序章 転校生
「おはようございます」
澄んだ声を響かせながら一人の少女が楚々と教室の扉を開けて入ってくる。
ホームルーム前特有の賑やかな朝の喧騒の中でも不思議とその声は良く響き、そこに存在する全ての人の耳目を集める。
風の動きを模ったような長く緩やかに靡き腰まで伸びた薄く紫に色付く銀の髪。
紫水晶の瞳は薄っすらと翳りを投げかけるようで、彼女の神秘性を助長させる。
また、その肌は染み一つなく新雪のように白く、まるで童話の世界から抜け出してきた妖精か姫君を連想させる。
彼女の名前は、エルフィリア=フィル=リーゼス。
その容姿、名前から分かるように日本人では無く、とある事情により今から一週間ほど前にこの学院に編入することになった生徒である。
豪奢なドレス姿を想像する方が容易な彼女ではあるが、今は通学鞄を片手に学院指定の制服を身に纏い教室に足を踏み入れた所で一際賑やかになった人だかりに埋もれていた。
姦しい賑わいも二日三日もすれば治まるだろうと思っていたのだが一週間経った今でも治まる事は無く、逆に他クラス他学年からも噂を聞きつけて人が集まる始末である。
微笑みを絶やさずに一人一人に穏やかに対応する姿には常日頃から好奇の視線に晒される人特有の余裕すら感じさせる。
「あ……おはようございます榛香」
やがてホームルームも間近に迫り、人いきれも収まった頃、此方に気付くと先程とは違う、友人にだけ見せるほんのりと柔らかさを含んだ微笑みを浮かべて挨拶を掛けてくれる。
「おはよう、フィリア。流石に一週間もすれば落ち着くかなって思っていたけれど、相変わらずみたいね」
「えぇ、そう……ですね。ある程度は最初から諦めていたのですけど」
眉根を寄せ、困りましたと言いたげに溜息を吐いて見せるも、その声音や立ち居振る舞いに疲れは一切見られず、それらがただのポーズだとわかる。
今でこそ友人という関係ではあるが、彼女との出会いは今から三週間ほど前でしか無い。
あの夜、不思議と何処か安心する空気を纏う彼女と出会って……
……私は、彼女のこの世界での最初の友人になった。