決着、そして旅立ち
平手打ち、親に怒られた時に何回も食らったことがある。痛いには痛いんだが最終的には慣れてくる。その程度の打撃だ。
だが、今俺が食らったのはそんなもんじゃない。俺の身体だけじゃなくバイクの車体さえも巻き込んで空中に吹き飛ばした。
「ガァ…ハァ!グアァァア!」
バイクと共に吹き飛んだ俺は受け身をとれず地面に叩きつけられた。
骨が軋む…左腕…折れてんなこれ…
「リュージさん!大丈夫ですか!怪物が…」
「あ、あぁ…心配すんな!それよりエレナちゃん動くなよ…怪物に勘付かれないように…」
「それが…怪物が、怪物がリュージさんの方に向かってるんです!」
な、何だと?!何でだ…足音は立ててねぇはずなのに…
ドッドッドッドッド…
これか…!俺と一緒に吹き飛ばされ、すぐ近くに倒れているバイクのエンジンがまだ動いてる。奴はそれの振動を辿ってるんだ!
『ウゥ…ウゥ…ゴロ…ゴロズゥゥ…』
ドスン、ドスン
ゆっくり、だが確実に俺の方に近づいてる。クソ!身体が動かねぇ…足もやられてんのか!もう、怪物は目の前だ。どうする?!諦めんな、何か手が…
タン!タン!タン!
『ウゥ?』
怪物の動きが突然止まり、俺とは違う方向にその身体を向けた。そこには…
「こっちよ化け物!早くこっちに来なさい!」
「馬鹿野郎!何やってんだエレナちゃん!」
俺から離れた位置にいたエレナちゃんがその場でジャンプして怪物を自分の方に引きつけようとしている。
「やめろ!死んじまうぞ!」
「リュージさん逃げてください!この怪物は私が引きつけます!」
「クソ!動け!何で動かねえんだよ俺の足は!」
怪物は完全に進路を変え、エレナちゃんの方へ向かっていった。このままじゃエレナちゃんが…
村長と約束したじゃねぇか…エレナちゃんは命を懸けてでも守るって。それがどうだ、今守られてんのは俺じゃねぇか!こんな情けねぇことがあるかよ…あんだけカッコつけといてこのザマかよ…女の子1人守れねえのかよ俺は!
『力ヲ望ムカ?』
「な?!だ、誰だ!」
いきなり声がした。俺でもエレナちゃんでも怪物でもない。この場にいる誰のものでもない声が。
『力ヲ望ムナラバ飲メ。貴様ガ真ノ強者ナラバ我黒雷ヲ貴様ニ預ケヨウ。』
俺のポケットから黒い球体が浮かび出てきた。
『黒龍の雷珠』こいつか…こいつが俺に語りかけてきてたのか。
俺は宙に浮かぶ雷珠を手に取った。この世界に転生する前、爺さんから貰ったもんだ。
(それはな危険な代物なんじゃよ。黒龍の力はワシが想像していてたものよりも強力でな。それを飲んだ者は相性が悪ければ黒龍の力に呑まれ暴走してしまう危険性があるんじゃ。)
二つに一つだ。俺がおかしくなっちまうか、力を手に入れるか。飲む機会は何度もあった。だが心のどこかでビビってたのかもしれねぇ。
だが…もうそんなこと気にしてる場合じゃねぇ!
「偉そうな口叩いてんじゃねぇ!守らなきゃならねぇんだ!黒龍!俺に力を貸せ!」
=====
ドスン…ドスン…
『マデェ…ゴロズ…ゴロズ…』
「はぁ…はぁ…こっちよ!捕まえてみなさい化け物!」
私は怪物が狙いを変えた!走って出来るだけリュージさんから距離を離さなきゃ!
『ウガァァァア!!!』
ズドーーーン!!!
「え?キャァァア!」
怪物が拳を叩きつけるとまるで地震かのように地面が揺れ、私は足がもつれてこけてしまいました。
「うぅ…早く、早く逃げなきゃ…ひぃ!」
『ゴロジデヤル!ゴロジデヤルゥ!!』
怪物はいつのまにか距離を詰め、その岩のような拳を振り上げ私に向けて振り下ろそうとしています。
逃げなきゃ、走らなきゃいけないのに足が震えて…怪物の拳が私に向かって迫っている。覚悟を決めたはずなのに、やだ…死にたくない…
『死ネェェェ!!』
「やだ…助けて…リュージさん…リュージさぁぁぁあん!!」
ズド…バチ…バチバチ
…あれ?生きてる?怪物の拳がこない?それにこの音は…電気?
私は顔を上げ、目を開けると目の前に立っている人物が怪物の巨拳を片手だけで受け止めています。
「よう、迷惑かけたな。エレナちゃん。すげぇ覚悟だったぜ。」
「リュージさん?!大丈夫なんですか?傷は、それにその姿は…」
リュージさんの顔や手には見ただけで硬質と分かる艶のある黒い鱗が浮かび、腰あたりから同じように黒い鱗に包まれた尻尾が生え、時折体の周りに黒色の電流がほとばしっています。
「まぁ、運が良かったってことかな?とりあえずこのデブをぶっ殺してからだ。」
『ウゥゥゥゥゥ!!ウガァァァ!ゴロジデヤル!!』
「世話になったな。散々暴れてくれやがって、今度はこっちの番だぜ!オラァ!」
リュージさんの姿が消えたかと思ったらいつのまにか怪物の巨体がいきなり上に飛び上がりました。リュージさんは怪物がいた場所で足を高く振り上げています。
「まさか…蹴りであの巨体を?!」
『ガァァ…ァァ…』
「これで決めるぜ。俺のバットは痛えぞ?」
リュージさんは落ちてくる怪物を見上げ、その両手に握っているバットも黒い電流を纏っています。
『グォォオ!!ニンゲン!ブチゴロズ!!』
「とくと味わいな、これが広島のテッペンを獲った、黒龍総長のバットだ!ウォォォォォォ!!」
カッキィィイイイン!!!
『グアアァァアガガガガ!!!』
落ちてきた怪物の身体にリュージさんの振り上げたバットが深々と突き刺さり、それと同時にその身体は爆発し、黒い霧に変わっていきました。
怪物だった霧は空中で風と共に消えていき、もうその姿はどこにもありません。
「倒したの…?あの怪物を…?」
「エレナちゃん大丈夫か?すまねぇ、あいつの攻撃を避けるためとはいえいきなりバイクから突き落としちまって…エレナちゃん?うお!!」
「よがっだ!よがったぁぁあ!!うわぁぁぁぁぁん!」
リュージさんはあんな目にあったのにそれでも私を気遣いながら近づいてくる。私はそんなリュージさんに飛びつき、嬉しさと安堵感のあまり思い切り泣いてしまいました。
「リュージさん…本当に…本当にありがとうございます!私…私ぃ…」
「泣きすぎだって、とりあえず村に帰ろうぜ?村長やみんなも心配してるだろうしな。」
「グス…はい…」
そうして私たちは再びリュージさんのバイクに乗り、村へ帰っていきました。村のある丘の上では住人のみんなが手を振ってくれています。
=====
同日 夜
「リュージ殿…本当に何とお礼を申したら良いから…」
「いいって、俺が自分から申し出たことなんだし。」
俺達が村に戻った後、村長の家でエレナちゃんが作った夕飯をご馳走になっていた。本当は村をあげての大宴会といきたかったらしいが、怪物の犠牲になった人達の遺族のことを考えてのことらしい。
(そう言えばこっちの世界に来てから初めての食事だな。スープ、鶏肉のソテーにパン。村長やエレナちゃんは謙遜してたが、十分すぎるくらい良い食事だぜ。)
俺はどうやら相当腹が減っていたらしい。思わずスープや鶏肉のちょうどいい塩っ気に思わずがっついてしまった。
「リュージ殿、一つ…お聞きしてよろしいですか?」
「ん?何だよ村長改まって。」
「私も先程の戦いを丘の上から見ていたのですが、途中からリュージ殿が纏ったあの黒い電流は一体?」
(あー、やっぱりそれか。まぁ気になるわな。)
「私も気になってたんです。リュージさん、怪物の攻撃を食らって重傷だったはずなのに完全に治ってますよね?」
「えーと、よくわからないかもしんねぇけど、『黒龍の雷珠』ってもんがあってだな。それを飲み込んだらああなった。」
「こ、黒龍の雷珠ですと!!!し、信じられない!」
テーブルの向かい側に座ってた村長が身を乗り出してきた。なんだなんだ?!なんかやべえこと言っちまったか?!
「リュージさん…それ本当ですか?!」
「お、おう。マジマジ。とある爺さんから譲り受けてさ、ていうか村長とエレナちゃんは知ってんのかよ?」
「知ってるも何も!この世界に住む者なら皆知っておりますよ!古くから語り継がれている伝説です!」
「伝説?」
「これです!『四傑の幻獣士』!」
奥の部屋からエレナちゃんが一冊の本を持ってきた。エレナちゃん曰くこの物語は『蒼猿の怪珠』『銀狼の影珠』『赤虎の豪珠』そして『黒龍の雷珠』という四種の珠が登場し、それを取り込んで幻獣の力を手に入れた英傑達が魔王を倒すというものらしい。
「今、魔王軍による侵攻は苛烈を極めています。人々は最早この伝説に縋るしかないほどに疲弊しているのです。ですが…その、本当にリュージ殿は黒龍の雷珠を?」
「どうした?やたら疑うねぇ。まぁ信じてもらえるとは思ってねぇけどよ。」
「いえいえ!存在を疑っているわけではありません。これまでも何人か幻獣士達は現れていて今も三人の幻獣士が現界しているのです。」
(マジかよ。もしかしてそいつらって俺みたいに転生してきた奴らなのか?もしそうなら会ってみてぇな。)
「じゃあ村長やエレナちゃんは何で驚いてるんだ?いくら伝説だからってそんなに珍しいもんでもなさそうじゃねぇか?」
「確かに言ってしまえば珍しくはありません。私たちが驚いているのは今までの幻獣士の中で黒龍の力を宿した者はたった一人としていなかったからなのです。」
「たった一人も?まさか雷珠の力がうんぬんってやつか?」
「リュージさんそれを知ってて雷珠を飲んだんですか?!」
「いやぁ、だってあの状況はああするしかなかっただろ。いいじゃねぇかこうやって今はピンピンしてんだから。」
俺は両腕をぐるぐると回して何の異常もないことをアピールしてみせた。
「リュージ殿、あなたはご自分が思っているよりも相当人間離れした功績を挙げているのですよ?」
「別に誇ることでもねぇさ。俺がここに…いや、この世界に来たのは人間達を苦しめてる魔王をぶっ飛ばすためなんだからな。」
「おぉ!なんと頼もしいお言葉!おっと、料理が無くなっていますな。エレナ、リュージ殿に追加の料理を。さぁ、リュージ殿たくさん食べてください。あなたにはうんと力をつけてもらわなくては!」
「そうですよ!遠慮しないでくださいね!」
「ははは!ありがとよ村長、エレナちゃん。」
俺はその夜腹一杯になるまで料理を堪能して村長の家の客室のベッドで眠りについた。異世界に来て1日目で訳の分からない化け物と戦いもう一度死にかけ、そして最終的に伝説上の英雄にまでなっちまった。今更だが、相当滅茶苦茶だぞ。
=====
翌日 早朝
昨日の騒動が嘘かのように朝の村は静まり返り薄い朝霧に包まれている。俺は少し肌寒さを感じながら愛用のライダージャケットを着てバイクの元に近づいた。さてと…
「リュージさん…?もう起きられたんですか?」
「おう、エレナちゃんか。エレナちゃんこそ早起きだね。何やってんの?」
「日課の水汲みです。小さい頃からやってるんですよ。リュージさんは何を?」
「あぁ、そろそろ出ようかと思ってな。昨日は世話になったな。料理美味かったぜ。」
「ええ?!もう行っちゃうんですか?!もう少しゆっくりしていかれても…」
「そうもいかねぇよ。それに何かやってないと落ち着かない性分でね。」
「そんな…」
「おはようエレナ、おやリュージ殿も。早起きですな。」
「あ、お父さん。お父さんからも何か言って!」
村長は俺が行くということを聞いて少なからず驚いてはいたものの止めはしなかった。それどころか家の中から何日分かの食料まで持って来てくれた。その一部始終を見ながらエレナちゃんは納得がいかないような顔をしていたんだが極力触れないようにした。
「リュージ殿、本当に行かれるのでしたらここから東にあるタラムという街を目指すのが良いでしょう。職人の街でして旅に役立つ道具がたくさん売っているんですよ。」
「そうか、何から何までありがとよ村長。」
「何を言っているのですか。こちらとしてはまだまだお礼はし足りないくらいです。ですがリュージ殿がそうすると言うのであれば私はそれを尊重しますよ。ほらエレナ、リュージ殿に挨拶を。」
「………まだゆっくりしていけばいいじゃないですか…」
「エレナ…リュージ殿がそうしたいとおっしゃっているんだから…」
「うー…じゃあ!私も行きます!私もリュージさんの旅に同行させてください!」
「「はぁ?!」」
エレナちゃんの突然の言葉に俺と村長は素っ頓狂な声を上げてしまった。冗談かと思ったがそうじゃないんだろう。エレナちゃんの顔は真剣そのものだ。
「エレナちゃん…どうしたんだよいきなり。」
「そうだぞエレナ。リュージ殿を困らせるんじゃ…」
「じゃあリュージさんはタラムまでの正しい道のりを知ってるんですか?」
「え?」
「それにこの先旅をする時の食事は?リュージさんはお料理出来るんですか?」
「お、おぉ…まぁ出来ねぇけどよ…」
「そんなのダメですよ!食事は何よりも大切なんです!私に任せてください!お父さんもそう思うでしょ?」
任せてくださいって…エレナちゃんの怒涛の説得に俺と村長は思わず固まってしまった。
怪物をおびき出す時もそうだったが、エレナちゃんって結構強引だよなぁ…
「村長はどうなんだよ?もし俺に着いて来たら長い間帰ってこれないかもなんだぜ?」
「…エレナ、お前のその判断は尋常なものではないんだぞ?リュージ殿に助けられることも多々あるだろうが、逆にお前がリュージ殿を助けなければならない時が来るんだぞ?その命をかけてでもな。それでも…行くのかい?」
「行きます!行かせてください!覚悟はもう出来ています!」
「はは、覚悟ときたか。やっぱりおもしれぇなエレナちゃんは。どうする村長。俺は構わないぜ?」
「…分かりました。リュージ殿、不束な娘ではありますが何卒よろしくお願い致します。」
「やったぁ!じゃあ私早速準備してきますね!」
エレナちゃんは余程嬉しかったのか、ダッシュで家の中に向かっていった。
「本当によかったのかよ。村長。」
「あの子も年頃の女の子です。この狭い村に閉じ込めておく方が酷でしょう。」
「かわいい子には旅をさせよ、ってか。」
=====
「では行きましょうリュージさん!」
「はいよ!それじゃあな村長、行ってくるぜ!」
「えぇ、ご武運を!そしてエレナ、頑張るんだよ。」
「はい!必ずリュージさんのお役に立ってみせます!」
「よし、じゃあ発進するぜ!」
ドルン、ドルン、ブォォォォォ!!
俺はバイクを発進させ村の正門から外へ出た。俺たちの姿が見えなくなるまで村長は手を振り続けていた。
俺の腰に掴んでいるエレナちゃんの腕が少し震えている。それでも引き返せなんてことは言ってこない。本当に強い子だ。
「よっしゃ!目指すはタラムだ!案内頼むぜエレナちゃん!」
「…はい!任せてください!」
こうして俺の異世界での旅は始まった。これからどんなことが起こるか分からねぇ。だが何の心配もしてねぇ。こんなに頼りになるお供がいるんだからな。