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第9話「伯爵」

 あれから俺達はキャロルとメイベルさんに連れられて、領主の館を訪れていた。

 というのも、キャロルは現在この領主の館でお世話になっているからだ。なんでもこの地方を治めるウィルコット伯爵の娘さんとキャロルは王都の魔導学校の同期で、とても仲が良いらしい。

 今は学校が夏休みということで、帰省する友人に付いて遊びに来たそうなのだが、友人がは風邪で寝込んでしまったらしい。そうして暇を持て余したキャロルは、かねてより憧れであった街でのお買い物というものを実行に移したのだと、連れて来られる道中で語ってくれた。

 誇らしげに語るキャロルを見ながら、メイベルさんは頭が痛そうな様子だった。気持ちは分からないでもない。


 そういえば俺の姓を聞いて訝しんでいたメイベルさんだったが、それから追及されることはなかった。

 単なる偶然だと考えたのか、とりあえず害はなさそうなので放置しようという結論に落ち着いたのか。はたまた別の理由があるのかもしれないが、俺には窺い知ることは出来なかった。

 そして俺からも、俺がキャロルの従兄であろうことは伝えられていなかった。どう切り出したらいいか分からなかったからだ。

 俺自身驚いていたし、まさかいきなり「俺は君の従兄です!」といって信じてもらえるとは思えない。

 それに、あの後は騒ぎを聞きつけた兵士たちがやってきて、そういった話が出来る状況ではなかったということもある。


 さてどう説明したものかと俺が頭を悩ませていると、一緒に連れてこられたヴァンが暇そうにぼやく。


「アイツ、おっせーな」


 そう言うヴァンは、今も部屋の端で控えているメイドさんが用意したクッキーのようなお菓子をぱくぱくと食べている。自分の分だけでは足りないらしく、俺の分にまで手を出していた。

 いや、今はお菓子を食べる気分でもないから別に良いのだが……相変わらず遠慮の欠片もない。

 俺は「着替えに時間がかかってるんだろ」と、ヴァンを窘める。


 現在俺達は、汚れたドレスを着替えてくるというキャロルのため応接室らしき場所で待たされていた。

 応接室は意外にそこまで派手ではなかったが、テーブルやソファはアンティーク調の高そうなものだし、飾られた絵などの調度品は美術館にでもありそうなもの。

 見上げればシャンデリアが部屋を照らしているし、宿などではただの木の板だった窓にもガラス製の窓が嵌められていた。やはり領主の館、金がかけられている。

 窓からはベリルの傍を流れるレーヌ河の流れを見渡すことができ、河に浮かぶ小さな帆船が異国情緒を感じさせた。


 そんな風景を眺めながらも、しかし、と思う。確かにヴァンの言うとおりキャロルは来るのが遅いように思う。

 そろそろ連れてこられてから30分は経つ。いくら女性の身だしなみに時間がかかると言っても、着替えるだけならそろそろ来ても良さそうなものだ。

 あまり遅くなってはウォーレンさんにも心配をかけるし、夕食代が無駄になる。


 まだ時間がかかるようなら、先にヴァンだけでも帰してしまおう。

 そう思って俺はメイドさんに、まだ時間はかかりそうか、と尋ねようとした時。ようやく応接室の扉が開いた。


 ――が、入ってきたのは長身の男。


「やあ、君たちがキャロル嬢を救ってくれた冒険者たちかな?」


 グレーの髪色をした長髪の男性は、一目で分かるほど高級そうな服を着ていた。柔らかな雰囲気を漂わせているが、明らかに庶民とは身分が違う。部屋の端に居たメイドさんも頭を下げているし。

 該当する人物が頭の中に思い浮かび、立ち上がった俺は出来るだけ丁寧な口調で返答する。


「はい。そうです。……あの、大変失礼かとは存じますが、お名前をお聞かせ願えますか?」

「ああ、そうだったね。僕はエメリー・ウィルコット。伯爵の位を頂いている」


 ウィルコット伯爵。この地方を治める領主だ――というのは、先ほどメイベルさんから聞いた話。

 とはいえ、あまり詳しい話を聞いたわけではない。シェリーという一人娘がいて、その子がキャロルの友達であるというぐらいの話だ。

 見ると、それほど年老いているわけではないのに髪には白髪が混じっている。


 伯爵が俺達に何の用なのだろうか。疑問に思って尋ねようとするが、それよりも先に伯爵が向かいのソファに座り口を開いた。


「まずは君たちにお礼を言おう。キャロル嬢を救ってくれてありがとう」


 そう言って伯爵は俺達に向かって軽く頭を下げた。

 その姿を見て俺も座り直すが、顔を上げた伯爵はそれを見て少し眉をひそめた。

 しまった。つい話が続きそうだったから座ってしまったが、今のは貴族と話をする平民としてはマナー的にアウトだったかもしれない。

 だが、伯爵はそれについて何も言わず言葉を続けた。


「キャロル嬢はシュルズベリー公爵家の娘だからね。彼女の身に何かあれば、ちょっと愉快ではないことになりかねなかったんだ」


 なるほど、確かにそうかもしれない。

 公・侯・伯・子・男、だったか。貴族の爵位の差がどれほどのものかは分からないが、単純に考えてお偉いさんから預かった子供に何かあれば自分の立場が危ういことになるのは理解できる。


 そして伯爵は上着の内から小さな袋を取り出して机の上に放り投げる。

 ちゃりん、という音。見なくても中身を察することが出来た。


「少ないが、これはお礼だ。取りたまえ」


 そう言って伯爵は立ち上がったが、俺はそれに手を伸ばさなかった。


 何というか、その態度に一方的なものを感じて思わずムカついたのだ。まるでこれで話は終わりだと言わんばかりじゃないか。

 だいたい、いくら入っているのかは知らないが、少なくとも机の上に放り投げるのはお礼の渡し方として適切ではないだろう。

 平民に対する貴族の態度はそんなものだ、と言われてしまえばそうなのかもしれないが、少なくとも俺は納得しない。


「失礼ですが、メイベルさんたちはまだですか? この後お話をする予定だったのですが」


 少し棘を含んだ言い方になってしまった自覚はあったが、悪いとは思わなかった。

 それを聞いた伯爵は、少し愉快ではなさそうな表情を浮かべた。


「ふん……君ね。先ほども言ったけれど、キャロル嬢に何かあったら困るのだよ。例えば、どこの馬の骨とも知れない平民がキャロル嬢に近づいたり、とかね」


 ――なるほど。つまりそれが本音らしい。

 感謝の言葉もどこかおざなりだと感じていたが、伯爵にとって俺達は先ほどのチンピラと大して変わりが無いようだ。


 しかし、俺も目的があってはるばる異世界までやってきたのだ。すぐそこに目的の一つがあるのに、はいそうですかでは帰れない。

 俺はあくまでも下手に出て発言する。


「そうは仰られましても、キャロルには話したいこともありますし……何とかなりませんか?」


 すると、俺の言葉を聞いた伯爵は露骨に不快そうな表情になる。

 そして「君ね」と諭すように俺に言った。


「キャロル嬢は君のような下賤な平民風情が本来話をできる人ではないし、まして呼び捨てにして良い存在ではないんだよ。分かったらその薄汚い口を閉じて帰りたまえ」


 カチンときた。

 何だかんだ色々としがらみはあるが、日本では貴族制度なんかありはしない。身分によって差別されることなんか、少なくとも俺はなかった。

 それだけに、こんなにも真正面から見下され、蔑まれたことに計り知れない怒りを感じた。

 だいたいキャロルは、キャロル自身が俺に「どうぞキャロルと呼んでください」と言ったのだ。――お前にどうこう言われる筋合いなんかありゃしない!


 そう叫びたかったが、残念なことに俺には相手が未来永劫持ち得ないであろう良識というものがあった。


「メイベルさんとだけでもお話しできませんか? 重要な話なんです」

「君も中々しつこいね。これ以上は僕も我慢が効かないよ?」


 なしのつぶてだった。これ以上は話しても無駄だろう。キャロルどころか、兵士あたりが出てきかねない。

 内心の苛立ちを抑えながら、俺は立ち上がる。それを見て、となりで黙っていたヴァンも立ち上がった。


「君、忘れ物をしているよ」


 扉を開けてくれたメイドさんにお礼を言って部屋を出ようとした俺に、伯爵が声をかける。

 どうやら伯爵様には俺の意思は伝わらなかったらしい。


「要りませんよ。金には困ってないんで」


 そんな手切れ金みたいなもの受け取れるわけがない。

 俺は吐き捨てるようにそう言って、部屋を出た。


 そのままメイドさんに連れられ屋敷の外へ。

 外に出ると、流石に日が陰り始めていた。何だか伯爵のせいで随分と無駄な時間を過ごした気がする。宿の夕食には間に合うだろうか。

 そう思いながら、屋敷を振り返る。すると、屋敷の3階の窓に白いドレスの人影が見えた。

 少し遠いが、相手もこっちに気が付いたのが分かった。ぶんぶんと手を振っている黒髪の少女――キャロルだった。


 やはり、先ほどの行動は伯爵の判断によるものらしい。俺は歩きながら手を振ってやる。

 そして、そのままキャロルが建物の陰に隠れて見えなくなるまで手を振り続けるのだった。











「ムカつく野郎だったなー、兄ちゃん。」


 帰り道、ヴァンは俺にそう話しかけてきた。

 それには全く同意である。身分ある相手でなければ殴り飛ばしてやりたかったぐらいだ。


「ていうか兄ちゃん、良かったのか? あのキャロルってヤツ、シュルズベリーってことは兄ちゃんの探してる人に関わりがあるんじゃねーの?」

「関わりがあるっていうか……」


 そうか、ヴァンには叔母と従妹を探しているとしか言わなかったのだった。そもそも探している理由も言っていない。

 じいちゃんが会いたがっているのは確かにメアリ叔母さんとクレアの2人だが、それはキャロルの存在を知らないからで、知れば間違いなく会いたがるだろう。

 だから、キャロルも俺の目的の一人なのだ。


 そのことを簡単に説明してやると、ヴァンはへー、と頷く。


「でもそれなら、なおさらアイツに会わなきゃいけないんじゃない?」

「……そうなんだよな」


 だが、どうも簡単には行きそうもない。

 領主の館を追い出された以上、また正面から訪ねて行っても門前払いは間違いない。となるとキャロルが出てこない限り俺がキャロルと話す機会はないわけだ。

 しかしキャロルが領主の館から何時出て来るかもわからない。そして、出てきたとしてもメイベルさん以外の護衛がいれば話が出来ない可能性が高い。

 うーん。どうしたものか。


「いっそ忍び込んじゃうとか?」


 冗談めかしてヴァンが言うが、正直それも検討中だ。忍び込んだとしても、キャロルなら喜んで話を聞いてくれそうな気がするし。

 ただリスクも大きいし、キャロルが怖がる可能性もあるので最後の手段だ。

 俺の目的はじいちゃんの最期の時間を別れた家族と会って幸せに過ごしてもらうことであって、家族を誘拐することじゃない。そのためには、キャロルが自分からついて来てくれないと意味が無いのだ。


 ヴァンに付いて歩きながら、俺は色々な方法を考える。

 あーでもないこーでもないと考えていると、ヴァンが立ち止った。

 何だろう、と思ってヴァンを見ると彼の視線の先には冒険者ギルド。もうだいぶ遅い時間だが、まだ開いているようだ。


「そういや兄ちゃん、ギルド証受け取ってなくね?」

「あ」


 そういえばキャロルの一件のせいですっかり忘れていたが、俺は元々冒険者登録をしに来たのだった。

 船に乗る方法も調べる予定だったが……まあこれは良いだろう。キャロルを見つけた以上、キャロルの説得が終わらないうちは王都へ向かう必要はない。


 とりあえず貰うものを貰っておかねば、とギルドの中へ。 

 流石に遅い時間帯だが、意外にまだ人はいる。ただやはり依頼を終えた人が多いようで、素材の買取を行っているカウンターや依頼の達成処理を行うカウンターの方に多く人はいた。


「あ! お待ちしていましたよ」


 新規登録も行っているカウンターにはまだ猫耳の受付嬢が座っていた。俺達のことを覚えていたらしく、姿を見るなりそう言ってくる。


「すみません。ちょっと色々ありまして」

「構いませんが、今度からは一言お願いしますね」


 謝ると、猫耳の受付嬢はカウンターの中にある引出しからドッグタグのような鉄板を取り出す。


「こちらがツカサ様のギルド証になります。どうぞ」


 受け取ったギルド証には、既に首にかけるための紐が取り付けられていた。けれど本当は首にかける必要はなく、鉄板部分だけあればいいらしい。

 まあ別にこだわりがあるわけではないので、俺はそのまま首にかけた。

 そしてそのまま依頼の受け方の説明を受ける。


「依頼書はあちら、左手の方にあります掲示板にランクごとに貼り出されます」


 と、猫耳の受付嬢は右手で俺の左を示す。

 もう一日が終わるからか、貼られている依頼書はだいぶ疎らだ。基本的には、あそこにある依頼書を受注カウンターに持ってくればいいらしい。

 ちなみに原則として自分のランク以下の依頼しか受けられないそうだ。ただし、依頼に寄らず倒した場合には例外的に依頼を達成したとみなして報酬が支払われる場合があるらしい。


「以上で説明は終わりです。何か分からないことがありましたら、いつでもご質問ください」

「ええ、ありがとうございます」


 本当に簡単な説明を受けて、猫耳の受付嬢と別れる。

 そして、早速だが依頼書の貼られた掲示板を見て見ることにした。もうそろそろギルドの営業も終わるし依頼を受けるつもりはないのだが、どんなものがあるのかは気になるのだ。


 どれどれ、と掲示板を眺めて見る。

 こうやって見てみると、様々な依頼がある。近くで最近魔物が出没しているから退治してほしいだとか、魔物の毛皮が欲しいといった魔物討伐関連のものから、建築の人手が足りないから手伝ってくれというようなほとんど日雇いの仕事みたいなものまである。

 しかし、その中でも少々目につくものがあった。


「なあ、結構人探しが多いんだけどこんなものなのか?」


 そう。疎らに貼られた依頼書の中に、結構な割合で人探しの依頼が含まれているのだ。

 冒険者が色々な仕事を請け負っているのは知っているが、何故人探しがこんなにもあるのだろうか。


「んー? オレはほとんど依頼なんか受けてないから分かんないけど、こんな情報だけで人探すのは大変だから誰も受けないだけじゃないの?」

「ああ、確かに」


 言われてみれば依頼書に書かれているのは、髪が何色でどのくらいの長さだとか、ちょっと目つきが悪いだとか、どこにほくろがあるだとか、そういった情報だけだ。

 地球みたいに写真があるというのならともかく、似顔絵すらもないこの人探しの依頼を受けて達成するのは困難だろう。


 しかし行方不明になっている人というのは結構いるらしい。

 まあ、日本でも家出だとかで行方知れずになる人間は多いと聞く。何だかんだいってこの世界は治安が悪くとじいちゃんから聞いているし、今日は実感した部分もある。そういった人間が多いのは不思議ではないだろう。


 ただ、少しだけ気になったのだ。


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