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学園追放。

学校の僕

作者: 冴野一期

 誰にも共通する努力をひとつあげるなら、それはきっと、空気を読むこと。環境に適応することなんだろう。

 僕、白河卓也は、小さな頃からデブだった。

 昔から、散々「白河さんとこの子は、ぽっちゃりしてるね」なんて言われてた。それで小学校の四年生、十歳の誕生日を迎えた翌月に、クラスで『白ブタ』ってあだ名をつけられた。同時期に、僕の学年ではイジメか、それに近い出来事も起きていた。

 隣のクラスでは、学校に来ていない女子生徒が噂になった。クラスの中でもあまり社交的でなかった男子が一人、意図的に輪を外されていた。

 僕はおそらく〝予備〟だった。位置的には後ろから二番目といった具合で、環境から除外される候補としては、次点に違いなかった。

 翌日から、僕は空気を読むことに徹した。

 白ブタと呼ばれる自分を受け入れた。正直なところを言えば、昔から必要以上に食べる方じゃ無かった。けど、もっと食わないと飢えるぞなんて言われたら、嫌いなものを押し付けられても、お礼を言って素直に食べるようにした。

「うまいか?」

「うん、おいしい」

 僕はますますデブっていった。

 悲しい顔や、怒った顔はしないように気をつけた。お節介な女子が、先生に言ってあげようかなんて口にした時も、表には出さずに遠慮した。

 ただ、悪いことばかりでもなかった。仲の良い友達は、ブタ呼ばわりするクラスメイトのいないところでは「たくやん」って、いつも通りに呼んでくれたからだ。

 その友達も身体が小さかった。お互いに空気を読んでいたのだ。


 翌年の三学期。危惧していた通り、輪から外されていたおとなしい感じの男子が不登校になった。彼は卒業する間近にずっと遠方へ引っ越したという。

 それからも僕は息を潜めつつ、最低限の存在感を保つという方法で生きていた。そして気が付いた時、僕はいつのまにか〝予備〟から抜け出して、平均未満といったヒエラルキーの辺りを彷徨っていた。

 小学校を卒業する時、もっとも親しかった友達は、卒業アルバムにはいなかった。


 *


 僕は仮想世界のひとつ、『中学校の教場』にいた。

 リアルタイムと連動している場所だったから、天候や時刻はすべて、現実世界と同じものが流れてる。

 窓の外は、すっかり秋の夕暮れに染まっている。時刻は午後四時十三分。手を動かして、教職員用の【AIU】――並列型人工知能――が告げる数式を、タブレット型の疑似ノートに写し取っていた。

「皆さん、きちんとノートはとっていますか?」

 板書きをしていた教師の手が止まり、僕たちの方へ振り返った。率直に言えば、どこにでもいそうな、ありふれた中年の女性教師の一人だ。

 彼女に乱数は存在しない。

 人工知能の本質に『愛情』や『理念』といったものはない。つまり日によって気分が上下することもないし、隠れた侮蔑や贔屓、あるいは不正を促す事も決してない。

 僕らは等しく公平だった。そして僕らは『特別』なんてものを望みはしない。その辺りを理解したうえで、この場所を選んだ。

「今日の内容は特に重要ですよ。次の期末試験にも出ますから、しっかりノートを取っておいてくださいね」

 静かな教場の中で、時間は淡々と進んでいく。


 『VR3-A』と名づけられた国営の『国立仮想学園領域』。時にはいくらかの皮肉や嫌味を込めて『不登校生徒救済施設』、略して〝フシツ〟なんて呼ばれたりする。

 それでも現代、若者が減って、首都以外の地方は過疎化ばかり進むと言われる中で、こういった空間は、世界中で同じようなものが生まれ続けていた。

 日本でもこの仮想世界の演算には、超高度AI【MiChI-A】(みちあ)が用いられている。

 東京新宿に本体を持ち、衛星通信とのセッションの確立から映像を取りこみ、VR空間にリアルタイムで領場データを形成しつつ、人体の中を流れる『ナノアプリケーション』と『DNAクラウドサーバ』を介しての相互暗号化通信までを、全自動で実行し続けている。

 僕の本体は、今も自宅のベッドの上で横になっている。

 ここは、リアルにある学校じゃないけれど、現実世界と同じカリキュラムと評価が得られる場所だった。五十分単位の授業を受ければ、出席数が(+1)される。欠席せずに取り組んでいれば内心点もつく。推薦を取るのはさすがに難しいと言われたけれど、一般試験で高校受験をする事に関してのみ言えば〝普通の学校〟に通っている生徒と、差は存在しない。

 少なくとも、表面上はそんな風に決まってる。そして生徒は望むなら、その先の進路もまた、現実にある学校か、仮想領域の学校を選択することができた。


 ――キン、コン、カン、コン。


 耳慣れたチャイムの電子音が鳴る。これも現実と変わらない。

「それでは六限目の授業を終わります。日直、号令を」

「はい。起立」

 僕が声に出すと、VR3-Aの皆が立ちあがった。

 生徒数は全部で四十人。このうちのほとんどが〝NPC〟だ。自動的に更新される彼らは、毎年四月にリセットされる。

 プライベートの関係上、誰がそうなのかは内密になっている。どうしても、その相手がリアルに存在するかを知りたければ、各自が少し勇気を持って踏み込めば済む。要は現実と同じだ。

「気をつけ、礼」

『ありがとうございました』

 僕らは一斉に頭を下げる。帰りのホームルームが始まるまで、教室はいつも通り、いくらかの解放感に包まれていた。僕もまた、前の席の男子と顔を合わせ、特になんでもない話をしながら、机の中身を、鞄の中に詰めるという真似事を行っていた。


 ホームルームも済めば、明日が来るまで、特に用事はない。『ナノアプリケーション』から、自分のバイタルサインを確認する。オールグリーン。身体も心も異常ありません。

「白河おつかれ。今日は帰んの?」

「うん。また明日」

「おう、また明日な」

 VR3-Aの教室を出て、廊下に進む。

「open.category.menu」

 カスタアイズしたアプリの『窓』を表示させた。眼前に現れた半透明の枠内に向かって、意識を戻すログアウトの操作へ、指を向けた時だった。


『メッセージ:

 今日も部活動があるよ。サボらないで、ちゃんと来てね』


 通信が来た。少し迷った。

 このまま本体の自分に帰って、今日の授業の復習したいなと思った。

「一応、僕受験生なんだけどな」

 僕は中学三年だ。順当にいけば、他の生徒と同じように、普通科高校へ進学する。

 仮想領域内にある、普通科高校。自分の成績でも、十分に余裕がある『クラス』への進路を考えている。その先はまだわからない。

 現実と同じ外を見れば、オレンジ色の夕陽が、ゆっくりと、西側のビルの向こうへ落ちはじめていた。

「綺麗だな」

 自然と、そういった感想が口から漏れた。

 ヒトの体内を流れる『ナノアプリケーション』ができて以来、僕たちは仮想と現実、二つの世界を行き来できるようになった。

 共通の仕様を持った基本ソフトウェアが誕生し、各企業が、独自色を持った情報インプラント技術の競合をはじめて十数年。

 人体流動型のインフラ技術は、すっかり当たり前のものとして定着した。

 個人の二重螺旋構造は、仮想空間でも同じように、個々を特定するIDアドレスに相成った。

 一体なにが本物で、偽物なのか。

 僕らにとって、そういった区別は無くなりつつある。これからはもっと、希薄になっていくんだろう。

 そんな仮想現実に慣れない大人たちは、もっと現実を大事にしなさい、一人の人間を尊重しなさいと言う。だけどその現実で起きていることは、なにかを大事にする代わり、抑圧を溜め込んで、ある日、誰かへ向かって開放されることになる。

 それはどうしようもないこと。生きている限り。付きまとうこと。

 差別はいけない。イジメもいけない。でもみんな分かってる。

 そういうものは、この世から、なくならない。

 むしろ存在するからこそ、この世界は成り立っている。

(……でも、本当にそうなのかな)

 そもそも、すべての原因となってるものが、あるじゃないか。

「ぶっちゃけ、体って、いらないんだよね」

 小学生の頃に、白ブタと呼ばれた僕。

 去年まで現実の中学に通ってた。いたって普通に空気を読んで生きていた。

 他校の生徒も混じるようになってからは、白ブタのあだ名も、いつのまにか消えた。けど同時に「たくやん」って呼ばれることも、二度となかった。

「今思えば、べつにたいしたことも、なかったよね」

 僕は無事に、白河卓也に戻った。

 ただ、その時に、なんていうか〝これでいいのかな〟って思った。

 そう思ったことを、正確に、言葉にするのは難しいんだけど。ただ、思ったんだ。思って、少なくともその時に、これからずっと、空気を読み続けて生きていく自分を考えて、冷静に、死にたくなった。

(……それは今もだけどさ……)

 仮想学園の部室棟へと向かう途中、廊下の窓を見つめた。行き交う生徒、あるいは『情報体』の男女の姿は、どことなく似通っている。

 仮想世界の姿は自由だ。制服の着用と、頭髪指定の規則。他にも〝性別一致〟の規約があるけれど、それ以外はゆるい。すれ違う生徒の中には、超美形の男女も平然と混じっていたりする。

 そういうのは、ほとんどが〝NPC〟じゃなくて、正真正銘の〝肉入り〟だった。『ナノアプリケーション』を通じて、どこかの現実から、この仮想領域にログインしているのだ。

(……みんな、そんなに変わりたいのかなぁ……)

 鏡に映る僕の姿は、現実と変わってない。

 白ブタ時代から、さらに横方向に膨れた、正真正銘の短足デブだ。

 腹周りの制服のボタンは、リアルならいつ弾け飛んでもおかしくない。革のベルトもきちきちで、最初の穴開けの部分を通してる。そんな容姿だからか、外見のパラメータを一切いじってない僕は、他の生徒からも、間違いなくNPC扱いされていた。けど、

(こっちの方が、気楽なのになぁ)

 現実だと、悪い意味で、僕の姿は印象に残る。だけど仮想世界になると、こんな外見をしてるのはいない。差分用に生成されたNPCの生徒がいるだけだ。

 誰も、こんな姿を好んで選ばない。そんな考えの隙をついて。僕は本当の意味で、目立たない、主体性のない空気に生まれ変わることができた。

「落ち着く」

 今までのように、必要に迫られて、空気を読むことはなくなった。

 なにかを我慢することはない。誰かを傷つけることも、傷つけられることもない。ずっと疑問に感じていた「もっと現実を大事にしなさい」という言葉は、仮想現実を得た僕の中で、こういう理解に置き換えることで、やっと〝しっくり〟きた。

(うん。やっぱり、こっちの方がいいよ)

 窓ガラスの上に手を置く。芋虫みたいに太い五本の指が、饅頭のように膨れた顔の側に添えられる。自然に口元がほころびそうになって堪える様子は、はたから見れば、とても気持ち悪いのは分かってる。でも、

 ――これが〝僕〟だ。

 この場所にいると、心から思える。

 この姿を持っていて、生きていて、良かったんだな、って。




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