消された冒険家
『アルバ・ブラックの墓を見つけた女冒険家。惨殺される』
『その手口は殺し屋か!? 女冒険家の死因は?』
『これは警告だ! アルバ・ブラックからの!』
「こりゃ、やべーなー」
クソ狭い車中泊で迎えた朝。
その朝一のニュースは、それはそれは心臓に悪いものだった。
あの記事になっていた冒険家ミシェル・ロドマン。
彼女が自宅で凄惨な遺体となって発見されたそうだ。
その手口は、ひとえにエグい。
両目は穿り出され、鼻は削り取られ、舌は抜かれ、背中の皮はめくられ、手足はそれぞれ肘と膝から一刀両断。
息が絶えるまで犯されたとかなんとか。
こりゃ拷問だな。
いや、拷問より酷いか。
つーか、これ。
マスコミは流していい情報なのか?
ちょっと作りすぎてんじゃね?
話、盛りすぎだろ?
とは言え、俺たちも同じ行動をしようとしている。
それも、この探検家の情報を利用して。
これはまずいなぁ。
うん、まずい。
兎に角まずい。
よし。
俺は車の外で朝飯をこしらえているジャコフに向かって、
「と言うわけだ。俺たちはこの件から手を引こう、ジャコフ」
と提案した訳だ。
きっとジャコフも賛成してくれるだろう。
そう願いを込めていたんだが……
「は? なんで?」
前言撤回。
賛成どころか拒否られちまったぜ……
「あのな、お前ニュース見てないのか、ほれ」
俺は先ほどまで見ていた、手元のポケット端末で流れている最新ニュースをジャコフに見せた。
「あぁ、それね」
「知ってたのか? じゃぁ、もういいだろ。帰ろうぜ」
「そんなの嘘っぱちだろ。しょうもねぇガセネタだよ」
ジャコフは記事を見て、まるで鼻くそでも摘んで飛ばすかのような態度で言ってのけた。
あ、実際は鼻くそも飛ばしてた。
「いいか、ハドソン。それはゴシップに負けじと能無し記者連中が書いたでっち上げだよ。奴ら悔しいんだ。自分達よりも先にゴシップに記事にされたのがさ」
どうやらジャコフの頭の中ではゴシップこそが正義らしい。
これは参った。
ネットニュースなんざ、所詮はでっち上げが殆どかもしれない。
だが、信憑性はゴシップよりも上だ。
ところが彼はネットニュースよりゴシップが正しいと思っている。
それにジャコフの得意技は「ハッキング」だ。
信憑性の高い情報なんていくらでも手に入れることができる。
はっきり言ってタチが悪い。
こんな奴、友達になるんじゃなかった。
「ま、あちこち覗き見してると、どう考えたってゴシップの方が信頼できるんだ。ネットニュースとかは肩入れしてる政治家とかの意見に左右されて改ざんされるからな。まぁ、下手な殺し屋よりも普通の人間の方が恐ろしい」
それはジャコフの言う通りかもしれない。
こんなご時世だ。
世界的に不景気で、常に底値って言うし。
インフラ整備も滞ってるし。
戦争でも起これば武器が売れて懐が潤うなんて言った日にゃ、言った本人が蜂の巣にされちゃうし。
政治家共は自分の保身や名誉のためとかであちこちに肩入れして土台固めをしてるって言うしな。
一番意地汚いのはそういった連中か。
自分の立場が不味くなると一斉に手のひら返すような奴らばかりだからなぁ。
だけれども。
ジャコフの口実に丸め込まれている場合じゃない。
俺たちも下手すりゃ狙われる可能性がある。
何としてもジャコフを説得しなければ。
「にしてもだ。これ以上の深入りはやめた方が……」
「ビビんなよ、ハドソン! いざとなりゃトンズラすればいいからさぁ!」
能天気だね、君は。
こういった不測の事態ってのは、確実に修正されるもんだぞ。
それも、連中にとって都合の良い解釈となって。
ん? 連中って?
それは、この話題に触れられて立場がヤバくなるような奴らのことかな。
「にしても、だ。アルバ・ブラックの墓をみつけたら、どうして殺されるんだろう?」
「それはだな、ワトソン君」
「俺はハドソン!」
「まあ、そう怒るな。いいか、アルバ・ブラックはな。一流も一流。超一流の殺し屋だ。その依頼は子どもから大人まで、老若男女問わずで引き受ける。そして彼はその依頼を全てリスト化してたらしい。依頼者からターゲット。その日程や依頼金額に至るまでな」
「そんなリスト、別にいらねぇだろうに」
「個客を大切にするのが商売の基本だろう? そこから口コミで広がればビジネスチャンスはグッと広がるんだぜ!」
「殺しはビジネスじゃねぇだろ」
得意げにそう話すジャコフだが、では本当に事態は大丈夫なのか?
否、大丈夫ではない。
ここはもう辞めておくべきだ。
あらゆる意味で戻れなくなる。
だが、ジャコフは戻る気はないようだ。
これはどうするべきか?
取り敢えずブン殴って気絶させて戻るか?
いや、それじゃこいつは納得しないなぁ……
「いいか、ハドソン。アルバ・ブラックのリスト上に挙げられた人物はとっくに死んでる。けどな、そのリストはいわばブラックの殺しの履歴なんだ。アルバ・ブラックって人物は非常にファンが多い。そのリストを手に入れてオークションにでもかけてみろ。一気に値が上がるんだぜ」
あ、分かった。こいつの目的……
「お前、もしかして……」
「やっと分かったか? そうさ、俺の目的はそのリストだ。それが手に入れば一気に億万長者の仲間入りだ!!」
目をキラキラ輝かせながらジャコフはガッツポーズ取ってるが、世の中そんなに甘くないだろ。
「ジャコフ。金ってのはな、上手い話になればなるほど裏が付くんだ。一番いいのは地道だよ。地道にコツコツ稼いでいくのが一番いい」
「たー! ハドソン、お前にゃ夢がないねぇ。地道? 地道な生活が何だよ? 底辺暮らしのくせに上を見上げて、あーでもないこーでもないって言って暮らす毎日がそんなにいいのか? 俺はそんなのヤダね」
「第一、そんな奴の秘密を暴いたからって何の得があるんだ?」
「巨万の富が手に入る! それを元手にして会社を設立するんだ!」
「同時に命が狙われると思いますが……」
ジャコフが白けた目で俺を見てきた。
「ハドソン。そんなこと言っていてはダメだ! 夢は大きく、現実は堅実にいくのだよ!」
「何言ってるか訳わからん……。ほら、飯にしようぜ!」
ジャコフの夢物語は一旦区切って、俺たちは朝飯と洒落込んだ。
目指す地点までもう少し。
ここまで来たら、もうどうにでもなれって感じだな。
仕方ない、こうなりゃ付き合うしかないだろう。
腹括るか。
ーーその日の夕方。
俺たちは、アルバ・ブラックの墓と思われる地点へと到着した。