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演劇恋愛。

 

 郁多天袈。短編九作目!

 物語の舞台に立つのは演劇部。

 二人の筋書きとは如何に――。

 

 

 

「アイツを傷付けやがって……俺は許さねぇぞ!」

 

「はいカットカットー。俺はじゃなくて、俺が、だから! もっかい!」

 

 近い内に開催される大会で好成績を残すため、演劇部は日々練習に明け暮れていた。役者組や裏方組、台本組にも気合が入っている。その分、近頃はピリピリした空気が彼等の間に張りつめていた。

 

 特にこの大会が最後となる三年生は、毎日懸命に練習や流れの確認をする。台本の一字一句までのチェックや照明の当てるタイミング等、一切の余念が無い。その熱意が後輩達にも伝わっているからこそ、劇は精練されていった。

 

「今日はもう終わりー! 皆お疲れ様っ!」

 

 部長であり台本組に属する増戸李花(ますとりか)が声を張った。時刻は夜七時前で、皆は手早く片付けるとそれぞれ帰っていった。学校に残る演劇部は、李花ともう一人だけだ。

 

「おら、早く帰るぞ。俺ぁ疲れた!」

 

 李花の彼氏であり役者組に身を置く壬生泰助(みぶたいすけ)が、傘を差して李花の支度が終わるのを待っていた。よく似合う短髪が爽やかな彼だが、なんだか少し疲れた表情をしている。

 

「うん、ごめんね。いそごっか!」

 

 肩までの髪を揺らして、少し傾いた黒縁眼鏡を整える。雨の中の相合傘の下に、ぎこちなく寄り添う美男美女の図が出来上がっていた。そんな彼等も、付き合って半年になろうとしている。

 

「今日は疲れてたの? ミスが多かったね」

 

「……あぁ、ちょっとな」

 

 泰助が浮かべた苦笑に対して、逆に李花は元気一杯な顔で彼の背中を軽く叩く。何も言わずとも、泰助に気持ちは伝わっている。自然と泰助の顔も緩まり、爽やかさが戻った。

 

「さんきゅーな、李花。そういう所、好きだぜ」

 

「馬鹿っ……わざと少し照れた顔で言うのやめてよね! そんな上手い演技は大会の舞台上で見せてほしいです! 台本組の一員として」

 

「へいへい、わかったわかった。任せときなー」

 

 楽しい会話は、李花の家の前で終わる。お互いに笑顔で手を振り合うと、李花は家の中へ入っていく。それを見終えた泰助も突然にふらついた足取りで自宅へと向かった。

 

「頭……痛ぇな、何だこれ」

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 その日から一週間後、大会の三日前。最終調整に入っていた。

 

「寂しいじゃねぇか……馬鹿野郎――ッ」

 

「はいオッケー! 相変わらず泣く演技が上手いねぇ壬生くん!」

 

「はは、まだまだだよっ」

 

 彼氏が褒められ得意気に李花も微笑んでいる。演劇の仕上がりも順調で、誰もが大会を楽しみに感じていた。今日も充実した練習が行われ、そして今日も終わった。鍵を職員室に返して来た泰助を、片付けを終えた李花が満面の笑顔で待っている。

 

「あ、おかえり……って大丈夫!? 顔色悪いよ?」

 

「最近、頭痛が増えてさぁ。なんだろ、風邪かな?」

 

 なんとか口角を上げるだけで精一杯の彼にしっかり寄り添って、体を支えながら家までを共にする。状況を把握出来ていない通行人が茶化す事もあれど、李花は一切気にかけず泰助の容態だけを心配していた。

 

「わ、悪いな。本番は必ず……絶好調で芝居すっから、よっ」

 

 両親がまだ帰っていない泰助の家の中まで運び、ベットに寝かせる。辛そうだがなんとか眠りについた彼の頬にそっと唇を落とすと、苦虫を噛み潰したような表情で静かに家を出た。

 

 玄関の扉を閉めてから――李花はその場で倒れた。

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 増戸李花は病院に運ばれ、そのまま手術へと移行した。

 

 倒れていた彼女は、しばらくして帰ってきた泰助の母親のおかげで病院へ来れた。母親が救急車を呼んでから、もう二時間が経つ。ようやく泰助が病院へ駆け付けた。

 

「母さんっ! 李花……李花はっ!?」

 

 息を切らす彼に母親は首を振って、まだ手術中である事を示した。悲しみに満ちた顔をする泰助は、勢いよく椅子に座って念じるように両手を組む。当然の如く溢れ出る涙を拭こうという気等は一切無い。

 

「ずっと辛かったのかよ……俺よりもストレスや、不安を、抱えてたんだな……ッ」

 

 泰助の悲痛な思いが、口からこぼれていく。

 

「俺よりも、上手い芝居してんなよ……お前は台本組だろうがッ! 俺は……そんな台本貰ってねぇし貰いたくねぇ――くそ……どうすりゃ良いのかもわかんねぇよぉ……ッ」

 

 延々と泣き続ける泰助に、母親は敢えて声をかけなかった。医師と話を終えた李花の両親がやって来ると、早く成功して終わる事を祈りながら三人で手術中と書かれた赤いプレートを見続けた。

 

 そして、光が消えた。「終わった!」という大声に反応した泰助が誰よりも早く出入り口に走った。出て来た医師に、必死で李花の事を尋ねる。医師は、顔をぐしゃぐしゃにした泰助の肩を優しく叩いて、そっと頷いた。

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 大会は成功した。惜しくも優勝は逃したが、好成績で幕を閉じた。優勝を勝ち得た演劇部のメンバーにも絶賛され、一番褒められたのはラストシーンでの泣く演技。泰助の泣き方がリアルだったと、称賛を浴びたのだった。

 

「ってな訳で、ほらよ。大会の映像」

 

「ありがとね。それと、お疲れ様。ずっと自分の演技に悩んでたんだね……主役を務める重大さや経験の少なさに不安を感じて。ストレス性の頭痛に悩まされちゃうほどにさ」

 

「お前こそ、部長の責任とか台本の完成度にずっと気ぃ張ってたんだろ? 生まれつき心臓が弱かったとか知らなかったし、狭心症だの心臓病だの心筋梗塞だの! バイパス手術なんてのもしやがって、マジでふざけんな……ッ」

 

 話している内に涙がこみ上げる泰助は、そっと腕を広げて彼を見つめる李花の体にもたれた。優しく抱き締めた彼女は、ゆっくりと話す。

 

「ありがとね? ごめんね、心配かけて。大会前に心配かけたくなかったの、部員として……違う、泰助の彼女として」

 

「わかった。それと、俺はお前と二人でいる時に、芝居なんて絶対しない。した事もねぇから」

 

「うん、知ってたよ。泰助は本当の本当に私の事を好きでいてくれてるんだって」

 

 慈しむように頭を撫でている李花の少し痩せた体を、泰助の方からそっと抱き締めた。しばらくそのまま動かなかった彼は唐突に口付けした。そして見つめて言う、大好きだと。

 

「これなら、いつもより本当だってわかりやすいだろ?」

 

「わ、分かってるって言ったのに……バカっ」

 

 二人の互いを愛する想いに、台本なんてありはしない。筋書きに沿った恋愛なんて恋愛じゃない――。

 

 

 

 ご読了感謝です!

 真っ直ぐな恋愛を目指しました。

 あぁー……羨ましい関係ですねぇ。

 

 

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