表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/14

ゾンビ依存日。

 

 郁多天袈、短編十作目!

 とにかく襲われる展開です。

 ぞんびーぞんびー。

 

 

 

 ――その日は、何だか嫌な予感がした。

 

「あれ? まだ夜じゃん。何で起きたんだ?」

 

 目覚まし時計は十時を示している。この暗さならやはり午後十時の事だろう。空腹を感じた少年、加羽宵地(かばねよいち)は部屋を出て階段を降りた。見慣れたリビングには、これまた見慣れた母の後姿があった。

 

「母さん、何か食うもんある? 皆夕飯もう食ったの?」

 

「あら、遅かったわね……」

 

 振り返ったのは、皮膚がただれていて気味が悪くなってしまった母親。声にならない悲鳴をあげた宵地は思わずバックステップで距離をとる。怯えながらもお得意の『電気のひもボクシング』で鍛えたジャブで牽制(けんせい)し始めた。

 

「なっ、何してんだよ母さん! 大怪我じゃんか!! 病院行け!」

 

「あら、これでも結構美肌の部類なのよ?」

 

 誰が見てもボロボロな肌をこれまた痛々しくなっている右手で撫でると、宵地を見て腐った口角をぐにゃりと持ち上げた母親。今の状態であれば、母ゾンビと言った方が正しいかもしれない。

 

 少年はゾンビをめちゃめちゃに倒すゲームが好きだった。しかしいざ現実に、眼前にゾンビがいてしまったら、それはもうこの上無い恐怖に襲われている訳だ。次第にジャブも打てなくなってきた。

 

「夕飯だったわね……食材が何を言っているのぉ!!!?」

 

「うぎゃああああぁぁぁぁぁああああぁぁっっ!!!?」

 

 包丁を振り回す母ゾンビの横をなんとか通って、家を飛び出した。初めて家出を決意した宵地だったが、現実は彼に厳しい。外には街灯の明かりも無くて、人っ子一人いなかった。代わりに、ゾンビがうじゃうじゃと()いていた。

 

「なんなんだよ……そうか。ゲームの世界に迷い込んだってヤツだな!? くそっ、だったら戦うしかねぇって事かぁ?」

 

 全くもって違う。長らく人目を避けて来たゾンビ達が、自分等の居場所を確保しようと一揆(いっき)を起こしたのだ。人間の臭いを嗅ぎつけた奴等が、わらわらと宵地の元へ群がってくる。腐臭に包まれた宵地は吐き気を(もよお)し、足も(すく)んでしまって玄関の前から動く事も出来ない。

 

「こっちだ、少年!」

 

 ゾンビ達を上手く掻き分けて宵地の元へ一番に駆け付けた体格の良い男が、そのまま宵地を背負って危険地帯から脱出する。この筋肉量ではあり得ないくらいの機敏さでゾンビ達から離れ、走り続ける事十分間、二人は近くの駅まで到達した。

 

 そこにも人の気配は無くて、静けさと一車両だけの電車が残されている。男はきょろきょろ辺りを見渡すと、宵地を下ろしてはにかんだ。

 

「危ない所だったなぁ少年! 怪我は無いか? 奴等に食われると同じゾンビになってしまうらしいんだ……しかも奴等は朝でも活動できるように毒ガスで空に層を作ったという情報も聞いた。勘違いしているだろうが、今は朝なんだ」

 

「こんなに暗いのに!? だから街灯も……」

 

「ああ、それよりここも危険だ。どうにかしなければ」

 

 ――ここに運んだのは貴方では……。

 

 命の恩人に対してそんな苦言を呈する事はしないが、宵地は苦笑いを浮かべている。男は手招きをしながら、電車の方へ歩き始めた。

 

「……っと、ドアも開いた。俺の名前は――ぐぎゃああああああぁぁぁぁぁあああぁあぁあ!!!?」

 

 中に潜んでいた二体のゾンビに男が腕や足を噛み千切られている光景を見て、宵地の我慢していた吐き気が遂に限界に達し吐いてしまった。そのばで不快感に苦しむ彼を、ゾンビ等は見逃さなかった。おどろおどろしく飛びかかる。

 

「ほりゃあああぁぁぁぁぁ!!」

 

 そのゾンビ達に何か物体が命中した。白くて少しべたつく丸められたもの――塩のおにぎりが奴等の眉間で弾けたのだ。奴等はうろたえながらも、塩むすびを口に放り込む。すると、奇妙な事に(うめ)きながら溶けてしまった。

 

「ワシ特製の塩むすびじゃ! 文献を読み漁った甲斐(かい)があったのう!」

 

 そう言ういかにも博士らしい外見をしたお爺さんは、脇に文献(マンガ)を抱えて大笑いしていた。疲弊した宵地はしばらく彼を見ていたが、現状による理不尽な疲労が溜まり過ぎて意識を失ってしまった――。

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 目覚めた宵地は、薄汚れた畳の敷かれた和室に倒れていた。体をそっと起こして辺りを見回すが見覚えが無く、人の気配も無かった。だがしかし最悪な事に、ゾンビの気配だけはわずかに感じ取る事が出来た。出来てしまった。

 

『フーーーー。フーーーーー……ヴゥゥゥゥ』

 

 見て来たゾンビよりも一際大きく(むご)たらしいゾンビが、博士の脇腹を噛みしめてゆっくり部屋の前を通った。当然気付かれた宵地は眼前の脅威とばっちり目が合ってしまい、全身で殺気を寒気がするほど感じる。

 

 咄嗟(とっさ)に反らした目線の先には、ポリバケツに詰め込まれた白米の山。次の瞬間飛びかかってきたゾンビの拳をかすった程度に収め、転んだ反動を利用してバケツの中に腕を突っ込む。冷や汗を目一杯かいて塩っ辛いだろう手で米粒を握り締めた。

 

「うおおおおぉぉぉぉっっ!!」

 

 (のろ)く振り向くゾンビの口にはもう何も無かった。近くでひしゃげているお爺さんの死体には目もくれず、宵地は米粒だらけの腕を、掴んだ米粒の塊を奴の口内に突っ込む。噛み千切られるよりかは早く、大型ゾンビは溶けていった。

 

 宵地の意識は、再び途切れる――――。

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

「…………夢かよっ!! くっそ、疲れたッ……」

 

 重い体をずるずると動かしてリビングへ降りる。見慣れた母親の腐り果てた顔に安堵を覚えて、いつもの椅子へどちゃりと腰を下ろした。青白い右手で箸を、骨しかない左手で皿を持ち、行儀良く食事を始めた。

 

 


 自分の顔は醜くただれて、皮膚はボロボロ、四肢の全てが腐っている。それが異常だという事を、加羽宵地が思う事は絶対に無い。

 

 

 

 ご読了感謝です!

 自分が見た夢を広げて書きました。

 郁多は人間ですのでご安心を。

 

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ