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続、ミエザルモノ。

 

 郁多天袈、短編八作目!

 真実は幽霊のように潜んでいて、

 人間のように意味不明だ。

 

 

 

 女性が夜道で痴漢にあう事件が、近頃多発している。

 

 被害者は決まって、「犯人の姿は見ていない」と言う。恐怖に脅える彼女達が嘘をつくはずが無く、警察も証言を信じた。しかし、目撃証言が無くては捜査が難航するのも当然で、一向に情報も犯人像も掴めない。

 

 一人の刑事が入り浸る、とあるチャットルーム。

 

しょこ (近頃出没する痴漢について何か知りませんかあ?)

 

デポ <ニュースでは観ます! 透明になって痴漢だなんて、男の夢ですなぁ!>

 

明朗豚野郎 【だねー。漫画、いや、同人誌みたいな設定で……うはー! 拙者、ちょっと】

 

デポ <あ、俺もそろそろ! ではまた!>

 

 ――そして刑事だけになった。

 

「はぁ、今日は変な人達しかいなかったなぁ……」

 

 新人の女刑事である張唐正子(はりからしょうこ)は部屋で一人溜め息をこぼす。経験の浅い自分が調査に回れるのは嬉しい事なのだが、いやらしい目つきの上司によって痴漢の餌にされているようにしか思えない。真面目な事以外で取り柄と言えば、体のメリハリがある事。それは自分自身も密かに認めている事実だ。

 

 捜査が始まってから明日で十日、被害者も十四人まで増えてしまった。のんびりしている暇は彼女等刑事には与えられていない。一刻も早く犯人逮捕――そう誓って彼女は眠りに落ちた。

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 翌朝、五人目の被害者が出てしまったというニュースを観て張唐刑事はうなだれる。誓った途端にその情報は結構こたえた。しかし負けていられない彼女は、悪に屈しないため力強い足取りで通勤した。電車での痴漢にも一層気を配る。

 

 張唐刑事は捜査会議室に着いてすぐに、上司に違う部屋に連れていかれた。嫌な予感がして、無意識に顔が引きつってしまっている。

 

「申し訳無いが、国民のためだ。(おとり)捜査に協力してくれ。お前の新人離れした刑事としての力量と、あまり言うべき事ではないが、女としての魅力を買っての判断だ」

 

「…………はい、了解しました」

 

 上司の隠し切れない鼻息の荒さが、異常に非常に気味が悪い。国民と天秤にかけられた張唐刑事は嫌々頷いた。守るための刑事なのだから仕方が無いのだと、震える自分に必死に言い聞かせた。

 

 そんな彼女の視界に、蛇のような狡猾さを含む笑みを浮かべた上司は入っていなかった。

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 深夜一時、いつもと比べてさらに人影の無い路地を、張唐刑事は一人で堂々と歩く。腹を括って凛と歩いてみせている。ここらでは三件の痴漢があったが、犯人が再びここに戻って痴漢を犯すとは限らないのだから。

 

 ――なに?

 

 嫌な視線を肌で感じた。絡みつくような視線が下から上へと舐めるように移っていく。立ち止まりかけたが、止まってはいけない。あくまで現行犯逮捕が目的なため、結局のところ張唐刑事は被害に遭わなければならないからだ。

 

 ――ここを、左に……。

 

 あらかじめ決められたルートを記憶を頼りに、角を左に曲がった。

 

「ひゃ……なに、ッ!?」

 

 ぞわりとした感覚に全身が包まれる。荒い鼻息が首筋にかかり、胸から尻へと手が滑っていく。肝心の後ろへは何故か振り返る事が出来ず、あまりの気持ちの悪さに混乱して暴れるが、一向に離れる気配が無い。よろめく張唐刑事は視界の左隅に入った電柱をしっかり見ると、体ごとぶつかりに行った。

 

「ぐ、あ……あっ」

 

 痛々しい低い声がその場にこぼれた。声の主は、張唐正子である。

 

 痴漢をしていた何者かの体を電柱には当たらず、彼女の背中に直撃する。鈍痛に(うめ)いている彼女に、再び奴がまとわりついた。最早痴漢というか暴力、強すぎる力で傷ついた張唐刑事の体を乱雑に(なぶ)る。

 

「――――ッッ‼」

 

 声という声も出せずにいる彼女の耳に雑音が聞こえる。故障したテレビのノイズのようなそれは耳の奥まで届いて、ようやく聞き取る事が出来た。いきなり鮮明な声となって、彼女に告げる。

 

『ヤメ、テ、ホシイカ……』

 

『オ、マエヘノ、ヨクボウヲ……』

 

 ――止めてほしいか。お前への欲望を。

 

 迷う事無く頷く張唐刑事。小声で何度も許しを請う。散々な扱いを受けていた体は解放せれ、気味の悪い雰囲気もすっと消えた。未だ体に残った恐怖の感覚に震えていると、誰かが彼女の元へ駆けて来た。

 

「おい! 大丈夫か、張唐っ!?」

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 いつの間にか張唐刑事は、上司に囮を依頼された部屋へと戻って来ていた。朝日がうっすら差し込むそこで、椅子の背にもたれかかる自身の体を抱き締めた――散々な自分を慰めるように強く。

 

 少し落ち着いた彼女が捜査会議室へ向かい少しだけ扉を開くと、中では聞き覚えのある声がいくつも発せられていて、会議が行われているらしい。

 

「犯人は張唐刑事を襲った後、その現場から少し離れた裏路地にてこの日二回目の痴漢に! 現在被害者から事情を聞いている状態です!」

 

 青ざめて、その場に崩れ落ちる張唐刑事の頭によぎる、あの言葉。さらに区切られた、あの言葉のとある部分が何度も頭に浮かぶ。

 

 ――お前への(・・)。お前への、欲望。

 

 ――だから、他の人にも被害が……。私のせいで、事件が続く……って事?

 

 ぞわりと、まさに幽霊が現れたような突然さで、最悪な感覚が再び体を襲う。吐きそうになったのを必死で堪え、涙だけを垂れ流した。彼女の中の正義が、崩壊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――はっはっは……嫌がるお前は良かったぜぇ、張唐正子。

 

 彼女には届かない、人間臭い笑い声がどこかで漏れた。

 

 

 

 ご読了感謝です!

 こういった終わり方を決めてました。

 謎は深まったまま続いていく。

 

 

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