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アルバ・ブラックの墓

 そのナイフを手にした者は最強の称号を得る。

 そんなデマみたいな噂だけが独り歩きして、いつしか人は「ブラックナイフ」を追い求めるようになった。


 ーーブラックナイフ。


 伝説と言われた男、アルバ・ブラックが使用していた小さなナイフ。

 飯を食うとき、トイレに入るとき、シャワーを浴びるとき、女を抱くとき。

 どんな時でも肌身離さず持ち歩き、そのナイフだけであらゆる危険地帯を潜り抜けてきた。

 まるで彼の相棒のように、常に手に添えられ、苦楽を共にしてきた。

 いつしか伝説となったアルバ・ブラック。

 その人生を終え、どこかの地で墓標の下に埋まるとき。

 そのナイフも共に埋められた……



 アルバ・ブラックその生涯を追って。

 著者:ケント・ブラダリア


 ーーー




「かー! カッコいい!」


 友人ジャコフは本を読みながら、そう俺の前で叫んだ。

 ふざけんな、何がカッコいいだ。

 お前が飛ばした唾が、俺のコーヒーに入っただろうが。


「なんてカッコいいんだ、アルバ・ブラック! お前もそう思うだろ、ハドソン?」


 片手に本を抱えて、手を大げさに振り回して俺に同意を求めてくる残念な友人、ジャコフ。

 悪いな、あいにく俺にはノスタルジーに浸る趣味はない。

 過去なんていくらでも美化できる。

 大事なのは今だ。この瞬間だ。この時だ。

 いや、お前がコーヒーに唾飛ばしたのは美化できない。

 覚えとけ、俺は根に持つタイプなんだ。


「アルバ・ブラックなんて、とっくの昔に死んだ人間だろ。今さら掘り返して何が楽しいかね?」

「おいおい、ハドソン! つれない奴だなお前は! あのアルバ・ブラックの墓が分かったんだぞ! 世紀の大ニュースじゃないか!」


 アルバ・ブラックの墓。

 それを聞いて俺は眉間にしわを寄せた。


「墓?」

「そう、墓だよ! かの探検家、ミシェル・ロドマンが発見したらしい! いやー、彼女は凄いな! 情報なんて少なすぎるのにどうして発見できたのか……!」


 そう言って腕を組むジャコフは、とある雑誌を取り出すと俺にその記事が書かれているページを見せつけてきた。

 確かにそこの見出しに、


『世紀の大発見! 伝説の殺し屋の墓が見つかる』


 とあった。


 伝説の殺し屋……

 それがアルバ・ブラックのことって、どうして分かったんだろうか。


「本物なのか、それ?」

「当たり前だろ! 墓標には確かにブラックの名前が彫ってあるって!」

「本当に彫ってあったのかよ? 適当にでっち上げたんじゃねぇの?」

「だから、それを確認に行くんじゃないか!」


 ジャコフはそう息巻いた。

 こいつはバカなんじゃないだろうか。


「は? 確認?」

「そう、確認! 俺とお前で!」


 何故だ、何故お前は笑っている?

 俺はお前にオッケーしたわけじゃないのに、どうしてお前は俺がオッケーしたような笑顔を浮かべているのだ?


「あのな、ジャコフ。俺は暇じゃない。今日だってバイトがあるし、明日は学校が……」

「学校は夏休みだろ? それにお前、バイトし過ぎて貯金貯まってるからってバイト辞めたじゃん!」


 痛いところを突いてきた。

 どうしてそれを知っているんだ?


「お前! それは誰にも言ってないぞ!」

「俺とお前の仲だ、俺は何でも知っている」


 自慢げに言うジャコフの胸倉を、俺は掴んで自分の顔の近くへ引き寄せた。


「……やったな?」


 そして囁くような声で、それを確かめた。

 ジャコフはニカッと笑ってみせた。


「大したもんだろ?」

「ざけんなよ、プライバシーの侵害だ!」

「その気になったら連邦宇宙局だって入れるぜ」


 俺は胸倉を掴んでいた手を離した。


「もう足を洗うって言ってたろ?」

「だから洗ったさ。親友の情報と公共の情報だけを拝見するようにしてる」

「それは足を洗ったとは言わねぇ……」


 ジャコフはさも得意げに自分のしたことを肯定した。


「ま、いいじゃないか! 因みにプロジェクトは進んでる。クラウドファウンディングで資金も調達済みだ」

「いつの間に……さては出版社にアクセスしてゲラ見たな?」

「じゃなきゃこんな早く動くかよ。資金はすぐに集まった! みんな興味あるんだな、ブラックナイフに!」

「ブラックナイフか……」

「そうだ、ブラックナイフ! 伝説の殺し屋と言われたアルバ・ブラックが愛用していた、黒いナイフ。その斬れ味は、どんな硬いものを斬っても刃が欠けることはなく、まるでチーズでも切るように滑らかな斬れ味という。俺が仕入れた情報によると、アルバ・ブラックはそのナイフでチーズを切ってたらしいぜ!」


 と、ジャコフはワザとナイフでチーズを切る仕草をしてみせた。

 案外、下手だな。お前。

 つーか、どうでもいい情報だなそれ。


「それから、ブラックの墓は割と近くってことが分かった!」

「だろうな、ご丁寧にこの記事には地図まで載ってらぁ」


 ジャコフの読んでいた雑誌は巷で言うところのゴシップ誌なのだが、その情報の正確さには何故か定評があるのだ。


「なぁ、ハドソン。俺はな、知りたいんだ。どうしてブラックの墓が長い間見つからなかったのか。ナイフはどこへ消えたのか。あちこち散々ハッキングしたけど、有力な情報なんてなかった。連邦政府のデータベースにもアクセスしたけど、ブラックの部分だけ見事になくなってるんだぜ。怪しいだろ? いや、絶対怪しい」


 そう言ってジャコフは俺が注文していたコーヒーをシレッと飲んでいる。

 おめでとう。それにはお前の唾(DNA)が含まれてるぜ。


「俺の長年の夢がやっと叶う! 世界の七不思議の一つが解き明かせるんだぜ!」


 お前のいう「長年の夢」ってのは、スタイル抜群の美女と一夜を共にすることじゃなかったのか?

 それに世界の七不思議の一つは、どっかの冒険家にもう解き明かされちまっただろ?

 俺は雑誌をペラペラめくりつつ口を開いた。


「お前のそのセリフは聞き飽きた。他に言うことないのかよ?」

「ならば歴史の生き証人! どうだ?」


 何がどうだ?

 ん? ジャコフ君。

 舞い上がりすぎだよ。

 既に我々は一歩遅れているのだ。

 この女冒険家に。

 先を越されてしまってるのに、どうして歴史の生き証人と断言できるのだ?

 いや、そもそも何がどうしてアルバ・ブラックの墓を見つけたいんだ?


「生き証人なんて、ろくな死に方しないぞ?」

「何言ってんだよ? 俺はこの記事が果たして本当に当たってるのか、その信憑性を探るためにだな」

「にしては大掛かりだ。クラウドファウンディングまでするなんて、な」

「何事も資金は潤沢な方がいい! ネタ次第じゃすぐに集まるもんだ!」


 ネタねぇ。

 世間にとっちゃ、アルバ・ブラックなんてどうでもいいと思うんだけど。


「ここだけの話だがな……」


 とジャコフは声を潜めて言ってきた。


「アルバ・ブラックは生きてると思うんだ」


 ぶほ!

 俺は口に含んだお冷を吹き出した。

 こ、こいつ!

 いきなり何を!


「バ、バカかお前は! アルバ・ブラックてな、もう百年は昔の人間だぞ! 生きてる訳ねーだろ!」

「チッチッチ、ワトソン君。それは分からんよ。歴史はミステリーだからね。常に疑う眼差しから入らねば、真実には辿り着けないのだよ」


 だれがワトソン君だ、こいつ!

 俺はハドソン君だ!



「とにかく行くぞ! 付き合えよな、相棒!」



 こうして半ば強引に引き入れられた俺は、ジャコフと共に伝説の殺し屋「アルバ・ブラック」の墓を探すことになった。


 その翌日。


 俺たちは大変な事実を目の当たりにする。



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