神体で存在している為、力を持たない一般人では干渉する事自体が不可能な存在である。


 そもそも、それらは本来ならば認識する事自体が出来ない存在であった。

 異常気象や地殻変動により地脈が損傷し霊脈が乱れ、そこに内包されていた力が世界に拡散した事により人類は妖を視る異能【見鬼(けんき)】を得るに至った。

 この異能の発現により大多数の人間にとっては関わる必要の無かった世界と向き合わざるを得ない状況に陥る事となる。


【見鬼】とは妖を視る事が出来るというだけの異能である。


 本来ならばこの異能は、妖と対峙する為の修行を行う際、副次的に得る異能であり、それらに対して抗う術を持つ者が得るはずの異能である。

 こちらから干渉する術も心構えも持たずに【見鬼】だけを得てしまった事により、人々はそれらに対し抵抗する事が出来ず、直接的な干渉を受ける事になった。

 本来、視える事が無ければ影響を受ける事は余り無いのだが、視える事によりそれらから受ける干渉力が強くなる為、目に見える形で被害が増大していった。


 そんな中、各国の首脳陣の間で、ある議題が可決された。

 今まで公に認められていなかった存在の認知、魔法使い、霊媒師、超能力者、退魔師、エクソシストといったオカルト系統の情報の開示と運用する組織の設立である。

 表舞台に出てから未だ半世紀にも満たぬ歴史ではあるが、その存在は今や無くてはならぬ存在となっている。


 一応の所属は国連であり、名称として【国際連合退魔協会】となってはいるが、協会で管理しているのは世界規格で統一された退魔執行官の国際ライセンスくらいであり、実際は各国で設立された対霊退魔の専門機関にて管理し運用されている。

 名目上、日本に存在する専門機関の名称は【国際連合退魔協会 日本支部】となってはいるが、国内での名称は【対霊的現象対策庁】、通称は【陰陽庁】となっている。

 平安時代に存在した陰陽寮を祖とし、現代までその存在を知られる事無く連綿と続いてきた組織である。


 御巫家は陰陽寮が設立される以前から続く、陰陽の名門の一族の一つである。

 その家柄ゆえ、彼女も幼い頃より厳しい修行を課せられてきた。

 結果、十五歳という若さで退魔執行官の資格(ライセンス)を得ていた。


 受験資格は十五歳からなので取得は可能ではあるが、実際は何度も受験し経験を積んで合格するのが普通であり、実際取得できるのは十八歳以上が殆どである。

 しかも彼女の場合、ただ合格するのではなく、実技試験において現役の退魔執行官を降した事により飛び級が認められ、一流の証であるB級での資格の発行となっていた。




「お疲れ様です」


 除霊を終え裏口から外に出ると一人の男性が出迎えてくれる。


「予定の時間に戻られないので心配していたところです」

「すいません、思ったよりも数が多くて時間がかかってしまいまして、連絡を入れておけばよかったですね」

「いえ、怪我も無く仕事を終えられたようで何よりです、自宅までお送りします。こちらへどうぞ」


 そう言い、路肩に停められた白いセダンの後部座席に案内される。


新垣(あらがき)君、出してくれ」


 本人は助手席に乗り込み指示を出す。


「了解っす。お疲れ様です、御巫さん」


 運転席に居た青年はこちらを向いて一言労うと視線を戻しゆっくりと車を発進させた。


「それと、お疲れでしょうがこちらをお願いします」


 助手席に乗り込んだ男性、進藤(しんどう)警部補がクリップボードに留められた一枚の書類を渡してくる。

 これは、祓った妖の等級や数、使用術具とそれに伴う経費申請といった簡易報告書であり、これを元に彼らが正式な報告書を作成し連絡を行ってくれる。


 進藤寿(ひさし)、警視庁心霊対策課の警部補、元B級退魔執行官。


 新垣智明(ともあき)、警視庁心霊対策課の巡査、D級退魔執行官。


 現在、陰陽庁所属の退魔執行官に対し心霊課の人間が複数名サポートに入るという体制になっており、この二人が私の担当となっている。


 書類の記入を終える頃、ちょうどよく車も到着したようだ。

 車が停められたのは町の北東部にある小高い山の上へと続く細い山道の入り口。

 山の大半が結界で護られており、ここの中腹に自宅である神社が存在する。

 正門と別のこの山道は霊紋登録している人だけが通れる裏道で普段からよく使う道である。

 人が二人並んで行き交えるくらいの道幅で造られ手入れされてはいるが、街灯も無い月明かりしかない暗い山道であり常識的に考えて高校に入学したばかりの十五歳の少女を一人置いていくような場所では無いがそこはもう慣れたものだ、躊躇いなく車を降りると礼を述べる。


「送っていただきありがとうございます」

「いえ、こちらこそ帰宅前の急な連絡でしたので申し訳ないです」

「気にしないでください、私たちの仕事はそういうものですから」


 そう返すと進藤警部補も肩を竦めて苦笑する。


「そう、ですね。今や人々の知る事になったとはいえ我々のやるべき事は変わらない。抗う術のある我々の義務ですから」

「はい」

「では、我々はこれで。何かありましたらまたご連絡いたします。お疲れ様でした」

「はい、お疲れ様です。ありがとうございました」


 手を振り、車が見えなくなるまで見送ると踵を返す。


「さて、と……ちょっと疲れた、かな」


 制服のポケットから懐中時計を取り出し時間を確認する。


「21時半、か」


 最近仕事が多い気がする。山道を歩きながら思考に耽る。

 元々、妖と直接対峙できる退魔執行官の数は多いわけではないが、以前まではこうも頻繁に呼ばれる程に仕事自体が多くは無かった。

 一応、上位であるB級での資格は持っているが正規の退魔執行官として、私はまだまだ初心者だ、その私ですら連日現場に駆り出されている。

 兄や姉からは特に何も聞いていないが、何かが起こっているのではないかと心配になる。


「ん……あれ?結界内なのに空間が揺らいでいる?これは……」


 何時もとは違う違和感、何が起こっているかわからないけど、この現象が異常だとは理解できる。

 場所は、境内。

 不安に駆られ駆け出した先にあったのは、複数の魔法陣が組み合わさり展開していた巨大な積層型の立体魔法陣だった。

 警戒しつつも見知った人影が魔法陣の傍に佇んでいたので声をかける。


「姉さん、これは?」

「榛香……おかえりなさい。帰宅早々に悪いのだけれど後ろで構えていなさい。詳しくはわからないけれど、これが異常なのは貴女も理解しているでしょ?」


 見れば姉もいつでも行動に移れるように戦闘態勢をとっているのがわかる。

 霊装である巫女服姿、右手に札、左手に錫杖。

 鮮やかな光を放つ魔法陣を睨みつけるように見つめながら口を開く。


「恐らくだけれど、これは転移陣。私と榛香とだと前衛が居ないから私が前に立ちます。援護をお願いね」

「兄さんは居ないの?」

「えぇ、連絡が取れないのよ。でも連絡が取れたとしてもすぐには来れないだろうから仕方ないけど……」


 油断せずに見ていると、魔法陣の光が徐々に失われていき、一枚また一枚と魔法陣自体も消えていく。

 長いようで短いような時間をかけ、すべての魔法陣が消えると、そこには倒れこんだ人影があった。

 月明かりを反射させたように輝く紫銀色の長い髪をした少女。

 ファンタジーの世界で見るような白いローブのようなものを纏い、眠っている。


「姉さん?」

「……敵、というわけでは無さそうね」


 姉の表情を窺うも困惑しているのが見て取れる、私も似たような顔をしているのだと思う。


「悪い気配は感じないし、でもどうやってここに……」


 一頻り思考したのか、一度瞑目すると迷いを払うように口を開く。


「とりあえず、ここにこのまま寝せておくのも酷よね、私が連れていきます。榛香は離れの客間に布団の用意をお願い」

「えっと、大丈夫なの?」

「そうね、なんかこの娘、見ていると安心するというか……よくわからないけれど大丈夫だと思うわ」


 何か不安を感じさせる台詞だが、彼女を見て安心するという感覚は分かる気がする。

 私も彼女の纏う空気に不思議と安心感を覚える。

 凄く綺麗な子で、違う意味で動揺はするけど……


 一先ず彼女を早く休ませてあげようと思い、客間を整えにその場を去ることにした。

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