正体
アルバ・ブラックの墓。
それと思われる地点には木が一本立っていた。
道路からもよく見える、大きな木だ。
葉が生い茂り、生き生きとしている。
きっと健康な木なんだろうな。
にしても、これが墓?
ちょっとあり得ない。むしろ笑える。
ジャコフはと言うと、無心に木を調べている。
「ジャコフ、何か分かったか?」
俺は車の運転席のシートをリクライニングして寝転びながら聞いてみた。
「……」
「この木、なんて種類なんだろうな? すっげー葉っぱが生えてるし、デカイし」
「……」
「実はこの木の下にブラックの死体があったりして……」
「うるせぇぇぇぇぇ!!」
うわ、ビックリした……
「今探してるんだ! 少し黙ってろぉ!」
はいはい、頑張って探せよ……
ジャコフはそう息巻くとまた、木の周りを鼻で匂いを嗅ぐかのように探り始めた。
ほんと、凄いな。執念て言うんだ、きっと。
そのうち、見つけたー! とか言うんだぜ、きっと。
「見つけたー!!」
ほらね、言っただろ? すぐ見つけたって。
そうそうすぐに見つかる訳ないんだよ。
だったら誰だって簡単に……
は? 見つけた!?
「えーーー! 何をーーー!?」
「見つけた、ハドソン! 早く来い!」
ジャコフが木の裏から手招きしてる……
俺ははやる気持ちを抑えながらジャコフのそばへ行く。
「これだ。この石碑」
ジャコフが指差す先。
木のぶっとい根本のところに黒く光るものがあった。
明らかに人工物だ。
石? 石なんだろうな。
そこに文字が掘られていた。
ジャコフがそれを読み上げる。
「殺し屋アルバ・ブラック。ここに眠る」
いや、嘘だろこれ。
分かりやすすぎるわ!
罠だ、罠に違いない!
誰かが俺たちを嵌めようとしている!
「こんな訳ないだろ! ジャコフ、もう帰ろ……」
「アルバ・ブラック、ここに眠る……」
ジャコフ君。何故君の目はそんなにもウルウルしているのだい?
疑問に思っていると、ジャコフは急に抱き付いてきた。
「やったー! ハドソン、やった! 見つけたぞ! ブラックの墓だ!」
「う、うぅ、くる、苦しい……」
「見ろ、この石碑! 彫ってある! ブラックの墓って彫ってあるー!」
喜ぶジャコフと苦しむ俺。
そして、なぜか?
乾いた音と、バシュン! という音と共に足元から煙が。
二人揃って周囲を見回すと黒スーツをビシッと決めた三人組が現れた。
どいつも黒眼鏡をかけて手には拳銃を構えている。
ハンズアップーー
俺たちは両手を頭上に上げた。
「なぁ、ハドソン。この状況は……」
「あぁ、詰んだな」
俺はジャコフのこめかみに銃先を突き付けた。
「え? ハドソン?」
「ジャコフ。お前、詮索し過ぎたよ」
俺は獲物を狩るような目つきでジャコフを見据えていた。
「アルバ・ブラックの秘密は明かしちゃいけなかったんだよ」
「ハドソン……、どういう……」
「ブラックナイフは、世に出しちゃあいけない代物なんだ。完全暗黒物質と呼ばれる、この宇宙の全てを飲み込む素材で作られてる。こんな厄介なもの、誰かに知れて悪用でもされたら大変だろ」
「い、いや、……大変て……」
「アルバ・ブラックは、表向きは殺し屋だ。けど、本当の姿は、先祖から受け継いで来たこのブラックナイフの秘密を守ること」
俺はそう言ってブラックナイフをジャコフの目の前に出した。
「あ……」
その黒い刀身は、ジャコフの顔を映し出し、ギラギラと輝いている。
これが、ブラックナイフだ。
全てを飲み込む完全暗黒物質で象られた、俺の一族の象徴。
俺はジャコフの耳元を口を寄せ、最後のお別れを囁き……
ジャコフのこめかみに向けて、引き金を引いた。
乾いた音と共に、地面に倒れ伏したジャコフを眺め、俺は呟いた。
「次は……、お前達だ」
ーー
「やぁ、ジャコフ君」
「あれ?」
目を覚ましたジャコフは、体を起こして辺りを見回した。
彼が見回したのは、俺の部屋だ。
部屋といっても、モニターが俺たちを取り囲み、ブーンと低い唸り声を上げている。
「あ、あれ? 俺、確か撃たれて……」
「あぁ、撃ったよ。パーンて」
俺は右手を銃に見せかけて撃ったフリをしてみた。
「え? じゃ、ここ天国? え? あれ?」
「ここは俺のアジト。ここは天国じゃないし、お前は死んでもない。殺すフリはしたけどな」
俺はグイッと手にしたカップを煽った。
「そうか、俺死んでないのか?」
「お前みたいな優秀なハッカー、殺したらもったいないだろ」
「え? そうなのか? じゃ、平凡だったら」
「さっさと殺してミンチにして宇宙ザメの餌にしてた」
それは冗談に聞こえねぇとジャコフは青い顔を見せた。
「ジャコフ君。君は非常に優秀なハッカーだ。俺と一緒に手を組めば、ガッポガッポ稼げるぜ」
俺はジャコフの前で札束を出してパラパラめくってみせた。
「あ、あの、俺たちを撃ってきたのは?」
「アルバ・ブラックの秘密を探ってた奴らだ。俺たちの後を付けてたんだろうな。お前が気絶した後、全員始末した」
「し、始末……? あ、あの女も?」
「あ、あぁ、ミシェル? ミシェルは……」
「ブラック〜、早くぅ。私もう待てな〜い。早く溶ろけさせてよぉん♡」
「あのバッカ……」
「え、え、あの声ってまさか冒険家? 惨殺された?」
「惨殺されたのは、あいつを狙ってきた殺し屋。一応快楽拷問して情報聞き出して、精神ぶっ壊してから殺したけど。見事な偽装だろ? 」
「え? えー?」
「そういう訳だ。ミシェルは俺のパートナーで、ジャコフ君。君は俺の仕事上のパートナーってわけ。このアジトの設備は自由に使ってくれ。金も使って構わない。それ相応の待遇は突然の対価だからな。気兼ねしないで、必要経費程度に考えといてくれ」
そう言って俺は、ジャコフに一枚のカードを渡した。
「利用限度は無制限。使っても足跡は追えない仕組みになってる。ちなみに、引き出される口座には常に国家予算級の金が入ってる」
俺はカードをジャコフに渡すと立ち上がってミシェルの元に行くことにした。
「あ、ハドソン?」
「ハドソンは偽名。俺はアルバ。アルバ・ブラックだ」
俺はジャコフに振り向いた。
「伝説の殺し屋にして完全暗黒物質を守る者だ」
伝説の殺し屋、アルバ・ブラック。
彼がどこから来てどこへ行くのか。
それは誰も知らないし、分からない。
だだ言えること。
それは、伝説はいつまでも伝説だということだ。