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第6話「辺境の村 ミレル」


 大きな暖炉がある食堂で、俺は用意された食事を食べながらウォーレンさんに事の顛末を話していた。ちなみにヴァンは隣でひたすら食ってる。ウォーレンさんも慣れたものらしく、気にした様子はない。


「異世界ねぇ……大戦の英雄が異世界の勇者サマだってのは聞いたことがあるが、お前さんもそうだってのか?」


 ヴァンがあっさり受け入れてくれたので、異世界から来たと正直に言っても大丈夫だろう、という考えの元、ウォーレンさんにも打ち明けたのだが――その反応は微妙だった。

 にわかには信じられない、という感じで顔をしかめている。考えてみればヴァンが軽すぎただけで、こちらが普通の反応である気がする。


「まあ、勇者ではないですけど」


 異世界から来たのは本当です、と一応言っておく。いまさら変に言い繕っても仕方がない。

 やはり難しい顔を崩さないウォーレンさん。と、そこで2杯目のスープと3つ目のパンを食べ終えたヴァンが口をはさんだ。


「兄ちゃんがどっから来たとかどうでもいーじゃん、別に。それよか兄ちゃん探してる人の心当たりはないのかよ」

「お前なぁ……一応俺はお前が変な奴にたぶらかされてないか心配して……」


 ヴァンの言葉に、ウォーレンさんはがっくりと肩を落とす。確かに、俺は見るからに外国人だろうし、怪しく感じるのも無理はない。

 ウォーレンさんの心配も最もだろうと思うのだが、そんな心配も余所に「大丈夫大丈夫」とヴァンは笑っている。


「はぁ……ま、異世界云々は置いといても、お前さんが悪い人間じゃなさそうだってのは分かった。けど悪いな、俺もあんまり貴族連中に詳しいわけじゃねぇから、人探しには役立てそうもない」

「そうですか……」


 残念だが、まあ仕方ない。元々行程には含まれてなかったことだし、最悪王都まで行って直接屋敷を訪ねれば何かしら分かるだろうから、それほど心配することはないだろう。

 それに、ベリルの街まで行けば誰かしら貴族について詳しい人に話を聞けるかもしれない。


「まあ、馬車の方は出してやるよ。ちょうどベリルに行く用事もあったんでな」

「本当ですか! ありがとうございます」


 ウォーレンさんの言葉に、思わず明るい声が出た。

 いや、本当にありがたい。今なら現代の整備された交通手段がどれだけ有難いが良く分かる。この2日間で俺の身体は全身筋肉痛である。

 馬車ということなので移動速度自体はそこまで速くもないだろうが、歩かないで済むというそれだけで御の字だ。

 ちなみに本来なら、森を出てから少し歩いて野宿して、また丸一日歩いて夜ぐらいにベリルに到着する予定だった。けれども馬車なら朝に出れば夕方ぐらいには着けるらしい。何と素晴らしいことだろうか。

 出発は明日になるとのことだったが、それでも予定より早く着けるのだから問題はないだろう。しかも今日は泊めてくれるというのだから是非もない。俺は有難く申し出を受けることにした。








「ほい、ここが客室ね」


 ヴァンにとっては勝手知ったる他人の家なのだろう。ウォーレンさんが仕事に戻っていくと、ヴァンに引っ張られて2階の一室まで連れてこられた。

 中はかなり暗かったが、ヴァンが木の板でできた窓を開けると日光が部屋を明るく照らした。


 食堂でも思っていたが、結構綺麗な部屋だ。辺境の村の家というぐらいだからもっとボロい感じを想像していた。村長の家だから、という可能性はあるが。この部屋も本来は商人などを止めるための部屋らしいし、他の家より綺麗という可能性は考えられる。まあ、どちらにせよ俺にとっては嬉しいことだ。

 部屋の中には大きな収納箱とベッド、それとサイドチェストが置かれている。

 とりあえず疲れた俺は、荷物を置いてベッドに腰掛けさせてもらうことにした。が、ポーチはともかく軍刀が邪魔だったので、とりあえず固定していたベルトから鞘ごと引き抜いた。

 すると、俺の持った刀を見てヴァンが言う。


「そういやさ。兄ちゃんって弱っちいけど、その剣使えんの?」

「んー? 一応な」


 俺はそう言って、鞘ごと構える。これでも中高と剣道部だったし、昔祖父から刀の扱いかたは習ったことがあるので、一応扱える。

 ただ、一応だ。剣道部ではほとんど竹刀しか使わないし、そもそも剣道をやっていたからといって実戦で役に立つかは別だろう。

 こうやって持つと、やはりその重さが分かる。振るえないことはないが、異世界の魔物相手にどれだけ戦えるか。

 昨日会った魔物たちを思い出す。……ホーンベアは無理だろう。デビルラビットとかいう凶悪なウサギも、刀で捉えられたかどうかは怪しい。フォレストスパイダーなら単純に切りつけることは出来そうだったが、戦闘になって勝てたかどうかは分からない。

 ――結論、魔法万歳。


 まあ、余裕があれば練習して実戦経験も積みたいところだが、無理はしないのが一番だ。そう思いながら刀をベッドの脇に立てかけて座り直す。

 そこまで興味があった訳ではないのか、ヴァンも「へー」と言っただけだった。そして外へと向かい、扉のところで振り返った。


「んじゃ兄ちゃん、オレはちょっと夕飯狩ってくるから」

「おー、行ってらっしゃい」


 ヴァンは「お前そんだけ食ったんだから狩りぐらいは手伝えよ」とウォーレンさんから釘を刺されていた。まあ、俺の3倍は食ってるから仕方ない。

 「行ってきまーす」とヴァンは元気良く去って行った。


 そして、ぽつんと部屋に一人残された俺。

 しばらくはベッドの上に転がって体を休めていたのだが、何もやることが無いと流石に時間も潰しづらい。

 ヴァンと一緒にいると退屈しなかったし、その前はひたすら移動しなきゃいけなかったので、何気に異世界に来て初めての暇な時間だろう。


 とはいえ、暇だからといってこのままごろごろしているのもどうだろうか。

 何せ村人たちは今も働いているのだ。ヴァンだって狩りに出かけたし、俺だけが休んでいるのは気が引ける。

 かといって、俺に出来ることなんてそうありはしない。単純な肉体労働だって村人ほど上手くこなせないだろうから、手伝おうとしたらかえって邪魔になりそうだし。

 何か頭でこなせる仕事があればと思うが、思いつくのは村の帳簿とかを付けることぐらい。そもそもつけているのかどうか知らないが、そうだったとしても俺がやらせてもらえることではないだろう。

 特に思いつかず、とりあえず何か手伝うことはないかをウォーレンさんに聞いてみようか、と体を起こしたところで、腰のポーチに入った魔導書の重みに気付く。


 ――あ、思いついた。










「怪我してるヤツがいないか、だって?」

「ええ。実は一応治癒魔法が使えるので、お礼に治療させてもらえればなと思いまして」


 俺はウォーレンさんの元を訪ねて、事情を説明していた。

 机に向かって何かを書いていたらしいウォーレンさんは、羽ペンを置いて腕組みをしている。


 祖父が書いた魔導書の中には、幅広い魔法が書かれている。その中の一つに「治癒」があった。

 名前の通り、かけた相手の体を治す効果のある魔法だ。病気にはあまり効果が無いし、流石に失った腕を取り戻したりということまでは出来ないようだが、骨折とかぐらいなら治療できるらしい。


 その話をすると、ウォーレンさんはまたちょっと信じられないという顔をして俺を見た。


「そういうことなら是非診て欲しい人がいるが……お前さん、本当に治癒士なのか? そんな凄いヤツには見えんが……」

「うーん……信じていただけないとは思うんですが、ほら。ここはひとつ物は試しということで、とりあえず怪我した人を診せてくれませんか?」


 俺がそう言うと、「まあ、そうだな」とウォーレンさんは立ち上がった。そして、「ついてこい」と言って俺を家の外に連れ出す。


 ウォーレンさんに連れてこられたのは、一軒の家の前。村の少し外れにあり、畑の傍に面している。

 その家の扉をノックして「フランク。俺だ」と呼びかける。すると、すぐに扉は空いた。


「村長! どうしたんです?」


 出てきたのは、若い男だった。若いと言っても俺よりは年上だろうが、それほど変わらないように見える。少し気の弱そうな顔つきをしていた。

 そんな彼の視線が、俺の方に向いた。


「あの、村長……その人は……」

「ちょっとな。ヴァンが連れてきた客人だ。多少治癒魔法をかじったことがあるってんで、連れてきた。ばあさんの様子はどうだ?」

「そうなんですか! 祖母は相変わらずでして……腰が痛いと呻いてます」


 どうぞ、というフランクさんについて家の中へ。やはりウォーレンさんの家と比べると、少し貧相に感じられた。

 案内されたのは、お婆さんがベッドの上で横になっている部屋だった。


「ああ、ウォーレンかい……すまないねぇ。私のために治癒士を呼んでくれるんだって?」

「俺は村長だからな、当然だ。それに、ばあさんには俺もよく世話になったからな」

「はは、やんちゃ坊主が成長したねぇ……」


 体を起こすことが出来ないのだろう、お婆さんは寝たままでウォーレンさんに声をかけた。そんなお婆さんに、ウォーレンさんも優しげな笑顔で話しかける。


「それで……そちらの方は? ここらじゃ見ない顔だね」

「こいつはヴァンが連れてきた客人でね。治癒の魔法をかじったことがあるってんで、診てくれるらしい」

「へぇ。若いのに凄いんだねぇ……」


 お婆さんは、ちょっと目を見開いて驚いた様子。この世界では、治癒の魔法を学んだことがある、というだけでも結構凄いことなのだろうか。

 話をするウォーレンさんの脇で、フランクリンさんはお婆さんを示して、俺に小さな声で話しかけてきた。


「おばあちゃんは、昨日洗濯をしようと川に洗い物を運んでる最中にこけて腰を強く打ったんです。それからずっと立ち上がれないし、運ぶ時も随分と痛がって……」

「そうなんですか……」


 腰が痛い、というからにはぎっくり腰みたいなものかと思ったが、どうも少し違うようだ。

 強く打ったということだと、骨折の可能性もあるのだろうか。医学部だったわけではないので詳しくは分からないが、結構重症みたいだ。

 とりあえず、魔法を使ってみるしかないだろう。俺はポーチから魔導書を取り出して、治癒について書かれた頁を開く。


「じゃあ、とりあえず魔法使ってみますね」

「おう、頼むわ」


 そう言うと、ウォーレンさんもベッドの脇から退いて、場所を開けてくれる。

 フランクさんの「お願いします」という声と、お婆さんの少し期待が垣間見える目に少し緊張してしまう。

 俺としても、お婆さんが寝たきりになっている姿を見るのは辛い。それだけに失敗したらどうしようという思いも強くなる。

 けれども、それを押さえつけて魔法を使う。少し深めに息を吸って、吐く。


「【治癒】」


 そう宣言すると、俺の魔力が動くのが分かった。

 魔導書の導きによって俺の魔力がお婆さんに向かい、身体を包み込んで優しい輝きに変わる。

 そして、それだけ。輝きはすぐに収まり、魔力の流れも止まった。

 誰も口を開かない。


「どっ……どうです……?」


 仕方なく俺が発言するが、緊張から思わず言葉が震えた。

 すると、お婆さんが呟くように言った。


「……痛くない」

「え?」

「痛くないよ……さっきまであんなに痛かったのに!」


 そう言うとお婆さんはむくりと起き上がった。喜びを隠しきれない様子で、空いていた俺の左手を掴んだ。

 「ありがとう」を連呼するお婆さんに、俺もほっとする。どうやら上手くいったらしい。

 俺も嬉しくなり、ふと静かな二人を振り返ると、驚いた様子だった。特にウォーレンさんに至っては大きな口を開けて固まっている。


「あの。上手くいったみたいです」

「あ、ああ! そうみたいだな!」


 ウォーレンさんは俺の声がかかってようやく再起動。大げさに頷いている。フランクさんはお婆さんに近寄って「おばあちゃん! 良かった……!」と抱きついた。

 その姿を眺めながら、ウォーレンさんはポツリとつぶやく。


「すまんな……実はお前が治癒士だってのは、あまり信じてなかったんだ」


 ええ、分かってました。


「いえ、まあ若いですしね。仕方ないと思います」

「本当にすまん。それと、婆さんを治療してくれてありがとう」

「あ、いや頭を下げられると困っちゃいます! ね、これもお礼ですから!」


 深々と頭を下げるウォーレンさん。それを見てか、フランクさん達まで深々と頭を下げてくるので俺は慌ててそう言った。そうやって感謝されるのは嬉しいが、そんな大したことをしたわけではない。


 その後、元気になったお婆さんとフランクさんに見送られ、俺達はウォーレンさんの家へと戻った。

 その道すがら、ウォーレンさんは言う。


「しかし、ベリルに行く必要がなくなっちまったな」

「……え?」


 聞くと、そもそもベリルには先ほどのお婆さんを治療してくれる治癒士を呼ぶために行く予定だったとか。

 あれ……ってことは馬車は出してもらえない? と思ったが、「何言ってる。恩人にそんな真似するか」と笑い飛ばされた。

 むしろ、馬車を出すだけでいいのかと言われる。というのも、治癒士を呼ぶには少なくないお金がかかるそうだ。具体的云うと金貨1枚らしい。なるほど分からん。

 素直にそう言うと、だいたい1人が1か月から2か月で稼ぐ金額だとウォーレンさんは教えてくれた。なるほど、そりゃたしかに大金だ。

 とはいえ、俺としては一晩泊めてもらってご飯も出て、馬車も出してくれるのであればそれで充分である。そう伝えると「そうか、ならせめて飯ぐらいは豪勢にしてやるからな!」とウォーレンさんは笑った。











「へー、それでこんな飯が豪勢なんだ」

「おう! お前はツカサに感謝して食べるんだな」

「してるしてる」


 がつがつと肉を貪るヴァンは、幸せそうな顔で適当な返事をしていた。食うことに夢中らしい。

 しかし気持ちは分かる。異世界の本格的な料理は初めて食べたが、これがなかなか美味しい。

 ヴァン狩ってきた鳥は香草焼きにされていて普通に美味しいし、スープも昼間のものより味付けがしっかりして野菜なんかも多く入っている。

 あと、パウンドケーキのようなものも出てきた。食べてみると、少し甘さが物足りないが、クルミとかも入っていてやはり美味しかった。

 ちなみにこの料理はウォーレンさんの奥さんが作ってくれたようだ。少しふくよかな女性で、癖のある茶髪を肩まで伸ばしている。俺が取り分けられた分を食べきると、「まだまだあるからね」と新たに料理を取り分けてくれた。 


「それにしても、兄ちゃんほんとに凄い魔導士なんだな! 治癒魔法も使えるなんて」

「……ん? ツカサは治癒士じゃないのか?」


 ヴァンの言葉に引っかかったのか、ウォーレンさんは首をひねってこちらを見る。


「いんや? 兄ちゃんは魔導士だぜ。ホーンベアも一撃でぶっ倒してたもん」

「ホーンベアを!? そりゃ凄いな……いやしかし、治癒魔法も使える上に戦闘もできるとなると、相当高位の魔導士になるな」


 聞くと、普通は治癒魔法と攻撃魔法を同時に習ったりしないそうだ。特に治癒魔法はそれが出来るだけで食っていけるし、習得にも結構な年月がかかるからなのだとか。

 ましてホーンベアを一撃で倒す攻撃魔法まで習得しようとするなら、子供のころから英才教育を受けないと難しいらしい。

 それを聞くとちょっと申し訳なくなってくる。すみません、俺はただじいちゃんの魔導書を受け継いだだけです。英才教育とか受けてないです。


「ツカサは冒険者になるのか? だったら引っ張りだこだろうな」


 冒険者。主に魔物が多い地域での貴重な資源を採取したり、また魔物自体から素材を取ったり。そういったことを生業にしている人々がそう呼ばれる。

 ――が、実際は雑用みたいな依頼をこなすことも多く、色んな土地を渡り歩きながら依頼を受けて日銭を稼ぐ根無し草なんて呼ぶ人もいるらしい。

 けれども、魔物という脅威に立ち向かう力を持った冒険者に憧れる子供も多く、需要もやっぱりあるらしい。


「そのつもりですよ、一応」

「だったら、こいつに推薦してもらえばいい。試験料が浮く」


 推薦? と首をひねると、冒険者として登録するには試験が必要なのだと教えてくれた。仮にも魔物に立ち向かうのが仕事であり、実力が無ければ困るからだ。

 試験料は大銀貨一枚。金貨の20分の1の価値ということだから、まあ安くはない金額になるだろう。

 けれども冒険者志望の人間は多く、いちいち試験をしているときりがないのだそうだ。だからこそ試験料も課せられているのだが。

 そこで、Dランク以上の冒険者の推薦があれば試験を免除する制度があるらしい。ちなみにAが一番上で、Eが一番下だそうだ。


 ヴァンはDランクの冒険者として登録されているらしい。あまり依頼などは受けないが、以前マッドウルフとかいう魔物を狩ったことがあり、その時にランクを上げたのだとか。

 「ホーンベアを倒せるなら、お前はもうCランクぐらいの実力はありそうだがな」というのはウォーレンさんの言葉。ホーンベアってそんな危ない魔物だったんですか。


 その後も冒険者についての話を聞いたり、貨幣について話を聞いたりしながら夜は更けて行った。

 

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